佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください
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たぶん、きっと、ずっと、僕は25(終)
25.
立ち見の観覧席は、さながら満員電車のようだった。
すぐ後ろにぴたりと人がいて、少しでも隙を見せればぐいぐいと押してこられる。最前列にいるさゆりはたまにつんのめりそうになり、ガードマンが一歩さがって下さいと注意しているが、少しでも近くでメンバーを見たいファンが一歩どころか半歩もさがるわけはない。
帽子にマスク、伊達眼鏡で変装をしてきた甲斐あってか、整理券が配布される時間まで待つ間に、列の前後の女性と話す機会があったが、さゆりが『例の女性』だということに気づかれはしなかった。
肩にかけた鞄の中でスマートフォンが震える。
公開放送も始まって当然マナーモードにしていたが、すし詰め状態でのバイブレーション機能は着信音が鳴るのとさして変わらない。今この時に、生エジワスより大事なメールでもあるのかと言わんばかりの周囲からの刺さるような視線の中、さゆりは隠れるようにメッセージを開封する。
予想通り、歩からだった。
公開放送の観覧に来ていることを知らせるつもりはなかったが、ちょうどタイミングよくメッセージが届いたものだから、つい返信してしまった。
仕事中、ましてやこんなに多くの人を前にした生出演中だというのに私用の連絡を寄越した歩を非難しつつも、さゆりはその文面に弾かれたように画面から顔を上げた。右手の方を見る。確かに扉がある。
つまりは、直接会えるチャンスがあるのだろうか。
遠くからでも、小さくてもいいから歩の姿を一目見られたらと思っていたのに、歩がさゆりに気づき、目が合ってしまったら、欲が出てしまった。騒ぎを大きくするかもしれない行動をして、槙田に知られたら怒られるだろう。それでなくとも、自重しなければならない時期なのに。
再びガラスの向こうの歩を見ると、歩もまたさゆりを見ていた。誰にも知られないように、わからないように、こく、と頷いて見せる。さゆりの返事は伝わったらしい。歩の表情が少し緩んだ。
メンバーはそれぞれ代わる代わるリスナーからの質問に答えているが、さゆりは心ここにあらずでほとんど耳に入ってこない。一太郎が何か言って、どっと笑いが起きたときも、さゆりはなぜみんなが笑っているのかわからなかった。
とにかく、落ち着かない。
「す、すみません。ちょっと通ります」
放送が始まって間もないというのに、さゆりはその場を抜ける。
早朝から何時間も並んで手に入れた席であることなどすっかり忘れていた。超満員の電車の一番奥の席から一人だけ降車するとき以上のひんしゅくを買いながら、何度もすみませんと頭を下げ、ブース前の人だかりからやっとのことで抜け出した。肌に当たる新鮮な冷気が涼しいくらいだ。今日の会場となっているファッションビルのアトリウムは半分野外で、待っている間は凍えそうだったが、ひとたび放送が始まれば、密着度と熱気で暑いくらいだった。
観覧席から外れてしまったのでメンバーの姿は見えなくなったが、オンエアされている声だけは聞こえる。
さゆりは背後の人目がなくなり、落ち着いた所でさっきのメールを読み直す。
『十三分後に二曲目を流すから、その時、向かって右手にある扉のところまで来て』
ついさっき一曲目が終わったところなのでまだ二曲目には早い。
白い壁と同色の『STAFF ONLY』と書かれた重そうな扉の前で、その時を待つ。これ以上なくどきどきしているさゆりをよそに、メンバーは終始朗らかで暢気にトーク中だ。
まさかこの扉から歩が出てくるわけはないだろう。では、誰かがこの扉のロックを解除してくれ、さゆりを中に入れてくれるということだろうか。辺りを見渡してみたが、警備員はブースのロープの前に立っていた二人しかいない。にしても、ここから入るところを誰かに見咎められでもしたら大変だ。今のさゆりはどこからどう見ても『関係者』ではなく『エッジワースの公開放送を観に来たファンの一人』で、つまり、STAFF ONLYの扉の中に入れる資格はない。
『ではそろそろ次の曲、行きます』
アトリウムに反響する歩の声がそう言う。
『今日の二曲目、エッジワースで「keeping pace」聴いて下さい』
*
曲は始まったが何も起こらない。警備員に動きも見られず、すぐ隣のドアはうんともすんとも言わない。
歌が流れているのに観覧席で笑いが起こる。誰かが何かしたのだろう。スタジオの中が見えないさゆりにはわからない。
その時、カチャリと音がして、
「さゆり」
歩のひそめた声がすぐ傍で聞こえた。振り返ろうとすると、
「あ、ストップ。ごめん、そのままでそこで背中向けて立ってて。誰にも気づかれないように。俺、ここから出られないし、さゆりを入れることもできなくて……ごめん。これが限界で」
確かに、二階、三階から公開放送を観覧しているファンもいて、そこからなら、一人でこんなところに立っているさゆりは目立つだろうし、不審かもしれない。
「……スタジオ抜け出したりしていいんけ?」
「この曲の間だけ。俺、非常事態でトイレに駆け込んだことになってんの」
「そんなことして大丈夫なん?」
「たぶん」
「なに、多分って」
「ここ開けてくれたの槙田さんだし、今も一応外の状況見てくれてる。協力してくれてるってことはオッケーって事だろ」
さゆりは周囲に槙田の姿を探したが、見つけられなかった。
「不審がられないように、ちょっとだけでいいからこっち向ける?」
「難しい注文がいね……」
さゆりはマフラーを口元まで引き上げて、他人にわからない範囲で首を回す。なんとか、数センチだけ開いた扉の内側に、背中で扉を押すように立つ歩を見つけた。見える姿は少しだけだが、声は届くし、見つめ合うこともできる。十分だった。
「……久しぶり」
「うん」
「こんな時なのにさゆりをずっと一人にしてごめん。守ってやるって言ったのに全然できてねえし。その約束でさゆりは戻ってきてくれたのに、守るどころか傷つけて」
「ううん、違う。歩に守ってもらおうなんて思っとらんが! ……うちの覚悟ができとらんくて……。心配かけてごめん」
歩は少しの間黙っていたが、ややあって、
「……今すぐこの扉開けて、皆の前でさゆりを抱きしめたい」
「ばかなこと言わんで!」
「わかってる。しない。だって、そんなことしたらさゆり、怒るだろ?」
「当たり前やちゃ! うちは歩個人がどうこうより、エッジワースのファンやちゃ。エッジワースの歌が聴けなくなったら困る」
「ひどい。俺よりもエジワスなの?」
頷いたさゆりを、歩はまぶしげに細めた目で見た。
「今は正直、……待ってとしか言えない。情けないし、悔しいけど。だから、俺、愛想尽かされても仕方ないと思うし、この先、辛かったり、もう嫌になることもあるだろうし、待てなかったりするかもしれないし……、その時は遠慮なく相沢さんとこ、行っていいから」
「な、何で相沢くん!?」
思わず声を大きくしてしまい、さゆりは慌てて咳払いでごまかし、取り繕う。
「うちが不安になることがあっても、歩が不安になることなんてないが」
「それ、まんま俺のセリフだし」
「うちが歩のこと嫌いになるなんて、ないっちゃ」
さゆりが泣きそうになりながら横目で睨むと、歩は、「頼むからこの状況でそんな顔しないで」と小さく呟いて口元を手で押さえた。
「……俺が歌えなくなっても?」
「うん」
「俺の声が出なくなっても?」
「当たり前」
歩は、ごん、と鈍い音を鳴らして頭を背中の扉にぶつけた。
「今度、さゆりにフラれたら、俺、お前のことばっかり歌うから。超女々しいラブソングばっか歌うから」
「そんなエジワス、嫌っちゃね……」
それは流れるほどではなかったが、さゆりの笑って下がった目尻に涙が滲む。
曲はすで、三番のサビにさしかかっている。
*
「四宮さーん! お昼、一緒しましょー!」
食堂へ続く渡り廊下で後ろから呼ばれる。愛美だ。
ガラス越しに差し込む光はすっかり春めいている。
人の噂も七十五日とはよくいったもので、冬が去って、春が来る頃には工場の誰もさゆりと歩を関係づけて噂しなくなった。
さゆりはすっかり元の穏やかな暮らしを取り戻すことができている。
歩が「ギフト」を歌った地元N県でのあの凱旋ライブから早二年が経っていた。
エッジワースは昨年、武道館、さらには今年初めには東京ドームでライブを成功させ、来年には初の海外ツアーが予定されている。
「ギフト」はその後のライブでもちろんセットリストに入ることはなく、アンコールでの披露もない。再び「ギフト」は幻の曲となり、同時に、桐谷歩の十年愛も、高校の同級生A子さん(仮名)もインターネット上の遺物となりつつある。
騒動後、一時は退職も考えたさゆりだったが、今も同じ製薬工場で世話になっていた。
ひびが入ってしまった愛美との関係も、
「まあ実際、歩とつきあいたいかって言えばナイです」
愛美はふてくされながらもそう言い、さゆりを許してくれた。
「エジワスの新曲、超イイんですけど!」
注文の列に並びながら愛美が興奮気味に言う。
「あ、うちも昨日ラジオで聴いた。『Day break』だったっけ」
「ええー? 歩から事前に教えてもらったりしないんすか?」
「しないっちゃ」
首を振ったさゆりに、愛美は眉をしかめ、
「……いつも思うんですけど、四宮さん、ホントに歩とつきあってるんですか?」
「うん、たぶん」
そう言いながら、さゆりはいつものオムライスをトレーに載せる。
「たぶんって何すかー! 都合のいい女にされる危険性ないですかー? 現地妻とか」
愛美は日替わり定食を載せて、日差しの入る窓際に空いた席を探した。
「相変わらず恋の歌じゃないけど、あの曲聴くとなんだか恋したくなりますー」
「四月に結婚決まってる人が何ゆうとるがー」
愛美の言いたいことはわかる。昨夜、解禁になったばかりのエッジワースの新曲はともすればラブソングとも解釈できそうな歌詞だ。
「四宮さんも早く結婚して下さいよー。で、私を式に呼んで下さい!」
結婚どころか、最近ますます忙しくなった歩と、ましてや未だに地元にいるさゆりは、ほとんど会えないといった方が正しい。
とりあえず、歩との関係は続いているものの、歩は努めてさゆりを束縛しなかったし、さゆりもできる限り自分の生活を歩に脅かされないように心がけている。そして、離れている時は、自分はただの一ファンだと言い聞かせることも忘れない。
芸能界という特殊な世界だから、歩にいつ熱愛報道があっても、好きな人ができたと言われても、耐えられる心の準備はしているつもりだ。
メッセージのやりとりは頻繁だ。去年、歩は自身でもSNSを始めたので、それをいつでもさゆりは見られるし、寂しく感じることはない。
今夜、仕事が終わってから夜行バスで東京に向かうことになっている。
前回会ったのはクリスマスだった。気づけば、季節を一つ越してしまっていた。
早朝に東京に着いたさゆりがここに来るまでのタクシーの中から送ったメッセージに、屋上で待っていると返事があった。
この二年、マスコミに嗅ぎつけられないことを一番に行動してきた。たまに歩が車でさゆりを迎えに行くこともあったが、朝のこの時間の出入りが一番撮られやすいという槙田の教えから特に早朝は車での移動は控えている。
「待ちくたびれたー……」
風圧で重くなった扉を押し開けると、待ち構えていたらしい歩に抱きしめられた。
「なんで屋上? 寒くないんけ?」
吐いた息は白い。まだ三月も上旬で、春といえども実際気温は冬に近い。
「寒いけどここじゃないと二人っきりになれないから。さゆりに会えるの三ヶ月ぶりなのに」
そう言って、歩は早速さゆりの唇を奪った。吹きすさぶ風に髪を巻かれながら、長く、深いキスに応える。
ようやく解放されたさゆりが尋ねてみれば、今日もメンバーが泊まり込んでいると歩が溜息交じりに言う。雅和特製パンでの朝食を期待して、さゆりは頬を緩めた。
歩はさゆりを後ろから、自分の着ていたダウンジャケットに包み込むように抱き、寒くないかと聞いた。
「今日の夜明けは特にスバラシイよ、さゆりちゃん」
「そう言えば、今度の新曲のタイトルって英語で夜明けって意味?」
「うん」
「なんか、ラブソングっぽい。愛美ちゃんも同じこと言ってた。そうながけ?」
それは、雑誌のインタビューなどでもよく聞かれることだ。
さゆりを腕に抱いて見たあの朝から、歩にとって夜明けは特別な時間帯だった。だが、それは歩だけが知っていればいい幸せの記憶で、その理由は誰にも話す気はない。たとえ、さゆりであってもだ。そんなことをいちいち覚えていて、あまつさえ思い出していると知られるのは恥ずかしい。
「そういえばさ、今日一日オフなの」
「ほんまけ!?」
さゆりの顔が輝く。
「ゆっくりできるんけ?」
「うん。だから、デートしようぜ」
「デート?」
「思えばさー、今はもちろんだけど、俺たちデートらしいデートってしたことないじゃん? 中学のときも、高校んときも。映画とか遊園地とかいかにもなヤツ」
「仕方ないよ、バンド三昧だったもん。でも、ライブとかは二人で行ったりもしたが?」
「うん、そーだけど……約束、覚えてる?」
さゆりは目をぱちくりとさせた。思い当たる節がないらしい。
「全部チャラにしてくれるって言ったじゃん」
*
「……ほんとに大丈夫なんけ?」
広大な駐車場の一つに車を停める歩に、さゆりはおろおろしている。
「行きたくないの?」
「ううん、行きたいし嬉しいけど。結局、東京におった時も来ずじまいやったし」
「そうなの? デートとかは?」
「ないよ、そんなん」
「相沢さんとも?」
「だから飲み友達だってば!」
「そういえばこの前、茉莉菜ちゃん、フライデーされてなかった? あれも話題作りなのかな」
「いや、本命みたいだよ。つーか、先越されたわ」
歩は相変わらずの黒縁の伊達眼鏡にマスクだが、さゆりにはその姿であってももはや桐谷歩にしか見えない。
この二年、休みを取って海外を旅行した時をのぞいて、白昼堂々、ましてや国内でも一、二を争う人気スポットに二人で出かけることなど、歩が無名だった高校生時代にまで歴史は遡るかもしれない。その上、歩は手まで繋いでくる。
「ちょ、歩! ほんとに大丈夫なん!?」
「堂々としてれば逆に目立たないんだって。それにここは夢の国なんだし」
「やけど……」
これまでの慎重さはどこへ行ったのか。まるで聞く耳を持たない歩に、さゆりは溜息をつきつつ、こうなれば腹をくくって楽しもうと決めた。
「さて、どこから行けばいいんだ?」
「あ、あれ!」
キャラクターの耳がついたカチューシャを見つけて、さゆりが歩の手を引っ張る。
「俺はつけないよ?」
「いいもん、一人でもつけるっちゃ」
まずはジェットコースターに乗ろうと言ったさゆりだったが、そこで歩から予想外の「俺、絶叫系ムリ」という発言が飛び出した。舟に乗っているだけの地味で退屈で一番面白くないとさゆりが思ったアトラクションを歩が絶賛してもういちど乗りたいと言ったり、一時間近く並んだポップコーンが目当ての味ではなかったり、歩はしょうゆバター味を主張し、さゆりはチョコ味がいいと言い、互いに譲らず、結局どちらにも並んで、歩がバケツを二つ下げるはめになった。
「かわいい」
パラソルの下のテーブルでピザを頬張るさゆりに歩が言う。
「え? ピザが?」
「さゆりが」
「なに、いきなり」
「今日のさゆり、すっげえかわいい。なんつーの、笑顔がはじけてるつーか。昔みたい。高校の時のさゆりみたい。最近は我慢ばっかさせてるもんな」
ごめんな、と笑って、歩はコーラのストローを口に含んだ。
「いつも我慢なんかしとらんし、不満にも思ってない。でも、今日はすっごく楽しい。連れてきてくれてありがと」
さゆりが言うと、歩は今度は救われたような顔で、少し笑った。
周囲の目が気になって落ち着かない心持ちでいたのも最初だけで、意外にも誰も桐谷歩だとわからない。さゆりの心配は杞憂に終わったようだ。
「これ、さっき撮った」
そう言って歩に見せられた写真には、付け耳のカチューシャをつけたさゆりの後ろ姿と、それに被さるように歩のVサインが映り込んでいて、「今日の記念」と嬉しそうに眺めている。
「さゆり、仕事やめて東京に住む話、考えてくれてる?」
「うん、まあ考えとるよ」
「いつ?」
「いつって、まだ具体的な時期は決めとらんけど」
「東京には、つばっちだって相沢さんだっているじゃん」
「そういう時の相沢くんは味方なんだ?」
「さゆり」
歩が改まった声で言う。さゆりの大好きな声だ。大好きな声で、
「俺、お前のことずっと大切にするから、一つだけ放棄してほしいものがある」
と言った。
「放棄、って、何を?」
「肖像権」
「そんなの今さらっちゃよ-! 今もどれだけうちの写真がネット上にあると思っとるの。どうしたん、急に……」
「歌もエジワスも俺の一部だから、俺といる限りはそれだけは我慢してもらわないといけない。でも、それ以外は俺が全力で守るから。許してくれる?」
唐突な話に、さゆりは戸惑いながらも頷くと、
「じゃ、行くか」
その言葉に腰を上げようとしたさゆりだが、歩はスマートフォンをいじったままで、食べ終えたトレーを先に片付けて戻ってきても、席を立つ気配がない。
「歩? 行かんの?」
「おし! ツイート完了!」
「え?」
「なあ、俺のツイッター見てみてよ」
「えー?」
さゆりはしぶしぶ自分のスマートフォンを鞄から出してアプリケーションを起動させる。
二百万人にフォローされている歩の公式アカウントを見ると、なんと、先ほど撮ったという写真に「初恋の人とデート」という説明文がついて数分前に発信されている。
さゆりは後ろ姿なので誰かわからないにしても、Vサインをする手には、ブレスレットが映り込んでいて、それはエッジワースの桐谷歩が着けているアイテムだと諸所で紹介されるくらい歩の所持品として有名なものだ。
「ええっ! やばいよ! 何やってんが! 早く! 早く削除しんと!」
「俺、このためにアカウント作ったんだけど?」
「このためって何が……」
混乱し、慌てふためくさゆりを再び冷たい鉄の椅子に座らせた。
「大丈夫、計画的犯行だから」
「どういうこと?」
「槙田さんにも事務所にも相談済み。俺からさゆりの会社にもちゃんと話はつけて、許可もらってる。さゆりとの交際を明らかにするからって」
歩は、さゆりを通さず勝手に連絡してごめんと謝った上で、
「でも株価は上がるし売り上げも伸びるって逆に感謝されちゃったぜ」
そして、会社工場前と自宅前に私設ガードマンを雇ったとびっくりするような報告があった。かなり周到に計画されたことのようだ。
「ということで、もう逃げらんないよ」
歩がにやりと笑うも、さゆりは笑えない。
つきあっているという事実がどれだけ世の中に影響を与えるか、身をもって知っているだけにやはり恐怖が先に立つ。
震える手で再び歩のツイートを確認すると、早くも千単位のリツイートに加え、数え切れないほどのリプライが届いている。
その時、新着ツイートが一件、表示される。
『えっ、お相手はどなたですか!?』という誰かからのリプライに答える形で、歩が『中学二年の時からずっと好きだった人です』と答えたものだ。それは数秒前に、さゆりの目の前で、目の前に座る人本人の手で全世界に発信された。
「歩……ほんとに……?」
その時、歩にメッセージが届く。雅和からだ。
『歩、オメデトウ』
と題されたそれには、これでもかといわんばかりのハートマークが付いている。
『火に油を注いでみました』
添付されたスクリーンショットには、こちらも、雅和のアカウント宛てに「アユムくんって彼女いたんですかっ!」というリプライに「実はいます」という答えが、あろうことか数ヶ月前に雅和が撮った歩とさゆりのツーショット写真付で呟かれている。
「もう、一万リツイートもされてるわ」
「ほんまけ!」
さゆりはひっくり返りそうになる。
「だから……せめて写真くらい、うちに選ばせてよー」
「え? これ、さゆり超かわいく写ってるからこれがいいって昨日みんなで決めたんだけど?」
「もー、歩のばか!」
さゆりは上気した頬を膨らませ、しかめた眉の下の目は潤んでいる。
「ごめん、怒った? 泣く?」
とたんに弱気になった歩が思わずさゆりの手を握ると、
「もー……、嬉しいのっ!」
と言うから、たまらない。
「ごめん、パレード見られないかも」
歩はそう言うやマスクを外してさゆりに軽いキスをする。これ以上ないほど賑わう夢の国のとある町でそんなことをすれば、誰であっても周囲の注目を浴びる。それがエッジワースの桐谷歩であるなどもってのほかだ。
歩はさゆりの手を引き、そのまま走り出した。
「車までダッシュ!」
「えー! もー!」
二人は出口をめざす。そのうちに、どちらからともなく笑い出した。楽しいからか、幸せだからか。おそらく、そのどちらもだ。事の重大さを考えれば、笑ってなどいられないはずなのに。
二人とすれ違う人が驚いた顔をしている。手を繋いで走る二人を撮る人がいる。逃げる二人を追いかける人がいる。
同じ時、街の雑踏で歩のツイートを見て、声を上げている人がいる。電車の中でエッジワースの歌を聴いている人もいる。彼らの情報をインターネットで検索している人がいる。カフェで話題にするファンがいる。ライブDVDを観ている人がいる。カラオケで歌う人がいる。動画を再生している人がいる。
この世の中に、エッジワースを知っている人が何人いて、エッジワースの曲を何人の人が聴いたことがあり、何人がそのとりこになっているのだろう。何人が、桐谷歩の作る歌に元気づけられ、勇気づけられ、感動しただろう。
エッジワースは愛や恋の歌を歌わない。
十四歳の時に、歩はさゆりと出会い、それ以降、歩の細胞はすべてさゆりへの愛を持って作られ、その全てがさゆりからの愛を覚えている。
彼らの歌が人々の心に深く届く理由は、歩を形作る何千、何億、何兆の細胞の一つ一つが愛を知っているから。だからに違いない。
終
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もうもうもう相変わらずすれ違い・切なさの達人!健在で
本当に楽しませてもらいました。ありがとうございました
そしてこちらにエジワスを貸していただいてほんと恐縮です。
うちの連中も歩のハッピーエンドを盛大に祝っていることでしょう!
ああ…でも終わっちゃって…ちょっと残念…
ありがとうございます!
終わってみれば、いつもよりはすれ違わない&切なくない話になったように思うのですがいかがでしょうか…。
こちらこそ、連載中支えて頂きました。本当にありがとうございました。
マイムジとコラボできたこともすごくすごく楽しかったです!!!
マイムジ妄想はもはや日課ですので、そこへうちのあゆさゆも加えて妄想に励みたいと思います!
はー、正直、本当にこの連載はしんどかったので終わって心底ホッとしています…(笑)
ありがとうございました!
ムーンライトノベルでこっそり愛読していましたが、最近仕事の関係でなかなか覗けてませんでした。
お正月でのんびり新着順で見ていたらなんと「たぶん、きっと、ずっと、僕は」が上がっていて、しかも完結表示♪
ものすごく嬉しくて一気に読ませていただきました。
あちこちきゅんとくる場面が多かったですが、地元で「ギフト」を歌うシーンが私にとっては一番素敵でした~。
2人がついに結ばれて公表も出来て本当に良かったです。
最後まで読ませてくださってありがとうございました。
次回作も楽しみにしています。
はじめまして。
ムーン様からわざわざこちらへ足をお運び下さいましてありがとうございます!
ギフト熱唱は歩の愛が溢れた瞬間でした。一番しんどい回でしたが、頑張って書いてよかったです。そして、ラストは想像していた以上に清々しいものになりました。お楽しみ頂けたのなら幸いです!
今後とも頑張って参りますのでどうぞよろしくお願い致します。
コメントありがとございました!
あゆさゆがハッピーエンドで本当に良かったああ。
歩の純愛が本当に素敵だったし行動力も決断力もあって強い、さくまりさんの全作品中、彼は私の中では1番をかっさらっていきました!
(その上イケメンだしイケボだしフォロワー二百万っていうアーティスト!カネもあるよw)
頭を扉にぶつけるシーンが好き。相沢くんにいつまでもこだわる小さいところwも好き。
公表を用意周到に進めてきたところもすき。しっかり覚悟を持って頑張ったさゆりが好き。っていうかエライ泣。
TDLで楽しそうな二人が大好き。二人を応援するエジワスの皆が好き。
ぶつぶつ言いながら色々手配してくれる槙ちゃんが好き。
終わってしまっても、わたし、この作品大好きです。
本当にお疲れ様でした、そしてありがとうございましたー!!
P.S.【エジワス聴いてみたいもの】
①全曲女々しいラブソングのニューアルバム
②Day break
③ギフト
さあ、あなたはどれ!?
ちなみに私は①ですw
ありがとうございます。すんなりハッピーエンドでした^^!
一番頂きました^^まあ歩の持つ地位と名誉は確かに超魅力的!!
扉越しのシーンはなかなか思うように書けなくて…おまけに全然二人切なくならなくて(笑)相沢は役立たずだし。まあとにかくあゆさゆは終始無敵でした(笑)
公表に向けて周りから固めていくところはちょっとシンデレラストーリーを意識しました。
終わってみて、結構大ざっぱな展開になったなぁと反省です。槙ちゃんはもっと厳しいことを言わせたかったなー。続編番外は今のところないですが、もしできるならシーンやエピソードを追加してもうちょっと厚みのある話に改編したいです…。
本当に、いつも楽しみにして下さってありがとうございました!
聴いてみたいエジワスの曲…私はギフトかな!
歌詞とかもっと引用したかったけどなんせ思いつかなくて、タイトルですら毎回頭を抱える感じでした。作詞ってムズい!!!
本当にありがとうございました!