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佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください

   
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たぶん、きっと、ずっと、僕は 3
3.



「おーい、きりやん。喜多茉莉菜からメール来とるよ」

 控え室の簡易ソファに寝転び、雑誌を読んでいた一太郎がその鈍い振動に気づいて、歩を呼んだ。
 歩は一段上の畳敷きで雅和と二人ゲームをしている。音楽番組の収録で、今は楽屋でその出番待ちだ。
「『もういいよ。許す!』だってさー。何、怒らせてんだがや」
「おい、太郎。見てやるなよ」
 一太郎の向かいに座っていた友樹がたしなめる。
「だって勝手に画面に表示されとるがやもん。きりやんがこんなところに電話置いとるのが悪い。見たくなくても見えちゃうもん。あっ、また来た。『その代わり、次は思いっきりイチャイチャするから!』やってさー! きりやん、末永く爆発しろ!」
「わかったから、もうそのへんでやめといてやれって。歩も放ってないでメール見ろよ」
 友樹はエッジワースのリーダーだ。
 頭に馬鹿がつくほどの生真面目な性格で、見た目にも長身短髪の絵に描いたような好青年だから、バンドマンというよりはテニスウエアとかプロゴルファーが似合う、あるいはスーツ姿のさわやか営業マン、というのは一太郎の弁だ。
 そんな友樹は、他のメンバーが自由に好き勝手過ごしている今の間も、一人今日の段取りを見直していた。
「おい、歩ってば」
「あー、あとで返す。あっ、雅和、肉焦げてんじゃん!」
 歩はゲームの画面から視線を外さない。当然返事は気のないものだ。
「きりやん、昨日の夜、会ってたんやろ? けんかでもしたんけ?」
「んー。あー? うん。けんかっていうかさ、なんか俺、途中で寝ちゃったみたいでさー。そういうことってあんだな。全然、覚えてないんだけど、朝起きたらもう茉莉菜、帰ってて」

「途中、って途中? えー? そんなん余計溜まんない?」
 がばりと起き上がった一太郎に、雅和は困った視線を寄越し、
「もう太郎ってばお下品ね。それぐらい疲れてるってことよ。歩だって盛りのついた犬の頃は終わったの」
「しかしさあ、意外と続いとるよね。最初は売名目的できりやんに近づいてきたのかと思とったが」
「それは違うわ、彼女は昔から私たちのファンなのよ。なにかのインタビューでそう言ってたの見たもの。バラエティとかに出てても美人なのに飾らなくていい子よね。お料理もしてくれるんでしょ?」
「んー、まあ」

 歩の答えは相変わらずおざなりだ。
「主題歌やったときに、映画の告知の席で何回か会ったくらいだし、そこでも簡単な挨拶しかしたことねえもんなあ。あとは彼女と歩のピンの仕事ばっかだったもんなあ」
「そうそう、それでいつのまにか仲深めちゃって。きりやん、ずるいよねえ」
「いいじゃないの。歩がいい子に出会えてよかったって喜ばないと。お似合いよ。美男美女、絵になるわァ」
 雅和がゲームを置いて、うっとりと目を閉じる。
「ちょっ、雅和、途中でやめんなよ。やばいって! 死ぬだろ!」
 そんな二人を少し離れたソファから眺めていた一太郎は、ふーん、と相づちに長い間を持たせた。
「そっかあ……」
 再びソファに寝転がりながら独り言のように呟いてから、
「しかしさー、この先、結婚とか簡単にできんのかね、俺らってさ」
「あら太郎、そういう相手ができたの?」
「いや、俺じゃなくて、例えばきりやんとか。友樹だって彼女おるしさ。けど、最近、うちのばーちゃんが電話する度、まだかまだかってうるせえの。どこそこの誰々が結婚したとかばっかゆうてくるが」
「仕方ないわよー。田舎は結婚が早いもの」
「そりゃ、ばあちゃんにひ孫とか見せてやりてえけどさー」
「俺はまだ結婚なんて考えてないよ。つーか、ばあちゃん、元気か?」
 友樹が顔を上げ、苦笑する。
 一太郎のおばあちゃん子は有名な話で、からかいのネタでもある。
 数えたことはないが、五年前、東京に出てきてからメンバーの親族で誰が一番上京したかといえば間違いなく一太郎の祖母だろう。そのたびに、一太郎の好物だという干し柿とうるめの土産が大量にメンバーにも配られる。
「そういえばさ、ばーちゃんから高校の同窓会のはがき来とるて連絡あったがいと」
「へえ、いつあんの? しかし、成人式のタイミングでもねえし、妙な時期だよな。うちの実家にも送られて来てんのかな。つい最近、母ちゃんから電話あったけど何も言ってなかったな」
 ちょうどコーヒーを入れるために立ち上がった友樹に、一太郎は自分のリュックを取ってくれと頼めば、「それがさあ」とごそごそと中を漁り、一通の往復はがきを取り出した。
「十一月かー。 ツアー直前だし、さすがに難しいな。久しぶりにみんなに会いたかったけど」
「え、友樹行く気なん? 俺らってばもう、ちょっとしたゲーノージンだし、普通、こういうの
は行かないっしょや」
「見せてー。なになに? 『拝啓、厳しい残暑が続いていましたが、ようやく朝夕は涼しくなってまいりました』」
 四人は同郷で、歩と友樹、一太郎の三人は同じ高校、さらに言えば中学も一緒だ。雅和だけ学校が違って、中高一貫の私立男子校の出身である。
「あら! アンタたちの高校なくなるみたいよう! 西高と統廃合されるんだって!」
「なんだ、それでかよ。まじかー。ますます顔出した方がいいんじゃねえかって気がしてきたわ」
「確かにそういうのってちょっとセンチメンタルやけど、俺特に高校に思い入れないしね。会いたいやつもいないし、てか友達もいないし」
「少子化だし、仕方のない時代の流れなのかも……。太郎、早川君にちゃんとお返事しておかないとダメよ。こういうのはちゃんと出さないと。幹事さんは大変なんだから。アタシが代わりに返信しておこうか? どうせ忘れるでしょう?」
 メンバーのお母さん的存在である雅和に、一太郎が「じゃ、お願い」と言っている。おそらく、一太郎の返事は見事すぎるほどの達筆でされることになるのだろう。
「ああ、お前のクラスって早川が同窓会委員なんだ」
「早川クン? こういうの企画するんてクラス委員やった人とか有志じゃないがいと?」
「違うよ。卒業する時、わざわざ決めたんじゃん。各クラスから一人、代表出して。いつか同窓会するときのためにってさ。同窓会なんてもっとトシとってからだと思ってたけど、案外早くに仕事がまわってきたんだな。早川はサッカー部のキャプテンだった奴だよ。責任感の強いから幹事とか向いてるわ」
「友樹、そのさわやかさはやっぱり隠れサッカー部だったんだが!」
「イヤイヤ、言わせてもらうけど、高校三年間はもちろん、中二でエジワス結成してからというもの、ボクはほぼ毎日放課後キミタチと集まってギター弾いてましたけど?」
 一太郎はそんな友樹を置いてけぼりにしたまま、話を同窓会のことに戻す。
「早川クンかー、知らんわー。同じクラスだったのに。他のクラスの同窓会委員の名前書いてあるがいと、ほぼ誰だかわかんねーっちゃ」
「仕方ねえよ、高校生活にまったく参加してなかったもんな、俺ら。つーか、正しくはお前ら?」
 友樹がまた苦笑する。友樹の笑顔は普通に笑っても困ったように見えるそういう顔立ちだ。
「もう! 人生、一度きりしかないのよ。どうしてもっと学生生活を謳歌しなかったの」
「マサコは男子校だもんね。さぞや謳歌したんだろうね」
 メンバーは時折雅和のことをマサコと呼ぶ。
 マサコは、まあね、と意味深な笑いを浮かべてから、再びはがきを見た。下部に各クラスの同窓会委員の名前がそれぞれ記載されていることに目を留めて、
「南高って一学年七組もあったの? うちは三クラスしかなかったから寂しかったわァ」
「男ばっかりで三クラスって、それもう十分なレベルだが」
「早川君のクラスってことは、太郎は四組だったのね。歩と友樹は何組だったの?」
「ああ、俺と歩は同じ三組で……、おい、ちょっと待った。そこに他のクラスの委員の名前も書いてあるって言ったな」
「友樹」と一太郎が声を低めたのに、二人とも気づくのが一歩遅かった。
「えーと、三組……」
 友樹が慌てたように雅和のもとに駆け寄り、その雅和はあからさまに言葉を詰まらせていた
 と、ここへきて、ゲームに熱中し、それまで全く会話に絡んで来なかった歩が話に入ってくる。
「へえ? うちのクラスは誰なの、そのドウソウカイイイン。まあ、名前言われても、俺も絶対知らねえけど」
 相変わらず視線と意識は手元の小さな画面の中で、その会話が片手間であることも、答えに対してたいした興味がないことも明らかだ。それならば、最後まで無関心でいればよかったのだ。
「えっとね、その……、三組はね……」
 歩を除く三人が、無言でそれぞれ視線を交わす。
 こういう場面で白羽の矢が立つのはいつも一太郎で、その潔さといったら驚くほど男らしい。この時も、友樹と雅和のあぐねた視線を受けるや、迷いもなく、むしろ挑発するかのように言い放った。
「三組はしのしのだよ、きりやん」
 控室には、ゲームの電子音が異様なまでに響いている。


「四宮さーん!」

 名前を呼ばれ、四宮さゆりは声の方を振り返った。
 食堂に続く細い渡り廊下を、女子にしては長身の西原愛美が小走りで追いかけてくる。入社して間もないということではなく、もっと根本的なところで彼女に地味な色の制服は似合っていなかったが、愛美は大して気にもしていないようだ。制服があると勤務中のドレスコードに私服を合わせる必要がなく、通勤に自分の好きな服が着られるので嬉しいらしい。

「お昼、ご一緒してもいいですかあ? 」
「もちろんやちゃ。一緒に行こ。愛美ちゃんもお昼の時間ずれたん?」
「納品が遅れて、今までかかったんですよ。でもラッキーだったかも。食堂、空いてるし」
「確かに空いとるんやけどね、この時間は日替わりはもう売り切れとるのよ、たぶん」

「ええ、そんながや! ショックー」
 さゆりは地元の製薬工場で事務員として働いている。
 愛美とは部署は違うが、彼女の研修の一部をさゆりが担当したことと、一度上京はしたものの今は地元に戻っているUターン組という共通点もあって、たまに仕事帰りに夕食を食べに行ったりする仲だ。東京ではアパレルショップの店員をしていたらしい愛美は私服もいつも華やかで、ださい事務服に着替えている今も、つけまつげとアイラインがばっちりだ。
「日替わり売り切れとったら何食べよー。四宮さん、何にするんですか?」
 そう言いながら、愛美が髪を留めていたクリップをはずす。顎のラインで切り揃えられた厚みのあるヘアスタイルは雑誌からそのまま抜け出てきたようにかわいくて、さゆりはひそかに、真似して自分も髪を切ろうかと思っている。
 さゆりの髪はここしばらく胸辺りまで長さのあるロングだが、学生の頃はずっと愛美と同じくらいの長さのボブだった。
 食堂は空いていた。いつもの三分の一の人もいない。
 正午から始まる昼休みには大勢働く工場員が利用するので食堂の混雑といったら凄まじいものがあるが、今の時間はすでに午後の就業が始まっている。
 去年、改装したばかりの新しい食堂は、ガラス張りでめいっぱい陽が差し込む設計に作られていて、今日は人が少ない分いつにも増して明るさが感じられた。
 さゆりの予想通り、日替わり定食はAとBの二種類とも売り切れていて、愛美は迷った挙句、さゆりと同じオムライスを注文した。それは流行りの店で出されるもののように卵は全くとろりとしておらず、時には焼目までついたパリっとした卵で包まれているのだが、あっさりとしていてさゆりは好きなのだ。
「ほんとだー。オムライスも美味しいんだ」
「でしょ。うち、けっこうオムライス率高いよ」
「あ、ちょっとケータイチェックしていいですかあ?」
「いいよー、どうぞ」
 あっという間に食べ終えた愛美はトレーを横にずらして、ランチバッグからスマートフォンを取り出した。愛美の長い爪が、スマートフォンの画面に当たってかちかちと音を立てる。保護ケースにはラインストーンと大きなデコレーションパーツがひしめき合っている。愛美は二十一歳でさゆりより三つ若い。言動や身なりこそ、まだ十代を感じさせる独特のものがあるが、ふとみせる礼儀正しさにさゆりはホッとする。いい意味での田舎っぽさがあるのだ。
「今日、先行チケットの当選発表なんすよー」
「へえ。何のチケット?」
「エッジワース!」
 さゆりは一瞬、身体の全機能が停止してしまったようなショックを感じた。可能性としては大いに考えられたはずの答えだったのに、予想も警戒もしておらず、全く油断していた。
「年末、ツアーで地元来るんですよー! 初の凱旋ライブ!」
「へえ、エッジワースかあ。うち、同じ高校やったちゃ。しかも同級生」
 しかし、それは細胞レベルでの衝撃であったのか、その単語はするりと自然に口に出て、その口調もいつものさゆりのものだった。動揺を悟られることなく、ごく自然に会話が進んでいく。そんな自分自身の反応に、さゆりは少し驚き、同時に安心しながら、話を続ける。
「うっそお! マジですかあ! もっと早く言ってくださいよー! ウソー、ヤバイ! 超地元なのにエジワスの関係者に会ったの、私、初めてです! 感動!」
「ごめんごめん。っていうか、愛美ちゃんがファンって知らんかったちゃ」
「このランチバッグも去年のツアーグッズだったりするんですよ。待ち受けだって、ほら!」
 見せられたスマートフォンの大きな画面を飾るのは確かにエッジワースだった。
 一番後ろで半分影になっているのがドラムの片瀬雅和で、その前で優しい顔をしてこちらを見ているベースの長須友樹だ。まっすぐ正面を向き、射るような視線を突き付けてくるのはギターの山田一太郎。そして一番手前には、ボーカル桐谷歩の横顔があった。
「四宮さん?」
「あ、あ……、うん。かっこええね」
「ですよねー!」
 さゆりが彼を、彼らを直視するのはいつぶりだろう。バンド名を口にするのさえ、数年ぶりかもしれない。さすがに画像をみてしまっては、さきほどの平常心を保つことは無理だったようで、さゆりは心臓を無遠慮に掴まれたように胸が苦しくなった。
「四宮さん、好きじゃないんですか? 県民の九十八%はエジワスのファンだろって、私思ってるんですけど! ていうか、うちら地元の誇りでしょ、エジワスは!」
 愛美が息巻く。
「あ、うん。好きやちゃ。ライブとかは行かんけど」
「エジワス、ほんっと、いいですよねー!」
「うん、歌いいよね」
「歌詞もいいし、メロディも最高で」
「……声もいいよね」
 愛美はさゆりがその言葉に秘めた重さに気づくことはなく、手に拳を握りしめ、熱く語り出した。どうやら、にわかではなく本気のファンらしい。
「ですよね! 四宮さんもそう思います? そう、何より歩の声がいいんですよ! 最高ですよねえ! ちょっと透明感あるのにハスキーで、力強いけど優しくて。いや、しかし、四宮さん、まじですか、その情報! ヤバイ、超うらやましい! 歩の高校の時、どうでした? いろいろ教えて下さいよォ!」
「んー、桐谷くんはねえ……。うん、高校の時からかっこよかったよ」
 答えた声が普通だったので、さゆりは再び自信を取り戻す。
「写真とかないんですか? 卒アルとか!」
「あるかなー。どうだろ。また探してみるちゃ」
「ってことは、四宮さん知っとるんじゃないですか?」
「何を?」
 愛美はコアなファンの間では有名な話なんですけど、と前置きをしてから、
「歩ってば高校の時からずっと付き合ってる人がおって、実はその人と結婚しとるて! 歩、彼女おったんですか? 知ってます?」

 前のめりで聞いてくる愛美に、さゆりは一瞬間をおいてから、笑った。
「そんな話知らんわあ。同じ学校言うても、彼らは学生の頃から活動しとって、みんなから浮いとったし、学校生活に参加しとらんかったから。いつもメンバーでつるんでたもんで友達もほとんどおらんかったちゃ」
「なーん。そうなんすかあ……残念」
 愛美は本当に残念そうな顔で大きなため息をついた。
 さゆりのその答えは、半分は本当で半分は嘘だ。
 そして、愛美の言うコアなファンとやらの情報も正誤半々で、確かに歩は高校のとき、つきあっている彼女がいた。高校の時からではなく、正しくは中学三年のときからだ。けれど、その彼女とは結婚していないし、今はつきあってもいない。
 その彼女――、さゆりと歩の付き合いは高校を卒業する時に終わっている。


 四宮と書かれた表札の下にくっついているのは、昔ながらの、暗闇の中でもそれが赤だとわかるほどに赤いポストだ。世間的には時代遅れでも築数十年の一軒家にはふさわしい。
 さゆりは夜の住宅街に錆びた音を響かせて、それを開けた。
「おー、届いとる届いとる」
 先日投函した同窓会を報せるハガキが半分になって戻ってきている。
 家の鍵を開け、真っ暗な家の中に灯りをともして、まず向かうのは仏壇だ。
「お父さんお母さん、ただいまー」
 おざなりに手を合わせ、またおざなりに鈴を一つ鳴らして、台所の流しで手を洗う。冷えたビール缶を片手に、食卓に投げ置いたハガキを待ちきれない思いで取り上げた。上に載っていた家の鍵がじゃらりと滑る。
「事務的なもんとはいえ、返事のくるがやなんだか嬉しいもんやちゃね」
 今日の返信は四通。
「結婚しとる子やっぱり多いなあ。えーっ、松本さん、もう子供三人もおるんけ?」
 返ってきたハガキには、名前の欄に付け足された旧姓の括弧書きが目立つ。まだ子供が小さいのでという欠席理由も多かった。
 さゆりは食卓の上に置きっぱなしになっていた卒業アルバムの三年三組のページを開く。卒業以来押し入れで眠っていたが、最近引っ張り出してきてからは参考資料として大活躍だ。卒業してたった五年しか経っていないのに、名前を聞いただけでは顔の思い出せないクラスメイトがいる。それどころかほとんどがうろ覚えだ。
 卒業後、連絡を取り合っている学友はいない。それ以前に中学時代、高校時代を通してさゆりには友達と呼べる友達がいなかった。と言っても、いじめられていたとか孤立していたわけではなく、話しをするくらいの友達ならいた。
 社会人になった今ならば、知り合いに分類される程度の関係、たとえば体育の移動などを一緒にしただけの。さゆりは『友達』として彼女らを覚えていても、その彼女らはさゆりのことを間違いなく友人の枠には入れていないだろう。
「うちからハガキが来て、いったい誰だが思とるやろね、みんな」
 さゆりは自嘲気味に笑う。
「まあ、違う意味で覚えられてるかあ。そっちのが嫌かも」
 正直なところ、同窓会委員の仕事はもちろん、その会自体に気が重い。さゆりが、ハガキが送られてくるだけの立場だったら迷わず欠席に丸をつけて返信していたはずだ。
 その時、鞄の中で電話が鳴る。二つ折りの携帯電話を開くと早川英人と表示されている。先日登録したばかりの名前だ。
「はい、四宮です」
『早川です。今、時間大丈夫?』
「うん、ちょうど今日届いたはがきをみっとったとこやちゃ」
『四宮さんとこ、ハガキどんくらい返ってきたが?』
「えっとね、十八通。そのうち宛所不明で返ってきたのが二通。出席は十人やっちゃ」
『うちのクラスも既に出席が十五人で予想してたよりも多い』
「やっぱり学校がなくなるからやろうね」
 今回は単なる同窓会ではなく、閉校の記念に集まる格式張ったものになる予定で、当日は学校においてセレモニーも予定されている。
『……俺んとこ、山田から返ってきたがや』
 事務的な会話が少し続いて、一瞬の沈黙の後に早川が言った。少しあった間は、この話題に彼が慎重になっていることがわかるには十分な不自然さだった。
「そうなん? いち……山田くんはなんて?」
『もちろん欠席。まあ、本人からやないと思う。習字の先生みたいなすげえ上手な字やし、家の人が書いたっぽい。四宮さんとこは……どう?』
「ああ、うちはね」
 さゆりはちょうど開いていたアルバムの中に、該当する人物を見る。
「長須君はまだ。桐谷君は宛所不明で返ってきたが」
『まあ、あいつらは絶対無理っちゃよ。んじゃ、三組の状況、みんなに報告しとく』
「あの、ごめんね。私だけラインできないから、早川君にお手数かけて。できるだけ早くスマホ
に機種変するっちゃ」
『なーん、同窓会のためにわざわざ変えんでもええが。確かにその方が便利やけど、なんかこだわりがあるがいと?』
「こだわりとかそんなんじゃないがや……」
 同窓会委員同士のやりとりは無料メールアプリでグループを作って行なっている。ただ、未だ二つ折りの携帯電話を使っているさゆりはそのグループに入れなかった。体のいい仲間外れだ。
 先日、各クラスの同窓会委員が集まって顔合わせがあった。
 その時の話題は、閉校や同窓会のことではなくもっぱらエッジワースのことだった。同窓生から有名人が誕生しているのだから、それも当然といえば当然のことで、そして同じ同窓会委員にさゆりがいたことも彼らにとっては輝かしい事らしく嬉々として迎えられた。さゆりの現状を知るまでは。
 さゆりと歩が別れたというところまでは全員の予想の範囲内だったようだが、今は一切連絡を取っていないと言うと、みんなの態度は一変して冷たくなった。
 見かねた隣のクラスの委員である早川が、特別にさゆりに連絡を取ってくれるということで落ち着いたのだが、みんなが言いたいことはわかる。
 どうしてさゆりなどが同窓会委員なのだと。
 さゆりは卒業アルバムを一枚めくり、四組のページを開いた。
 このクラスで一番目を引くのはやはり一太郎だ。というのも彼が見事な金髪だからで、確かにかわいい顔立ちによく似合ってはいるのだが、たいして賢くも厳しくもない県立高校とはいえ、よく許されていたと思う。毛染めは校則で禁止されていたのだ。これでは周囲から一線を引かれ、浮いた存在になるのも当然だろう。集合写真の一番後ろの列に早川を見つけた。顔つきが少し大人になっているだけで、今とそう変わらない。
 さゆりはもう一度自分のクラスのページに戻った。
 歩と、友樹と、自分がいる。
 友樹の微笑みが、それは今日、愛美の待ち受け画面に見た顔と同じで、少し笑ってしまった。
 歩は不機嫌そうな、無表情だ。
 集合写真にはまるでクラスメイトの一員の顔をして収まってはいるけれど、学校では常にメンバーでつるみ、クラスはおろか学校に、いや正しくは学校生活に全く馴染んではいなかった。遅刻欠席、サボリは少なくなかったが、法を犯したり、警察の世話になるようなことは一切なくとも保守的な田舎では不良のレッテルをはられた。あることないこと悪い噂をたてられた。それは、あの頃常に歩と一緒にいたさゆりも同罪だ。友樹だけは授業も真面目に出ていたし、友達もいたけれど。
 さゆりはゆっくりとテーブルに突っ伏す。
「お習字の先生みたいな字ってことは、もしかして雅くんが書いたのかな。イチくんのおばあちゃん、東京にハガキ送ってくれちゃったやね、きっと」
 そうだとすれば、メンバーはこの同窓会を知っていることになる。
「……まあ、知っとったから言うて何がどうなるわけでもないが」
 四宮家のポストに最初にもどってきたハガキは、歩からのものだった。いや、歩から、というのはいささか語弊があるかもしれない。さゆりが歩に宛てたそのままの状態で返ってきただけだ。彼に届くことなく。
 歩が上京し、それから間もなく歩の家族も一家で居を東京に移している。こちらにもう家はない。届くはずがないことは最初からわかっていた。
「友くんは返事くれるかな……」
 そう呟いたのを最後にしばらく家の中は無音に包まれた。家の中で、食卓だけが静かに丸く明るい。その真ん中で、動かなくなったさゆりを蛍光灯がじっと照らしている。
 ややあって、さゆりは突如起き上がり、傍にあったノートパソコンを立ち上げる。同窓会名簿と名前のついたファイルを開いて、今日届いた分のデータを入力していく。
 相変わらず家はしんとして、マウスのクリック音と、細かくリズムを打つ薄いキータッチの音の他に何もない。音楽も、他の誰かの生活音も。
 そして、さゆりの心の中も同じように静かだった。何もない。感傷も、感情も、喜びも、悲しみも。さゆりのなかで乱れるものなど何もない。たかがエッジワースが話題にのぼったくらいのことでは、もう。

   
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No Title
こんにちは、お邪魔いたします!
『たぶん、きっと、ずっと、僕は』1〜3話まであっという間に読みました…もう既に色々なことが気になります…!
1話の冒頭の、夜明けの描写がとても好きです。また2曲ほど、自分の好きな楽曲を勝手にオーバーラップさせてしまった場面があってギュンときました。
更新を楽しみにしております!
  • C子 さん |
  • 2014/10/12 (00:03) |
  • Edit |
  • 返信
Re:No Title
こんにちは!Cちゃん、わざわざありがとうございますT0T
オリジナルの世界、ましてやこの業界を書ききることができるのか不安ですが精一杯頑張りたいと思います。
Cちゃんの好きな2曲!是非また教えて下さい!あと業界のこととかバンドというもののことなども色々教えて欲しいです…。
いつもありがとうございます♡
  • from 佐久間マリ |
  • 2014/10/12 (14:19)
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