佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください
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たぶん、きっと、ずっと、僕は9
9.
『さゆり発見』
『わ。びっくりちた』
『ちた、ってナニソレ笑』
『びっくりした、のまちがい!』
『ケータイ変えたの?』
『うん。今、教えてもらったIDで歩のこと探そうとしてたところ。スマートホンに変えました』
『あ、スマートフォンだ。ホンじゃなくて』
『どっちでもいいし。てかスマホでしょ』
『ラインっておもしろい』
『だろ?』
『って俺が自慢することじゃないけど』
*
*
「あっ、四宮さんハッケーン! 一緒してもいいっすかー?」
混み合う昼休みの食堂で、日当たりのいい窓際の席を取っていたさゆりはその声に顔を上げた。
トレーを持った愛美がやってくる。
さゆりはすでに食事を終えていて、残りの時間をコーヒー片手に過ごしていた。
片側一面がガラス張りになっている食堂なので、晴れた日はめいっぱい太陽が差し込んで気持ちがいい。
普段から明るい色の愛美の髪が、光を受けてさらに茶色く透けている。
愛美は、前の席に座るやさゆりの手元に注目し、
「ケータイ変えたんすかー! とうとう! ついに!」
「とうとう、ついに変えましたー。昨日変えたばかりのほやほや」
さゆりははにかんで、それまで触っていたスマートフォンを見せる。
「マジほやじゃないすかー! これでラインもできますね! あ、入ってます、入ってます。新しい友達んとこに四宮さんの名前、あります」
「よろしくー。またいろいろ教えて」
「こちらこそよろしくですー! 何でも聞いて下さい!」
件の無料通信アプリは一番にダウンロードした。
そして、早川に連絡しその旨を伝えると『南校同窓会委員』という何の変哲もない名前のグループの招待を受けた。
早速そこへ加わってみたが、律儀で真面目な数人の委員から『了解しました』と素っ気ない返信があっただけだ。
それでも今後早川余計な手間をかけずに済むのでほっとした。
「そういえば四宮さん、来週東京行くって言ってませんでした?」
愛美は今日のB定食のメインであるメンチカツにかぶりつく。
その箸を握る手に目が留まる。
ピンクのジェルネイルがかわいい。この前と変わっているが、どれくらいのペースでネイルサロンに行くのだろう。
来週末に向けて行ってみようかななどと思いながら、
「うん、何か買ってくるものとかあるけ?」
「いや、そうじゃなくて。連休明け、エジワスのニューアルバム出るじゃないですか? それで、前日にシークレットライブがあるって噂なんですよー。もしその情報がホントだったら、四宮さん行ける可能性あるじゃないですか。ええなーと思って!」
「あー……」
さゆりは、そう言ったままの口でしばらく固まった。
早川への連絡を終え、ID検索とやらを実行してみようと思ったときだった。
歩から教えてもらってメモした紙を片手に、まだおぼつかない人差し指で操作しているとピコンとかわいい音がして画面にメッセージが表示される。
『さゆり発見』
そのメッセージには『歩』とシンプルかつそのままの名前がついていて、共に表示される画像は青と紫のグラデーションだった。
タップすると拡大して表示される。
「これ、……空?」
夕焼けか朝焼けかはわからない。
暗い雲がところどころに棚引き、青から赤への階調を邪魔している。
影になって下部に写り込んでいるのはマンションかビルの屋上だろう。
歩の方が先に『あたらしい友達』にピックアップされたさゆりを見つけたらしかった。
「事前にツイで情報チェックしとくといいですよ」
「え?」
愛美の声にさゆりは現実に引き戻される。
「シークレットって言っても、設営とかで場所をファンが探し当てて、会場が事前に割れてたりするんですよ。本気のエッジャー、マジやばいですからね」
愛美はもぐもぐさせた口を手で覆いながら、
「先着順か整理券か、わかんないけど、もしチケットが手に入ったら、超近くでメンバー見られるかもですよー! 超うらやましいちゃ! 私も行きたいけど友達の結婚式があるんすよねー」
「あはは……」
肯定のつもりで頷いた返事は妙に曖昧なものになってしまった。
嘘をついたり、ごまかしたりするつもりはないのだが、なにぶん相手があることで、ましてやその相手が芸能人であるから正直に話すのが躊躇われる。
その時、愛美が奇声をあげたので、周囲の人の視線がいっせいにこちらを向いた。
「ど、どうしたん?」
「雅和のツイッターに、歩が猫を飼いだしたってあって!」
「あー……。そ、そうながけ」
「捨て猫とか、歩なんなの、それ! 私も歩に拾われたがー! ギャー、超かわいい! やばい! 猫も歩もかわいすぎますよー、ほら!」
ぐいと突きつけるように差し出された大きい画面は陽が当たってよく見えない。
角度を変えて目を凝らせば、そこは歩の部屋だろうか。
リラックスした格好の歩がソファに寝転んで白い猫を抱いている。
ふ、と笑みが漏れた。思わず溢れたのは、色んな嬉しさだ。
急に静かになった愛美に気づいて、さゆりはどうしたのかと画面から顔をあげた。愛美は真面目な、ともすると悩ましいとも見える顔で、
「四宮さんって、ホントに彼氏とかおらんのですかー?」
「え? おらんよ。どうしたん、突然」
「かわいいのにもったいないなーって。つくづく、しみじみ。性格だっていいし」
「別にもったいなくなんてないが」
「よかったら友達、紹介しますよ」
さゆりは、ありがとう、と笑って、
「でもね、うち好きな人はおるから」
「えーっ、いるんですかー!」
興味津々な様子で愛美が身を乗り出す。
「誰ですか! どんな人ですか! なんでつきあわないんですか? あっ、もしかして不倫?」
「そうじゃないが」
「だったら、どうして? 告白とかしないんですか? 彼女おるとか?」
「告白はせんねー」
「なんで!」
「彼女もおるかもしれんね。ううん、絶対おると思う」
「思うって、それもわからんのですか? 一体、どんな人なんです?」
矢継ぎ早に投げかけられる質問に、さゆりは、あはは、とただ笑うだけだ。
ちらりと、つい先ほどその人のいた場所を見るも愛美のスマートフォンの画面はもう暗くなっている。
「たぶんね、この先もその人のことが好きやと思う。叶わない想いなんやけどね。たぶん、ずっと、その人のことが好きやちゃ」
「ええー! なんすか、それ! そんなこと言ってたら結婚できないじゃないっすか」
さゆりはわかっていた。
この先、歩以上に好きになれる人などきっと現れないだろうことは。
「もう、一生結婚できんでもだんないわ」
「四宮さん、その若さで何枯れたこと言ってんですかー、もー」
そう言って愛美がかわいい顔を容赦なくゆがませたのを見て、さゆりは笑う。
それでもあの時、さゆりは選んだのだ。
歩と別れる道を。
*
『写真ありがとう! ところで猫ちゃんの名前決まったの?』
*
『写真ありがとう! ところで猫ちゃんの名前決まったの?』
『決まったよ』
『なに?』
『リリィ』
『なんでリリィ? かわいい名前やけど』
『さゆりにもらったから』
『あー、“ゆり”かあ。ミルクの方がかわいいのに』
『こんばんは。今日のお昼休みに、同僚の子が雅くんのツイッター見て騒いどったが。歩がリリィ抱いてる写真、すごい数のリツイート(で合っとる?)されとるってその子がゆうてたよ。人気者だね』
『今から撮影。一体何時に終わるんだろ。不明』
『おはよ。トモが散髪してる。変な髪形。笑える』
『今からみんなとマサコ鍋。今シーズン早くも三回目なんだけど、どーなの。まだ十月だっちゅうに』
『こんばんは。うちはおでんー。いっぱい作りすぎて、今週は毎日おでん生活やちゃ…』
『十五日の場所、俺たちにもシークレットなんだって。わかり次第連絡スル』
『十三日からこっち来るんだっけ? 急ぎで返事欲しい』
『そうだよー。なんで?』
『何時?』
『え、昼前には着くけど。なんで?』
『なんで?』
『おーい』
『屋上なう。月がきれい。つか寒い』
『おはよー。昨日ごめんー。寝てたー。風邪ひくよ。行ってきます』
『えー、歩知らんのけー!? 北陸新幹線開通したやん! だからもう今は東京までたったの二時間やっちゃ!』
『え、まじでそんな早いの? すげー』
『すごく便利』
『今度帰るとき、絶対乗る』
『……なんか、曲書けそうな気がする』
『おー! がんばってくらさい』
『くらさいって笑』
『ください!!』
*
*
茉莉菜は仕方なくスペアキーを使って部屋に入った。
というのも、何度入り口のオートロックで部屋番号を呼び出しても全く返事がないからだ。
合鍵はもらっているものの、いきなりそれを使って入ることはなんとなく遠慮している。
リビングに電気はついていたが、家の中はひどくしんとしていた。
歩の部屋をのぞくと、案の定、ギターを抱えながらパソコンに向かっている。
「アユムくーん? お邪魔してるよー」
その後ろ姿に向かって呼びかけたが反応はない。
「ダメだわ、全然聞こえてない」
茉莉菜は背後から両手でヘッドホンを掴んで真上に抜き上げた。
「アーユームーくーん」
「うわっ、びびったー……。わ、こんなもう時間かよ」
「何回もピンポン押したよー」
「ごめん、全然気づかなかった。おかえり。遅くまでお疲れ様」
「ただいま。んー」
振り仰いだ格好の歩に、茉莉菜は覆い被さるようにキスをするとその首に腕を絡め、歩の匂いに顔を埋めた。
「久しぶり。会いたかったよー」
「うん」
「お仕事? 忙しい?」
「ごめん。ちょっと今日、相手できないかも」
「ごはんは?」
「あー、まだ」
「いつから食べてないの? もーダメじゃん。なんか作るから、できたら声かけるね」
「サンキュ。茉莉菜も疲れてんのにごめんな」
「いいよ。でも、仕事終わったら構ってね」
茉莉菜はもう一度軽いキスをしてしぶしぶ歩から離れた。
と、その足元、デスク下のがらくたに紛れて見慣れぬ生き物がいるのを見つける。
「えっ、猫? きゃー、どうしたの?」
「拾った」
「うそー! 超かわいい! いつ? 名前は?」
「リリィ」
「ずるーい! あたしも名前一緒に考えたかったー!」
茉莉菜はそう言って屈むと、まだ小さなリリィに手を伸ばし、こわごわ抱き上げた。
「ちっちゃーい! かわいーい! ねえ、あっち、連れていってもいい?」
「いいけど……」
歩は、おとなしく茉莉菜に抱かれているリリィを見て、
「……嫌がらねーじゃん」
「ええー? だって私、猫好きだもんー。リリィにはわかるのよねー」
いそいそとリリィを抱いてキッチンに連れて行く。
小さな白い猫は思いのほか温かく、あまりの可愛さに、茉莉菜の疲れは一瞬で吹き飛んだ。 朝早くから日付が変わる時間までスタジオにこもっての撮影だった。着替えた衣装の枚数は数えきれない。
まずは冷蔵庫の中をチェックする。
歩は家にいることがほとんどだが、自分で料理することはないに等しいので、マネージャーの槙田や料理好きの雅和が食べるものを購入して冷蔵庫を充実させてくれているらしい。
しかしその甲斐もなく、傷んで使い物にならなくなっている野菜や消費期限の過ぎたものの処分からはじめ、その中で生き残った食材と相談して、アスパラとツナのクリームソースパスタを作ることにした。
歩は何でもおいしいと言って食べてくれるので作り甲斐がある。
「アユムくん、できたよ」
声をかけてから十分後、歩はなんとかダイニングへやって来てテーブルにつきはしたが、食べながら左手で今度はノートパソコンを操作している。
パスタのソースが凝固しはじめていた。
美味しくできたと思ったが、食べごろはすっかり過ぎてしまっている。
「冷蔵庫にお野菜たくさん入ってたけど、どうしたの? 全部しなびてたけど」
「ああ、この前、みんなで鍋したその余りだわ、きっと」
「いいなー。あたしもメンバーとお鍋とかしたい! お鍋どころか、エジワスのみなさんにちゃんと会ったことないんだよ!」
「んじゃ、今度誘うわ」
そうは言ったものの、あからさまに心ここに在らずという言い方で、五分も経たずにパスタを平らげた歩はご馳走様、と言って早々にまた部屋に戻っていった。
「キミのご主人様は、あーなるともうダメなんだよー。会うの一ヶ月ぶりなのにねー」
そんな愚痴も今日はリリィが聞いてくれるので少し救われる。
けして追い出したりはしないが相手にもされない。
曲を作り始めた歩にはよくあることだった。
後片付けを終え、茉莉菜は一人でシャワーを浴び、歩の部屋のベッドに寝転んだ。
相変わらず背中を向ける歩は茉莉菜が部屋に入ってきたことにも気づいていないようだ。
パソコンの画面を見ても茉莉菜にはさっぱりわからない。
歩は今ピアノを弾いているが、その音は直接ヘッドホンに吸い込まれて歩の耳に届くので、茉莉菜にしてみれば部屋は無音に近い。
歩がときどき口ずさむメロディと鍵盤を、時にパソコンのキーを叩く音、そしてクリック音だけだ。
茉莉菜はリリィを撫でながら、黒いスウェットから出た素足、そして、半袖のTシャツから出る二の腕を眺めた。
肘、腕。襟足。髪。指。声。その仕草。どれをとっても愛おしい。
後姿を見ているだけでも十分に幸せだった。
茉莉菜はエッジワースが売れ出す前からのファンだ。当時、茉莉菜はまだ高校生で、軽音部の男子に薦められたのがきっかけでエッジワースにはまってしまった。
歩の作る歌が、歩の歌う声が好きで好きでたまらない。
高校卒業後、どういうわけかモデルとしてデビューすることになり、インタビューなどで事あるごとにエッジワースの大ファンだと答えていたら奇跡が起こった。
主演映画の主題歌をエッジワースが担当してくれることなったのだ。
女優という肩書がついたとき、もしかしたらいつか仕事絡みでエッジワースに会える機会があるかもしれないと密かに期待したことはあったが、それ以上の成果だった。
映画の公開が近付くとPR三昧の日々になる。
茉莉菜はマネージャーに頼み込み、それを利用して歩に近づいた。
主演ということもあって、今までのどんな告知イベントよりも多くの場所でプロモーション活動をしたはずだ。ただし、エッジワースの桐谷歩を同席させて。
相手役の俳優ならともかく主題歌を担当したくらいなら一度か二度、公の席に顔を出せばいい方だというのに、歩にとっても初の映画主題歌提供だったおかげでその場数の多さにその時歩が気づくことはなかったけれど。
そして、顔を合わせるたびに茉莉菜は自分でも驚くくらい積極的にアプローチした。
その甲斐あって、今に至る。
茉莉菜は最高に幸せだった。
茉莉菜は最高に幸せだった。
後ろから抱きつきたい衝動を必死で抑えながら、茉莉菜はしばらく歩の背中を眺めていたがさすがに暇をもてあまし、バッグからタブレットを取り出した。
動画サイトを開き、ベッドに寝転ぶとバスローブからはだけた長く細い足を組む。
再生したのは限りなく音質の悪い、しかも音声だけの動画。
しかし、その再生回数はもう二百万回を越えている。
公式ではないが、エッジワースの唯一のラブソングと言われている歌で、ファンの間では誕生日を祝ったものではないかと囁かれている。
その音源がまだ彼らがデビューする前のライブを録音したものしかないことも幻の名曲とされるゆえんだ。
茉莉菜はこの歌が、特にこの歌を歌う歩の声が好きで、以前歌ってほしいと頼んだことがある。
そのときは上手くはぐらかされ、結局今も叶わずじまいだ。
もしこれが、歩が誰かのことを想って歌った曲なのだとしたら。そう考えただけで胸が痛む。
エッジワースにあからさまな恋の歌がないのは、歌いたいのが恋や愛のことではないからだといつだったか歩はそう言った。
茉莉菜はそれを信じている。だから、彼の歌には恋や愛がないだけなのだ、と。
歩に大切にされている自信はある。
今は互いの仕事がそれを許さないが、いつかは交際を公にしたい。
互いにその日を夢見て、ひそやかに、けれど確実に愛を育んでいる確信もある。
何も不満に思うことはない。
「ん? あれ……」
お世辞にも綺麗に片付いているとは言えない歩の寝室兼仕事部屋の、何気なく視線をやった先にあるものを見つけ、茉莉菜は目を輝かせた。
勢いよく起き上がったために、傍らのリリィが驚いたのかベッドから飛び降りて、そして歩にすり寄っていく。
「これ、卒アル!? もしかしてアユムくんの? うそっ、見たいっ!」
いつもは閉まっているクロゼットが開いていて、どうやらそこから引っ張り出してきたらしい。
見ていい? と聞いたが、持ち主の耳はヘッドホンの音でいっぱいのようだった。
しかし、足元のリリィにはちゃんと気がついたらしく、軽々と自分の腿の上に抱き上げている。
「もー。いいもん、勝手に見ちゃおーっと」
重く固い本を手に取った。
高級感のある紺のスエードの表紙には、金で県立南高等学校五十四期生卒業アルバムと箔押ししてある。
「確か、一太郎くんと友樹くんとは同じ学校なんだよね? あ、一太郎くんだ! あはは、もうこれヤンキーじゃん。アユムくんはどこかなー」
そう言って四組から三組のページに戻ったとき、何かが滑り落ちる。
「スナップ写真……?」
今よりも随分幼い顔のエッジワースのメンバーが揃っていて、雅和だけ種類は違うがみんな制服姿だった。
友樹は友樹らしくブレザーに至るまで正しい着方をしていて、一太郎は緩めたネクタイの上にグレーのパーカーを着て、おしゃれな彼らしくいい感じに着崩している。
歩はといえば、なんだか不機嫌そうな顔で、しかし優等生のようにきっちりと締めたネクタイがおかしかった。
その隣に一人、女の子が混じっている。歩との距離が、他人のそれとは違う気がする。
セーラー服のリボンは三人の男子のネクタイと同じ柄で、ピースサインをして満面の笑みを浮かべている。
卒業アルバムの集合写真に写っている女子らと同じ制服であることに気づき、茉莉菜は一組の女子から順番に急いで目で追う。
「あ、いた」
まもなく歩と同じ三組で彼女が見つかると、今度は個人写真を探す。
「四宮、さゆり……」
茉莉菜は顔を上げた。
「……ゆり」
問いたくとも、そこに聞いてくれる耳はなく、背中しかない。
もとより、問う勇気はなかった。
真偽にかかわらず、ネット上にはびこる情報の中にその種の噂があることは知っている。
高校時代に歩には彼女がいたこと。
健全な男子高校生かつ地元でも人気バンドのボーカルであった歩だから、そんなことはあって当然だと思っている。
しかし、いたとしてもその彼女と今は切れていることも明らかだ。
つきあって一年ほどになるが、そんな過去の影を見たことは一切ない。
そもそも、歩の口から高校時代のことを聞いたことはないに等しい。
仮に、当時に歩に彼女がいたとしても、それは過去なのだ。
「……偶然、だよね。関係なんか、ないよね」
茉莉菜はベッドから下りて、歩からリリィを奪ったが、それすら歩はたいして気にも留めていないようだった。
「……キミはどこから来たの? リリィちゃん」
手の中で、小さな猫がみゃあと鳴く。
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佐久間さんのお話はムーンライトノベルスではもう読めないのですか?こちらを訪問すれば良いのかな???
ホッとして思わずコメントしてしまいました。