佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください
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たぶん、きっと、ずっと、僕は24
24.
サラリーマンが集う地下の飲食街は、クリスマスイブの夜というよりは年の瀬が近いことで賑わいを見せていた。
相沢が会計を済ませて店ののれんをくぐると、さゆりが壁にしなだれかかっている。
「さゆりちゃーん、大丈夫?」
「きぶんわるい……」
「だから飲みすぎって言っただろ? 吐く?」
さゆりは無言で首を小さく振る。
「タクシー乗り場まで歩ける?」
すっかり目を閉じ、立ったままで寝てしまいそうなさゆりをのぞき込んで尋ねると、今度は、うん、と小さく頷いた。
相沢はさゆりの腕を引き、壁から離す。肩を抱くわけにも手を引くわけにもいかないので、行くよとだけ言うと、さゆりはおぼつかない足取りで歩き出した。
「あいざわくん、ごめんねえ……。毎晩、つきあわせちゃって……今日もイブなのに……」
「いいんだって。彼女いないんだし」
「翼も……杉本くんや香坂くんも……みんなにはホント感謝してる……」
上京して数日、さゆりは昼間こそ一人で過ごしていたが、夜は仲間が代わる代わる集ってくれた。しかし、さすがにクリスマスイブの今夜は恋人優先で、現在は独り者の相沢と二人で飲むこととなった。といっても、場所が安居酒屋だったのでムードのかけらもなかったが。
「昔もみんなで毎晩のように飲み歩いてたじゃん。誰も、さゆりちゃんに気を遣って集まってるわけじゃないし。気にすることないよ」
さゆりが顔を上げ、締まりなく笑う。
「……ありがと。みんなのおかげちゃ……元気出た」
「元気な人が飲む量ではないと思うけどね」
相沢は軽く溜息をつく。
「おっと!」
ふらついて、前から歩いてきた男性とぶつかりそうになったさゆりを引き寄せる。
「ごめん」
「もたれていいよ」
「ううん、大丈夫ちゃ。そんなに酔っとらんし」
必要以上に寄りかかろうとせず、なけなしの理性を頼って努めてまっすぐ歩こうとしている。
相沢はまた、軽くさゆりの腕を支え持つだけにして、
「飲まなきゃやってらんない恋愛なんてやめちまえばいいのに」
誰に宛てるでもなく呟いた。
*
「では、札幌の成功を祝してカンパーイ! お疲れ様でしたー! アンド、メリークリスマスイブ!」
メンバーとスタッフ全員の右手が上がる。
場内を埋め尽くしていた満員のオーディエンスの姿はなくとも興奮は存在していて、幕の下りた会場に寂しさはない。
年内最後のライブのため、一昨日から歩らは北海道に飛んでいた。ライブツアーも年明けの東京会場を残すばかりだ。
「あ、すみません! ちょっと失礼します……!」
輪の中心で、声をかけられ、肩を叩かれしていた歩は、着信を知らせているスマートフォンの画面にさゆりの名前を見て、慌てて打ち上げの席を抜ける。
ビール片手に談笑するスタッフの間をすり抜け、すれ違いざまのあまたのねぎらいの言葉に愛想笑いもそこそこに、静かな落ち着いた場所へ急いだ。
ここ数日は移動の際でも槙田以外の誰かを帯同することがほとんどで、電話をかけるチャンスはなかった。身体が空くのは深夜だったし、ようやく時間を見つけたと思っても、さゆりはスマートフォンの電源を落としていることがほとんどで、しかし、その精神状態を思えばそれも仕方ないと思う。
大晦日の国民的歌番組に出場せずとも、歌手やミュージシャンにとって年末は十分に忙しく、慌ただしい。せめてツアーが重なっていなければ、たとえ接触を禁止されてるとは言え、なんとかさゆりに会う機会を作れたかもしれなかったが、全てのマイナス要素が重なってしまった今の状況は運が悪いとしか言えない。
楽屋に通じる廊下は、人気がない代わりに凍える寒さだった。半袖のTシャツ姿の歩は身を震わせる。
「さゆり?」
嬉々として電話に出た歩だったが、即座にその眉間に皺が寄る。
『あー、俺、相沢って言います。さゆりちゃんが東京にいたときの同僚で。えっと、桐谷サン、ですよね? エジワスの』
「……ハイ」
名前に聞き覚えはなかったが、同僚という紹介にさゆりと待ち合わせをしていた男が思い浮かぶ。電話の向こうは、馬鹿らしいほどに騒がしい。
『やっぱり、今も忙しいのかな? なんとか出て来られません? 今、俺ら新橋なんだけど』
「いや、今札幌で……。あの、失礼ですけど、どうしてさゆりの携帯から……」
『それが、さゆりちゃんと飲んでたんですけど、彼女、今夜は珍しく潰れちゃって。できれば来てあげて欲しいなって思ったんですけど』
相沢は意味深に一拍置いて、
『だって、今夜はイブでしょ?』
そう言ってから、さすがに札幌じゃ無理だよなあ、と独り言のように呟いている。
全身の血管がちりちりとかゆくなった。
サンタクロースの赤い帽子を被ってアンコールをこなしたくらいだ。今日が十二月二十四日だということを忘れているわけでも、気づいていないわけではない。そして、同日を世の中の恋人たちが重要視していることも当然知っている。
歩は話をはぐらかした。
「……さゆり、そんなに酔ってるんですか」
『ああ、座っとけって言ったから今は大人しくそこで座ってます。半分寝ちゃってるけど』
「寝てるって、どこでですか」
『心配?』
相沢の声は、少しの挑発を含んでいた。
「……さゆりに代わってもらえますか」
「うーん、代わっても話せる状態かと言われればたぶん無理で……」
歩は空いた拳を握りしめると同時に、次の言葉も失った。電話口でどれだけ喚こうと、今の歩には為すすべがない。
『でももし、さゆりちゃんが今話せる状態だったとしても、彼女はきっと何も言わないと思う。だから、俺が代わりに言わせてもらっていいかな』
「さゆりが、何か……言ってたんですか」
「まさか。さゆりちゃんは何も。俺らに弱音を吐いたりしないよ。でも、相当参ってるのはあきらかで。だから珍しくこんな飲み方してるんだろうし』
さゆりが相沢の前でどんな飲み方をしたというのか。歩はおもしろくなかった。
「彼女の心労はわかってるつもりです。僕が原因であることも」
『あ、うん、責めてるわけじゃなくて。俺も、桐谷さんのお立場は少なからず理解できるし。それに、今この状況で、さゆりちゃんは俺がもらいますなんて、そんなずるいことも言いません。そもそも、さゆりちゃんは全然相手にしてくんないからさ、昔から』
そして相沢は、責任をもってさゆりをホテルまで送り届けると言った。
『大丈夫、桐谷さんが心配してるようなことはしないから』
歩は何も返すことができない。今は相沢を頼るしか、そして信じるよりない。
『とりあえず、さゆりちゃんと会ってあげてほしい。短い時間でもいいから、なんとかならないかな。お願いします。今のさゆりちゃんを見てるとさ……』
「なんとかします」
歩は相沢の言葉を遮った。その続きは、けして挑戦でも挑発でもなく、捨て身の本気だろう。今この状態での宣戦布告は、いくらさゆりの気持ちを知っていても正直堪える。
「すみません、ご心配おかけしました」
『こちらこそ、余計なことを言ってすみません。全くの部外者が何言ってんだって感じだよな』
いえ、と答える歩の声は力ない。
「こちらこそすみません。さゆりを、よろしくお願いします」
そんなことを赤の他人の、ましてやライバルかもしれない男に頼まざるを得ないなんて。
「かっこわりぃ……」
歩は、通話を終えたばかりのスマートフォンで乗り換え案内を検索する。
今すぐに札幌を出たとして、案内される一番早いルートの東京着は朝の八時だった。もっとも、今すぐここを出ることが叶うかと言えばそれもまた難しい。
「なんとかするって……、なんとか、ってなんだよ……」
壁を一つ、強く叩く。たった数時間前の歓声は耳に確かに残っているのに、廊下は嘘のように静かだった。
*
翌日、午前中の飛行機で札幌を発ち東京に戻る。
だからといって、歩がすぐにさゆりの元へ駆けつけることはできたかといえば無理で、メッセージを送っておくのが精一杯だ。
昨夜の電話のことには触れずに、元気かと尋ねると、昨日は元同僚と飲み過ぎてしまってひどい二日酔いだと返ってきた。歩が相沢と話したことは知らないようだった。
しばらくその返信をどうしようか迷い、結局、その次にメッセージを送ることはなかった。最近は文字の会話も長く続かない。
今朝から槙田に頼み込んだが、とにかく今日さゆりに会うことは難しいと言われた。昼間はラジオの公開収録があって、夜は音楽番組の年末の特別生放送の仕事が入っている。今日は珍しく生出演続きだ。
もともと自分が蒔いた種だと言われれば、返す言葉はなく、今回のことで槙田にかけた迷惑を思えば無理は言えない。
それでも、半分脅すように頼んだ甲斐あってか、数日中になんとかするという約束を槙田に取り付けることには成功した。
空港に着いたその足で、都内のファッションビルの一角に特設された公開スタジオに向かう。
「観覧希望の整理券、今朝の六時から並んでたらしいよー」
「うそー、こんなに寒いのに!?」
打ち合わせを終え、控え室からスタジオへ移動する廊下で一太郎と雅和が話している。歩はぞろぞろと続きながら、スマートフォンを操作した。
羽田で、ただいまおかえりとやりとりしたのが今日の最後だ。
『二日酔い、マシになった?』
『うん』
既読がすぐについて、返事が返ってきた。
『今からラジオ』
『うん。頑張って』
「よろしくお願いしまーす」
口々にスタッフに挨拶をしながら、四人はサブコントロールルームを抜ける。その先にあるガラス張りのブースに通じるドアの手前で、音もなく表示されたさゆりからの吹き出しが目に入った。
『実はうち、観に来とるのよ』
「えっ」
歩は弾かれたように画面から顔を上げた。
友樹が一番にブースに入ると、ガラスの向こうで登場を待っていた観覧客が現れたその姿に黄色い声を上げる。スタジオは完全な防音がされているが、歩いてきた廊下は外にすぐ繋がっているのかそこから歓声が漏れ響いてくるようだった。
手を振ったり、会釈でファンに応えているメンバーの横で、歩はガラスの向こうにその姿を探す。
さゆりはすぐに見つけることができた。
ブースから一メートルほど離れたところにロープが張られ、その両端には警備員が立っている。伊達目眼とニット帽、そしてマスク姿のさゆりは、集まった三百人のファンの中で最前列にいた。
ガラス越しに目が合う。さゆりは自分の存在が認められたことに気づいて、誰にも知られないくらいの小ささではにかんだ。
信じられない思いで歩は、なかばよろめきながら他の三人に続いて用意されたハイチェアに腰を下ろした。
「みなさん、こんにちは! エッジワースです」
収録前のひととき、外の観覧客に向け、マイクを通して友樹が言うと、再び歓声が沸き起こる。
「今日は、オールナイトジャパンクリスマススペシャルのためにたくさん集まって下さってありがとうございます。皆さん、寒い中、朝早くから整理券をゲットするために並んで下さったと聞きましたが、風邪とかひかれてないですか?」
一旦、ブースの扉が閉じられてしまうと外の音はまるで聞こえない。しかし、観客の反応は表情だけで十分に伝わってくる。
友樹が話している間に歩は進行表をチェックするふりをして、「さゆりが観に来てる。最前列、右端」と紙に書いて見せた。
思わず雅和が肩をはね上げそうになったのがわかる。人目がなければ、間違いなく「ウソー!」と両手で口を押さえただろうことは想像に難くない。
あからさまに言葉を詰まらせた友樹に代わって、すかさず一太郎がMCを代わる。それぞれに、さゆりの姿を確認したようだ。
そのうちに時間が来て、オンエア中のランプが赤く光る。番組が始まった。
今日のラジオは公開企画のため、メンバーのトークがメインなので、オンエアされる楽曲はたったの二曲しかない。
「お寄せ頂いた質問にできる限りお答えしていきたいと思いますので、質問メール、がんがんお待ちしておりますー! 僕がリアルにパソコンでメールチェックしてるよー! では今日の一曲目、エッジワースで『soleil』、どうぞ!」
一太郎の曲紹介に被る形でイントロが流れ出す。友樹はゆっくりとカフスイッチを下げた。すかさずドアがノックされ、入ってきたADが、
「これまでに届いてる質問メールのプリントアウトです。この中からも回答お願いしまーす」
そう言って数枚の紙を置いてまたすぐ出て行った。
「しのしの、朝から並んだんだ」
扉が閉まると一太郎が言う。
ここでの話し声は、観覧席にはもちろんのこと、ディレクターやミキサーがいるサブコントロールルームにも聞こえない。視覚的にはオープンでも、ガラス箱の中の会話の秘密は守られている。
「なんとかさゆりに会えるかな……一瞬でもいいんだけど、無理かな」
落ち着かない様子の歩に、
「でも、この後すぐ局入りじゃん」
「そうよ。槙ちゃん言ってたじゃない。Nステのリハ、終わってダッシュしても遅刻だって」
「ホラ、マサコになってるよ!」
すぐそこにいるさゆりなのに、なぜこんなにも遠いのか。歩が唇を噛む。
ややあって、それまで何やら難しい顔をしていた一太郎が、
「ここへくるまでの廊下、ちょっと手前にさ、扉あったよね」
「あったか?」
「一太郎は、ホントそう言うのよく見てるわよねー」
「マサコ!」
「あらやだ、やばいやばい」
しゃべり出すと仕草につい本性が出てしまいそうになる雅和なので、一太郎は逐一注意をしながら、
「位置的に考えて、外に繋がってるはずだから」
「そこからさゆりを入れるの?」
「無茶だろ!」
「わかんないよ。っていうか、チャンスがあるならそこしかないよ。関係者じゃないから楽屋にしのしのを呼ぶ方が難しいし、そんな時間もない。きりやんがガラスの向こうに会いに行くわけにも行かないんだし。中から鍵さえ開けば、一番近い。槙ちゃんにメールしてみる」
一太郎は言うが早いかパソコンのキーをたたき出した。
槙田はすぐそこのサブコントールルームにいる。リターントークバックしてブース内の声を伝えることもできるが、その場合、音声が全体に流れてしまって秘密裏に事を運べない。
一際強いキータッチ音がして、その一瞬後、ディレクターの後ろに腕組みをして立っている槙田がスマートフォンを見た。メールに気づいたらしい。ややあって、顔を上げたかと思えば、内容を読んだのだろう険しい顔でこちらを見る。
「うわ、槙ちゃん、怖ぇ……」
歩は負けずにすがるように視線で訴えかけた。
もっと頑張ります、もう仕事を断りません、と思いつく限りの誓いを立ててみる。願いは伝わったのか伝わらなかったのか、槙田はADと一言二言話したかと思うと、スタジオから姿を消した。
ブース内のパソコンに返信が届いたのと、曲が終わったのは同時だった。
友樹がカフスイッチを上げる。
「さて、たくさん質問ありがとうございます。一太郎のもとに着々と質問メールが届いてるようです」
「では早速、雅和くん」
「ハイ、よろしくお願いします」
「リスナーの皆さんも久しぶりだと思いますが、俺らもラジオで雅和の声を聞くのは僕らも久しぶりです。それってどうなの」
友樹と雅和が質問に答え始める傍らで、一太郎は歩に槙田からの返信を見せた。
授業中に隠れて携帯電話をいじる高校生のように、進行表にスマートフォンを隠してさゆりにメッセージを送る。
どうかいますぐ確認してくれと祈らんばかりに、ガラス越しにさゆりを見つめた。
さゆりは受信に気づいたようで、その発信元を認めて驚いたように顔を上げて歩を見返してくる。あからさまに周りをはばかりながらも、こそこそとメッセージを確認している。
既読がついた。
歩は進行表を確認する。
番組終盤に流す予定の楽曲の再生時間は四分十三秒だ。
歩が一音一音を選んで作った四分十三秒に、チャンスをもらう。
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まさかの相沢説教でしたが、いいぞ!もっと言ってやれーw。
でも歩をとりまくあらゆる不自由さがホント辛いです。。会える時間を分単位で作り出さないといけないとは。。どんなに貴重な数分なんだろうと思うと(涙)。
ここからホントにあと1回で終わってしまうのでしょうか!?
気になって年が越せないYO(笑)
あ、いいコト考えたゾ★
あゆさゆ報道とマサコのカミングアウトと友樹の同棲を同時リリースすれば、焦点が分散されていいんじゃないッスか? え、それはダメ? やっぱりか。。ちぇ、、
更新遅れてスミマセン~!まじスミマセン。
今回、想定外の変なところで力尽きてしまったのであと2回になりそうです、たぶん。
コメント、マサコと友樹の同棲スクープwと読み違えてしまいました。友樹人身御供(笑)
がんばります。
ありがとうございます^^
あけましておめでとうございます!
ずいぶんお待たせしてようやく新しい連載をお届けすることができました。
今回は書きながらの更新で投稿に間が空くこともあったのですが、その分私的にはいつもより切なくない&じれじれしない話になったように思います。ですので、ご負担を軽くできたかと…いかがでしょうか。
なにせ強く、ポジティブな二人ですのでこれからも末永く幸せであってくれることと思います。
お付き合い下さいましてありがとうございました!