忍者ブログ

佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください

   
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

たぶん、きっと、ずっと、僕は(1)
1.

 東京で好きになれたものは一つだけ。
 それは夜明け前の空。



「ここにいたのね。探したわよ」

 桐谷歩はアコースティックギターの弦をはじいていた指を止めた。
 ため息まじりにかけられた声に振り返ると、マネージャーの槙田が重い非常用扉に背中を預けて腕組みをしている。

「ったく。ケータイにかけても全然出ないし。四時に迎えに行くって言っておいたでしょ?」

 歩はくわえていたピックを口からはずし、
「いま、何時? もうそんな時間?」

「四時二十三分」

 槙田が少しとげのある口調で言って、大げさに腕時計を見た。

「やべ、ごめん」

 時計もスマートフォンも持たずに部屋を出てきているので、歩には時間を確認できるものは何もない。
 もっとも、持っていたところでなんの役にも立たなかった。夜と呼べる時間からずっとこの定位置に座って、時折ギターを鳴らしつつ、それでも視界にはずっと眼下の景色があったはずなのに、迎えの時間はおろか、夜が明けたことにも気づいていなかったのだから。確かに、意識して見れば空はすっかり白んでいる。
  通常、マンションの屋上およびそこへ繋がる非常用階段は安全面の理由から入居者の立ち入りはできないことになっているが、歩は特別に許可を得て、屋上への出入りを許されている。今、人目を気にすることなく、歩が自由に外の空気を吸えるのはこの屋上だけかもしれない。

「部屋にいないから彼女を送っていったのかと思ったわ。やめてよね、朝は撮られやすいんだから」

 モデルあがりで今は女優の喜多茉莉菜が、昨夜歩の部屋に来たことは槙田も承知の上のことだ。茉莉菜とは彼女の初主演映画の主題歌を歩が手掛けたことが縁で、今はそれなりの付き合いをしている。しかし、二人が特別な関係である事実はごく一部の人間しか知らないし、知られてはいけないことだ。

「心配しなくても、彼女はあれからすぐ帰したよ」

「タクシー呼んだの? 大丈夫?」

「向こうのマネージャーが迎えに来た」 

「あらそう。なら、心配いらないわね。ともかく早く用意して。みんな車で待ってるんだから」

 歩は適当な返事をしながら、ゆっくりと腰を上げた。

「あんた、ちゃんと寝たの? 昨日も遅かったし、今朝もこの早さでロケだもの。デートもほどほどにして寝ないと身体がもたないわよ。夏バテも心配だし。ほかのメンバーもみんなお疲れの様子よ」

「ヘーキ。超元気」

「そう? だったらいいけど」

 季節は真夏に近かったが、日中のうだる暑さが嘘のように、この時間の空気は驚くほどにひんやりと沈んでいる。空はみるみる明るくなっていくが、いまだ陽の昇らない朝焼けの下の街は無色無音だった。眼前に広がる東京はまだ眠りのなかにあるらしい。昼間の都会の、けたたましくてせわしない人いきれや雑踏がうそのようだ。地上十五階に吹く風も、今日はおとなしく静かだった。
 起きているのは、歩と、たとえば新聞配達の人と、二十四時間営業の店の店員と、あとほんの少し。
 最低限の暑さ。
 最低限の音。
 最低限の色。
 最低限の数の人間。
 塵も埃も、汚れた空気ごと夜のうちに沈んで、アスファルトすれすれのところに沈殿していて、遮るものはほんの少ししかない。
いちばん クリアな夜明け前
だから きみと僕をつなげないかな
この空のずっと向こう ずっと遠くにいるきみだけど
ビルも 山も 川も 信号も 自転車も越えて まっすぐな線で 最短距離で
何もかもがクリアな夜明け前だから きみが近くに
何もかもがクリアな夜明け前だけは きみを近くに
 その時、真横に近い角度から太陽が一筋ずつ昇り始めた。光に照らされ、陰だった街に色が着いていく。透明からのグラデーション。魔法の時間が終わる。

「さっきの、いいじゃない」

 重い扉の向こうの、冷たい階段を先に下り始めていた槙田が足を止めずに言う。ヒールがむき出しの鉄の階段にカンカンと響いた音を立てている。
 アルペジオに合わせて口ずさんでいたハミングを聞かれていたらしい。と言っても、この先、公に発表することはないお遊びのような歌だ。
 絵で言えば、戯れに紙の裏に書く落書きのような。
 地上に降りる頃には、その調べをすっかり忘れてしまっているだろうくらいの。
 今までおとなしかった風が一瞬強く吹いて、髪がふわりと浮いた。歩は足をとめて、風だけが住人の殺風景な屋上に小さく、バイバイと言い残した。

PR
   
Comments
NAME
TITLE
MAIL (非公開)
URL
EMOJI
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT
PASS (コメント編集に必須です)
SECRET
管理人のみ閲覧できます
 
No Title
待っておりました!
第一話、とても楽しく拝見させていただきました。
良く縛りこまれたドラマのような一瞬の風景の切り出し方、いいですね~、さくまりさんらしさを堪能させて頂きました♡
これから、このお話がどのように走っていくのか、とても楽しみです。
  • ただのあき さん |
  • 2014/10/06 (23:29) |
  • Edit |
  • 返信
Re:No Title
早速にありがとうございます!
アーティストものなのでちょっとロマンチック風?に書いてみました/////
久しぶりでドキドキしておりますが、楽しんで頂けるように頑張りたいと思います!!
  • from 佐久間マリ |
  • 2014/10/07 (15:10)
Copyright ©  -- Puzzle --  All Rights Reserved

Design by CriCri / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]