佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください
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新(あらた)と沙月(さづき)は中学からの腐れ縁。
友達以上恋人未満に不満はあれど、今の関係を失うくらいならばこのままでいいとも思う。
自らの誕生日、沙月は、祝ってくれと新の家にやってくるが…。
沙月からメールがきたのはその日の夕方だった。
『今から行っていい?』
その文末に悲しい表情の絵文字がついているところをみると、大方、明日の大切な日に一人でいることを嘆いているのだろう。
ベランダの網戸から湿った匂いの風が部屋に迷い込む。また、ひと雨くるかもしれない。
こうなることを期待していたわけではない。
その証拠に、誕生日のケーキは用意していない。メールに気づいたのだって受信してから十五分も経ってからだった。
もっとも、今日、明日と予定は何も入れていないし、冷蔵庫の中身をいつもより少し充実させたりはしていたけれど。
近所のケーキ屋に行くべく、部屋の鍵を手に取り、足にサンダルをひっかけた。手では沙月に返信する。
『了解。晩メシ作っとく』
精一杯そっけなく返したはずの文字がやけに浮かれているように映る。
込みあがる笑いを抑えきれず、どうせ誰も見てやしないと、開き直って思う存分にやにやした。今にも降り出しそうなグレーの雲も気にならない。
アパートの階段をリズミカルにかんかんと音を鳴らして降りる。
道すがら、鞄に眠っているプレゼントのことを思い出した。
誕生日に沙月が欲しいものは何度も聞いて知っているし、明日に寄せる期待も知っている。
しかし俺は、悩みに悩んで、今年のプレゼントを『鍋つかみ』にした。つい先日、沙月が素手でオーブンレンジの鉄板をつかんでやけどをしたからだ。
自身のあまりの不器用さに沙月はしばらくショックを受けていたから、その失敗を再び思い出させるようなプレゼントにからかわれたと怒るか、はたまたさらに落ち込むかのどちらかだろう。
鍋つかみがあればもうやけどをすることもなく、やけどをしたと言ってうちへ助けを求めに来ることもなくなってしまうなと思いながらも、今の自分の立場にふさわしいプレゼントだと納得し、水たまりを飛び越える。
*
「あらたぁー」
台所横の薄っぺらな板張りのドアがノックもなく突然開いて、同時に泣きそうな沙月の声がする。
しかし、すぐにその横の天ぷら鍋が目に入ったのか、一転、明るい声で言った。
「わぁ、唐揚げ!」
サンダルを脱ぐのもそこそこに、伸びてきた手から揚がったばかりの唐揚げをすいと避難させた。
鳥の唐揚げは沙月の大好物だ。
「つまみ食い禁止。んなことより、今日はどうしたんだ?」
「そうなのよ、聞いて! 私一人ぼっちなの! 明日誕生日なのに!」
しこたま買い込んできた酒をどんと鳴らして床に置き、膨れ面をする沙月に分からないようにほくそ笑む。
「ケーキ、買ってある」
そう言うと沙月はみるみる顔を輝かせた。
「覚えててくれたの? 嬉しい! さすが、持つべきものは友よね!」
言うのが早いか、早速冷蔵庫からケーキ箱を出して、開けている。
「きゃあ、丸ケーキ! でも二人で食べきれるかなぁ」
「よく言うよ。心配はそこじゃなくて、俺の分が残るかどうかだろ」
俺の言葉に、沙月が笑う。
*
「東京に来て、大学生になったら彼氏できると思ってたのにな。なんでできないのかな……」
酒が回りはじめたのか、一通り食べ終えたところで沙月が机に突っ伏してぼやき始めた。
空になったグラスに焼酎をついでやる。
「そんなに焦る必要ないじゃん」
「焦るよー。だってもう三年だよ! いつの間にって感じだよ。就活も始まって、遊んでる場合じゃないのに。あーあ、もう二年も無駄にしちゃった……」
沙月とは中学からのつきあいだ。
高校を卒業し、地元を離れて東京で大学に進学した今も、学校こそ違えどくされ縁とも言うべき嬉しい縁は続いている。
いつからか沙月へ特別な感情を持ち始めたけれど、その時にはすでにしっかりと一番仲のいい異性の友達という関係がどうしようもなく出来上がっていて、俺にはそれを壊してまで先に進む勇気がなかった。
「合コンとかしてもさ、ウチの大学はチャラいのばっかなの。新の学校は真面目な人、多いでしょう? いいなぁ」
「真面目な奴がいいの?」
沙月は一瞬考えて、うんと頷いた。
「新みたいな人がいい。真面目で、優しくて、落ち着いてるの。……新が彼氏だったらいいのになぁ」
そう言う沙月の瞳はとろんとしてグラスの中の氷を見つめていた。
遠回しな告白ともとれる発言だが、これはいつものことで、その言葉には表も裏も駆け引きも、何の他意もない。ただの言葉だ。俺ではなく、『俺』のような彼氏が欲しいらしい。
沙月は、友達フィルターと恋人フィルターを同じくできる器用な女ではなかった。
それでも、そこに何か希望めいたものを見出そうと考えあぐねている俺に、沙月は今度こそ視線を俺に向けて言った。
「なんてーね」
そう言って冗談に流す沙月の顔が無邪気すぎて、邪な自分が恥ずかしくなる。
男女の間に友情は成立するかと言われれば、成立しないと思う。成立すると言うなら、それはきっとどちらかが友情を無理矢理に成立させているに違いない、俺のように。
「ねぇ、新はなんで彼女つくらないの? モテるのに。私の友達もみんな、新のこと、いいって言ってるよ」
「……なんでかなぁ」
笑って受け流す。若干、変な笑顔になっていたかもしれない。
こういう時の返事が一番困る。もちろん答えは沙月が好きだからなのだけれど、それを言えるわけもないし、下手に理由をつけると余計に質問攻めに遭うのだ。嘘をつくのは、上手くない。
沙月はしばらく黙ってなにか考えていたが、やがて沈んだ顔で予想もしない言葉を口にした。
「……私がいるから、だよね」
「え?」
「私がいつまでもこうやって新のお世話になって、ここに上がり込んでるから。そんなんじゃ彼女作れないよね」
沙月が原因であることは正解なのだが、方向性は違っている。 非常に有難迷惑ないらぬ配慮だった。
「新のためにも、私、頑張って早く彼氏見つけるからね」
そう意気込む沙月に、精一杯で笑った。
「ゆっくりでいいよ、俺はべつに迷惑じゃないから」
*
とりとめのない話をしているうちに、酒と時間はどんどん進み、そのうちに沙月はローテーブルに頭を預けて寝入ってしまった。
いつものことだが、こういうところが結局自分は沙月にとって友達でしかないのだと思うゆえんだ。
一応、女と男。多少なりとも意識していれば、二人きり、一つ部屋で夜を明かすなどあり得るはずがない。
「沙月、寝るならベッド行けって」
緩く肩をゆするが、沙月は目を閉じたままでウンともスンとも言わなかった。
信頼できる男友達としての洗礼を受けている自分が、実は恋愛感情を持っていましたなんて言い出したら、不器用な沙月のことだ、きっとぎくしゃくするに決まっている。
だから、いつの頃からかこの気持ちは言わずにいようと決めた。
そのうち、沙月にも男ができて、自分から離れていくのだろう。そして、その時、本当の友達になれる。一か八かで大きな幸せを得たとしても、いつか無くなるかもしれない不安に怯えなければならない。小さいけれど、確実で永遠に続く幸せの方がずっといい。終わりのない友情。そっちの方がよっぽどいい。
「……ったく。しょうがないなぁ」
よいしょ、と言いながら抱え上げると、沙月が首に腕を巻きつけてきた。我慢することなどとうに慣れた。自分で選んだ道だ。
ちょうどベッドに沙月を横たえた時、カチリと鳴った気がして、時計を見上げる。ちょうど十二時だった。
外では湿った夜が、しっぽりと深みを増している。
「……誕生日おめでとう」
眠ってしまった沙月にそっと囁く。
日付が変わる瞬間に、彼氏と二人でホールのケーキを囲んで祝ってもらうのが夢なのだそうだ。そして、そこで小箱に入った指輪のプレゼントをもらう誕生日を、沙月は毎年夢に見ている。
買っておいたケーキは冷蔵庫の中だし、当の本人は寝ているし。おまけに用意したプレゼントは小箱ではない。もちろん、目の前の俺が彼氏ではないのだから、ケーキ諸々を用意したところでその夢がかなうわけではないのだが。
どこかで雨が降ったのだろう、網戸から入り込む風はひんやりしていた。
彼氏でもない自分が、こうして沙月の誕生日を祝えるのはいつまでだろうか。
それを思うと、すぐそばにある沙月の唇から無性に目が離せなくなった。理性的なことを考える間もなく、俺はゆっくりと、顔を近づけていた。
しかし、すんでのところで、ずるくないか、裏切ってしまっていいのか、と理性的な俺が、本能的な俺に問いかける。
ここでこんなにも無防備に眠ってくれるのは、きっと信頼されているからだ。
それに、贅沢を言わせてもらえば、どうせ同じキスなら沙月がしっかり目を開けている時にしたい。こんなふうにこっそり盗むようにするキスは、ずるいのではなく、空しい。
理性、現実、意気地のなさや、つまらない意地がごちゃごちゃに混ざって、それは深呼吸ともつかない溜息となって落ち着き、結局、鼻と鼻が触れ合うほどの距離から先に進むことはできなかった。
音もなく、顔を離そうとした時だった。
「……キス」
すぐ下から声が聞こえる。慌てて身体ごとすさったが、逆に引っ張られた。
「……さ、沙月?」
その手がTシャツの裾を掴んでいる。しかし、目は閉じたままなので寝言かと思ったが、その言葉にははっきりと意思があった。
「……キス、してくれるの?」
「え…と…、その……」
驚きと恥ずかしさと焦りと言い訳が頭をぐるぐる回る。
「私にキスしようとしたんじゃないの?」
「……ごめん。……しようとした。ごめん……」
何よりも大事なひとなのに、だからここまで我慢してきたのに、何を浮かれて、軽はずみにキスなどしようとしてしまったのだろう。
大事に積み上げてきたものが一気に崩れて行く音が聞こえて、泣きたくなった。
その時、沙月が、がばりと起き上がった。
「なんで謝るの? キスしてくれないの? 私、すごく嬉しかったのに……!」
怒ったように睨んでくる。その瞳には涙が溜まっていた。状況が、沙月の言葉の意味が、よくわからない。
「私、ずっと待ってたんだよ」
ついに涙がひとしずく、こぼれた。
「こうして新と二人でいるとき、いつも期待してた。待ってた。でも、何も言ってくれないし、私が泊まっても何もしないし、私が彼氏欲しいとか言っても興味なさそうだし。やっぱり私はただの『友達』なんだって、女として見られてないんだって、思って……。それでも新に彼女ができるまでは一緒にいたかったから、側にいれるなら『友達』でもいいって……」
そう訴える沙月は、俺の知っている沙月ではないような気がした。
「私、ずっと、ずっと、新が好きだった」
鈍くて、無邪気で、気持ちに融通がきかなくて、まだ恋に恋しているような、そんな女だと思っていた。
すっかり恋に目覚めていたというのだろうか。
恋と友情のはざまで、苦しんでいたというのだろうか。
「新は? さっきの……私のこと好きと思っていいの?」
「俺もずっと、ずっと好きだったよ。……でも、怖くて言えなかった」
なんとか絞り出した声は震えていた。
「キス、していい?」
沙月が、こくん、と真っ赤な顔で頷く。
再び、ゆっくりと顔を寄せる途中で、思い出したように付け加えた。
「沙月、誕生日おめでとう」
結局、その言葉の最後はキスに溶けて言葉にはならなかった。
触れ合うだけの長いキスの中で、ふと用意したプレゼントのことを思い出した。改めて、『彼氏』として沙月の望むプレゼントを選びに行ったほうがよさそうだ。
唇を解放する。
さすがに鍋つかみではなぁ、と嬉しい苦笑いを必死に堪えて、沙月を初めて腕の中に抱いた。
未満系も大好物♪
短編は早く決着がつくので年齢を重ねた今は私的には短編がありがたかったりもします(笑)
こちらの二人は、あちらの二人よりも若い分、素直になるのが早かったようですね。うふふ
こういう関係、距離感大好きなんです…対になってる女性目線のお話もあって、それもそのうちにUPしますのでどうぞよろしくお願い致します。
昔は短編ばかり買いていたのですが、最近は長編しか書けなくなって来ました。だらだらと書きなれると話を短く纏められなくなってきて…w
今後ともどうぞよろしくお願い致します~!
これからは、こちらで読めるのですね。うれしい!
短編、キュンときました。危ういバランスの関係って
萌えますね(*´`*)
我慢することなどとうに慣れた、と言いつつ、キスしそうになって、
しかも謝っちゃうところがたまりませんでした。
然といい、私ったらヘタレ好きなのかもです^^;
ハッピーエンドにほっこりさせていただきました♪
今後はこちらにて発表していこうと思います。
こういう関係大好きなんです。ぎりぎりのところの…一番萌えます。
しかし、こいつ然の血縁だな、と昨日推敲しながら思ってました(笑)
これからもどうぞよろしくお付き合いのほどお願い致します^^
ありがとうございました。
早速ブログ作られたのですね♡
短編拝読しました。
懐かしい、甘酸っぱい気持ち、若いっていいわあ、と素直に思ってしまいました(^^)。
わ~早速来下さってありがとうございますー!嬉しいです!
日課から「更新する」という項目がなくなってすごく寂しくて…早速行動開始しました!
若いっていいですね~こんな恋してみたい。。。
高校生モノなんかもあったりするのでよろしければお付き合い下さいませ!
ありがとうございます~!!!
これで心置きなく
色んな作品が読めます。
ありがとうございます(●^o^●)
ここでいろいろ発表していきたいと思います。
どうぞお付き合い下さいませ!
よろしくお願い致します!!
ありがとうございました!