佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください
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エブリデイ キス!(4)
(4)
「とにかくだめ! おなかすいたの!」
「ええー、まじで?」
反動をつけて起き上がると、上に伸し掛かっていた宗久もやむなく身体を起こした。
明るい陽射しにボサっとした髪が透き通って色っぽい。思わず欲情、もといドキッとしたのは内緒。
昨夜のうちに出してもらったTシャツに手を伸ばしながら、もう一度「おなかすいた」と言うと、宗久はベッドの上であぐらをかいて不服そうにしている。
「色気より食い気なの?」
そういうわけでもないけどさ。やられっぱなしは私だっていろいろ面白くない。無意味なお預けを食らわしちゃうのが乙女心なの。
宗久はあきらめたらしくベッドから下りて、スウェットのズボンをはいた。そして、単身用の小さな冷蔵庫を覗き込み、
「あー、ごめん。ウチなにもねーわ」
とりあえずコーヒー入れるか。そう言って、やかんを火にかけた。琺瑯の赤いやかん。ところどころ焦げの跡が見られる。
「外で食おうよ。俺さー、会社行かなきゃなんなくて」
「そうなの?」
そうなんだ。なーんだ。それなら、やっぱりさっきあのまましとけばよかったかなってちょっと思った。正直、宗久とのエッチは嫌いじゃない。
「……土曜も仕事なの?」
「一応土日は休みってことになってるんだけどあってないようなもんだなー。会社に泊まりこんで、家に帰らないこともしょっちゅう、てかほぼそう」
実際、今日も数日振りの帰宅だそうで、本当は昨日飲んだ後、会社に戻るつもりだったと言った。私をお持ち帰りしちゃったから予定が狂っちゃったらしい。
「だったら、なんか悪かったね」
「いや、桃ちゃんのせいじゃないでしょ」
桃ちゃんとか呼ばれちゃったし。
宗久はコーヒーを飲みながら早速着替え出した。今十時すぎだけどもしかして急いでるのかな。
黒のざっくり編みのセーターにグレーのデニムは、相変わらず彼らしいシンプルで飾らないスタイル。襟元に覗く白いTシャツがまたいいな。おまけに黒縁メガネとかかけちゃうんですか。
「あー、なんかコンタクト調子悪くて」
「そ、そうなんだ。大変だね!」
ガン見してるのがバレて、ご丁寧に説明されちゃった。そういうつもりで見てたわけじゃないんですけど。
私は手持ちの化粧品でとりあえずメイクをする。昨日と同じ服はどことなくくたびれて映ってなんか気分下がる。ましてや高い陽の下出ると、さらにそのくたびれ加減に輪をかけるんだよね。
互いに出かける準備が整い、宗久がジャラジャラ鳴らして鍵を持つ。ベッドも直したし、カップも洗った。痕跡を残してないかもう一度チェック。大丈夫。一応、マナーだよね。
宗久は黒のレザーのコンバースをチョイスして、リュックを背負って家を出た。冗談抜きで本当に大学生みたい。いつもは自転車通勤らしいが、今日は電車で会社に行くらしい。
「桃ちゃんは家どこ? ふーん、近くはないな」
「そうだね。乗り継ぎ入れて三十分くらい? でも駅から十分歩くからここからだと一時間弱かな」
「十分も? それ、夜とか危ないじゃん」
「途中までは大通りだし、そこから少し入ったところだから」
「それでも心配だろ」
「ええ? そうかな。慣れたけど」
「慣れたとかそういう問題じゃなくてさ」
駅までの道すがら、オシャレなカフェがいくつかあったうちのナチュラルテイストのお店に入る。
「次、いつ会える?」
「え?」
私はマフィンを頬張りながら思わず「次?」と聞き返してしまった。次があるんだ。ちょっとホッとする。これきりかな、このお店を出たら最後かなって、だんだん迫るさよならの時間に、正直口数が減ってたんだよね。
「桃ちゃんとこの会社、五時までだっけ?」
「頑張れば定時で上がれるけど普通は六時前後かな」
「来週、平日で空いてる日ある?」
「水曜日に飲み会があるくらいで他はいつでもあいてる」
「飲み会って会社の?」
「ううん」
「友達と? 女子会とか?」
「……えっと」
宗久の咀嚼が一瞬止まる。
「もしかして合コン?」
「のようなもの、かな……」
『のようなもの』なんて体よく濁してみましたが、水曜日は紛れもない合コン。それも毎回お決まりの合コン友達と。できるだけなんでもない風に答えたかったのにあからさまに尻すぼみになってしまった。「確かに合コンですけど何か問題が?」くらい言えたらいいのに。
「え、もしかして行くの?」
「え? 行くよ」
「なんで?」
「え? なんでってなんで?」
素で返してしまった。
なんでと言われましても、逆に、今の今までキャンセルという選択肢は全くなかった。イヤ、別に気合入る合コンだとか、何が何でも行きたいってわけでもないけど、三対三で人数も調整されちゃってるし。合コンっていっても本気で男探ししに行くわけじゃなくて、楽しくおしゃべりできたらいいなーっていうスタンスというか軽い気持ちで、早い話がお食事会ですよ。
それ以前に、私たちつきあってないよね? だから行っても問題ないはずではございませんか。
答えに詰まった私の胸のうちの全てを察したのかどうかはわからないけど、宗久も少しの間黙り、やがてフォークを置いた。
「確かに言ってなかった。ごめん、俺が悪い」
「え? 何が」
「ってことは、好きでもない女を抱くような男と思われてたの、俺。最低じゃん……」
「え、え? 何?」
「俺、桃子のこと好きだよ。仕事してるときからずっと狙ってた。付き合ってほしい」
突然の告白に、私は嬉しさよりも驚きの方が勝ってしまった。
朝のカフェにお客さんは少ない。けれど、一つ席をはさんだテーブルに女の子の二人連れがいて、どうか私達の話が聞こえていませんようにと願わずにはいられない。だって恥ずかしいよ。
「彼氏いないこと、昨日ようやく聞けて、今しかないって思って襲った」
「いや、襲ったっていうのは語弊があるよ。私も望んだことで同意のもとなんだし」
「けど、ヤる前に言わなきゃだめなことだったのに、ごめん」
「いいよ! 大丈夫だから」
「それで、返事は……」
あ、そうか。返事をしなくちゃだめなんだよね。あまりに告白のイメージが理想と違いすぎて忘れてた。
「よろしくお願いします」
「桃子も同じ気持ちだってことでいいの?」
「うん」
私もフォークを置いて、頷いた。宗久が照れているのがわかって、きゅんとしちゃった。そんな顔するのずるいよ。反則だよ。ちゃんとどきどきしてる、私。恋が始まったときのどきどき。
「で、行くの? 合コン」
ああ、元はその話しだったよね。
「うーん、一応友達に話してみるけど、急だからなあ。でもホントにそういうんじゃないの。単にご飯食べるだけって言うか、携帯交換したりはするけど、たいていその場限りだよ」
「でも普通、彼女がそういうの行くの嫌でしょ」
「うん。そうだよね。宗久の立場だったらヤダ」
それにさっきと今では状況が変わったし、どう考えても行くべきではない。宗久の彼女になったんだもの。もはやどうやっても行くことは正当化できない。
私がしゅんとして言うと、
「いいよ、行っても」
「えっ」
「付き合う前からの約束だし」
「でも」
「そんな心の狭い男じゃないしさー、俺」
宗久がすねた顔で、でもにやりとしていう。こんなカッコいい彼氏がいて、他の人に目がいくわけがない。それをわかってて彼がこの表情してるんなら、相当な悪い男だ。そうでないと信じたいけど。
「とりあえず、友達に言ってみるね」
「まあ、ホント無理しないで。それできまずくなったりしないように」
「うん、ありがと」
その代わりにと宗久は言ったが、なんの代わりかわからないままにまた明日の日曜日に会うことになった。仕事次第らしいけど、今日一日でなんとかすると言ってくれた。
また明日、会えることが嬉しい。気持ちが浮き立つ。心は正直だ。
うちまで送ると宗久は言ったけど駅で別れた。
少しでも早く会社に行ければ、少しでも早く仕事が終わるでしょ。そうしたら少しでも会える時間が多くなると思ったから。
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