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佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください

   
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たぶん、きっと、ずっと、僕は11
11.


 昼下がりのカフェは混んでいた。かなりの席数がある店内はすでに満席で、入り口には列ができている。
 梁やダクトがむき出しになっていて、本来は解放感に溢れる空間を演出するはずの高い天井も、今は若い女子の喋り声が無骨なコンクリートに跳ね返るだけだった。
「一体さあ、この中のどれだけの人が桐谷歩を知ってて、そのうち何人が桐谷歩のファンなんだろうね」
 そう言った翼の視線は、前に座るさゆりではなく周囲の華やかな女子だ。休日の街は、見事なまでにファッション雑誌を切り抜いたような格好の若い女性ばかりだった。
「ほとんどの人は知ってて、最低でも半分くらいはエジワスのファンで、歩を好きなのは……その半分くらいかなあ?」
 翼はちょうどスマートフォンに触れていたさゆりをちらりと伺って、
「至極真面目な回答をどうもありがとう。けど、その桐谷歩とラインでやり取りをしている女は、たぶんあんた一人だろうね」
 そう言うと、つまらない授業中の男子高校生のような頬杖をついたままですでにだれているアイスコーヒーのストローを口に含んだ。
「なに? 連絡きた?」
「ううん。会社の子から」
 メッセージは愛美からだった。明日のエッジワースのシークレットライブのことだった。愛美は、まるで自分が行くかのように収集した情報を逐一さゆりに提供してくれる。スマートフォンに変えてから、愛美とは帰宅後だったり休日だったりに他愛もないことでやりとりすることが増え、距離が近くなったとさゆりは感じていて、それはとても嬉しく楽しいことだった。
「しかしさ、実際すごいことだよね。私だって、エジワスのサインもらってよーとか、気軽にあんたに言いたいよ。ファンじゃないけど」
「そうなの? なら、言っといてあげようか」
「いや、だから別にサインが欲しいんじゃないんだって。さゆりのことを考えたらそういうことを気軽に言える関係でもないって話だよ」
 さゆりは自分のアイスティーを細く吸い上げる。氷が解けて、ずいぶん味が薄まっていた。
「普通に友達だよ。単なる一同級生。歩のことをいろいろ思ってるのはうちだけだから、何も難しくない。だから普通にサインだって頼めるよー。って言うか、いやって言っても書かせるよ」
「そういう力関係なわけ?」
「まあ、それも連絡があればの話だけどねー」
「忙しいんだよ、きっと……」
 翼はそう言ってさゆりをなぐさめる。なんだかんだ言って優しいのだ。
 東京に来て、歩からの連絡がぴたりと途絶えた。着いたかと聞かれて、着いたと答えたそれが最後だ。もとよりさゆりからメッセージを入れたことはない。入れないようにしていた。
 時間があったら食事でもしようというのは、単なる社交辞令だったのかもしれない。冷静に考えたらそうに違いなかった。ここ最近のやりとりは、お互いが少し舞い上がっていただけだろう。
 というのも、久しぶりに東京の圧倒されるような人の多さに混じってみてさゆりは痛感したのだった。地元でならともかく、これほどの喧騒の中にあれば歩が、ましてや『エッジワースの桐谷歩』にさゆりという小さな過去を思い出す暇があるはずがない。
 気にしていないつもりだったが自然と口数が減っていたことに気づいて、さゆりは気持ちを今一緒にいる翼に改める。
 待つという行為が、こんなにも気もそぞろになる事だというのをさゆりは初めて知った。
 昨夜は遅くまで話をしていたので二人が起きたのは昼前だった。それから話題の店で遅めのランチをとり、ひととおりウインドウショッピングを終えて、今は休憩でもあり、夜の予定までの時間潰しでもある。
「きりやあゆむ……検索っと」
 暇を持て余したのか、それともそんなさゆりを見かねたのか、翼は自分のスマートフォンを鞄から出し、なにやら調べ出した。
「あるある、『桐谷歩 彼女』とかキーワード候補いっぱいあるわー。でも、ざっと見る限り、これと言って誰かと噂になってるってことはなさそう」
「……そっかー」
「『同級生 彼女』って、これさゆりの事じゃないの。 ん? 喜多茉莉菜? ああ、彼女の映画の主題歌を歌ってんのかー。へえ、彼女、エジワスのファンらしいよ」
 喜多茉莉菜といえば、若い女性から絶大な支持を誇る『なりたい顔一位』に輝いたモデル兼女優だ。
「すごいね。そんな人がエジワスのファンとか、ほんとにすごい人たちになったんだなあ……」
「私がさ、桐谷歩の元カノ知ってるとかツイートしたら炎上すんのかね。たとえば、明日のシークレットライブの場所をリークするとか」
「つばっち、冗談は顔だけにしてよ」
「この顔も別に冗談じゃないんですけどね」
 二人で笑いあってから翼は、
「ま、いろいろデリケートなわけね。対芸能人ってのは。万が一ヨリが戻ったとしても難しそう。きっとしんどいよ」
 そう言って、グラスの最後のもはやコーヒー味の解けた氷をずずっと飲み干した。


*


 予約されたダイニングバーに着くと、すでに男性が二人待っていた。
「おっ、オツカレー」
 翼がかわいげもなく、よっと手を上げてそのテーブルに近づいていく。彼らは翼の同僚で、同時にさゆりがかつて勤めていた会社の人間でもある香坂と杉本だ。
「おー、四宮さん。久しぶり」
「久しぶりー」
「相沢はちょっと遅れるって」
「そうなの、どんくらい?」
 待ってようか、といいながらも翼は早速メニューを広げてドリンクを選ぶあたり、始める気満々だ。
「よかったー。さゆちゃん、来られて」
「えー?」
 席に着くやそう言われ、さゆりが首を傾げると、
「来られないかもって翼の話だったけど。用事いいの?」
「さゆりはもしかしたら急用で来られなくなるかもって言っておいたの」
「さゆちゃんが来なかったらいつもとメンツ変わんねーし」
「あー、気遣ってもらってごめんね。うん、大丈夫」
 確かに今日集まる男三人と翼とは毎日会社で顔を合わせている。わざわざさゆりの上京に合わせ、こうして集まってくれているのだ。
 さゆりを含めたこの五人は同期入社だ。さゆり以外は四大卒なので、翼もそうだが年齢は二つ上になる。就職したのはメーカーだったが、さゆりはこの会社を半年ほどで辞めている。その上、翼とはたった三日間の研修で一緒になっただけで同じ職場で働いたことはない。さゆりは契約社員のテレフォンオペレーターで、翼や男性陣は本部の正社員だ。研修の間にやたらと気があった翼に、後日同期と飲みに行くから来ないかと誘われて、それが縁で仲良くなり今もこうして付き合いが続いている。このメンバー内で恋愛する気がないのは全員同じらしく、みんな彼女はいるし、翼にしても、同じ大学の男子と、くっついたり別れたりを繰り返していた。今は彼氏ではなく友達の時期らしい。その彼女や、時々友達に格下げされる翼の彼氏を含めて休日に遠出したりすることもあった。さゆりが東京を離れた後もそれは続いていて、この夏もさゆりを尋ねてわざわざN県まで遊びに来てくれ、みんなでキャンプをしたばかりだ。
 そのうちに、遅れてきたもう一人の相沢も加わって、再び乾杯となる。
「N県さあ、今度は冬に行きたいよなー」
「私、去年冬行った。超よかった」
「マジで? 今年みんなで行こうぜ」
「来て、来てー。大歓迎!」
「さゆちゃん、スキーとかボードとか実はすげえ上手いんじゃねーの?」
「できないことはないけど、山育ちの子達みたいには上手くないわー」
「あいつらの上手さ、ハンパねもんな」
「さゆりちゃん、また東京に戻ってきたら? こう言っちゃなんだけどもうN県にいる理由なくない?」
 さゆりがUターンを決めたのは母の看護のためだった。
「うーん、でもうちN県好きなんだよね。家もあるし」
「だよな、N県いいじゃん。俺も田舎暮らししてーもん。Iターンしようかな。さゆちゃん家のムコにしてくれる?」
「でも、うち畑ないよ。たぶん杉本くんのイメージしてるようなのじゃなくて、普通の町暮らしだよ? いいの?」
 夏の旅行に不参加だった杉本は、さゆりの家を知らず、最近各所で取り上げられているようなスローライフを想像しているようだった。
「ええ? 古民家とか野菜作ったりとかじゃねーの?」
「違う違う」
「フツーに都会だから」
 さゆりが苦笑いし、相沢が突っ込む。
 二軒目に店を変えた時点で、翼はかなり酔っていた。
「誰かあ、さゆりを幸せにしてやってよお」
 すでにテーブルに突っ伏しながら、それでも焼酎のコップは放さない。
「翼、酔っ払ってんなー」
「四宮さん、どうしたの? 失恋?」
「ううん、違うよー」
「あーでも、あんたはダメ!」
「何も言ってねーじゃん」
 会うたびに彼女が変わる香坂を、翼が制している。
「つーかさ、さゆちゃんはどんな男だったらいいわけ? ずっと彼氏いないし、作ろうともしないし、欲しいとも言わないしさ」
「うち、男の人に興味ないんだよねー」
「まさかのソッチかー?」
 杉本がその場で倒れる真似をした。オーバーリアクションなのは酒が回っている証拠だ。さゆりも普段にはありえない大きさで笑ったが、無理をしていたわけでも、酔っていたわけでもない。純粋に、この場が楽しかった。
 最近、まるで依存症のように肌身離さず電話ばかりを気にしていたさゆりだったが、ここ数時間は触っても、見てもいない。ずっと鞄に入ったままだ。
この先の人生、少しくらい苦手な音楽があってもいい。
「飲んだねー」
「おー、寒ぃー」
 明日といってももう日付的には今日だったが、香坂はデートで、杉本は友人の結婚式らしい。ようやくお開きにということなり、店を出たとたん揃って肩をすくめる。秋と言ってもみんなまだ夏に近い格好をしているので寒いくらいの気温だが、ほてった頬にだけは深夜の冷え込みが気持ちいい。
「うおわっ、もう終電ねえじゃん!」
「終電もういいよねーって話、したよー?」
 千鳥足で、もはや半分瞼が落ちかけている翼をさゆりは支えて歩いていた。
「さゆりちゃん、ホテル取ってんの?」
「ううん、翼の家に泊めてもらってる」
「一人でいける? 翼、寝ちゃってるけど。送ろうか?」
「ううん。慣れてるから平気ー」
 相沢がタクシーを止め、翼を引き摺るようにして乗り込んだ。
「ま、なんかあったらいつでも言って。相談乗るし」
「うん。ありがと」
 タクシーのドアが、バンと音を立てて閉まる。手を振る男三人に、さゆりはリアウインドウ越しに手を振って別れた。
 そこでようやく、思い出したようにスマートフォンを取り出した。しかし、久しぶりに見たそれも単に時間を確認するためだった。
 酔って思考が鈍っているせいかもしれなかったが、歩からの連絡を待っている自分はすっかり忘れていた。その時、落ちていたタッチパネルに明るさが灯り、メッセージの受信を知らせる。それでもそこに期待めいたものは全くなかった。予想通り、一番家の近い香坂からのものだった。
 マンションに着く頃には本格的に寝に入っていた翼だったが、起こせば寝ぼけながらも一人で歩いてくれる。さゆりはどうにかベッドに寝かせた。
 時間を前後して、他の二人からもそれぞれ無事に帰ったかどうかのメッセージが届く。翼の鞄の中からも音がしている。女性二人宛に送られているのだろう。
『無事着きました。今夜はありがとう。冬、遊びに来てねー』
 さゆりはそれぞれに返す。
 心の中は満たされていて自然と頬が緩んだ。楽しい仲間に感謝だ。
 小さなベランダに続く部屋に一つしかない窓を開ける。ひっくり返ったように脱がれている洗濯干し用の翼のクロックスに足を突っ込んだ。
 さっきよりさらに冷え込んでいる気がする。もうすぐで息が白くなる寒さだ。
「さすがにこの時間になると東京の空も暗くなるんだなー」
 結局、歩からの連絡はない。ライブの会場も知らないままだが、このまま行けばさゆりも翼も朝のうちに起きられそうもない。どちらかというともう朝に近い時間だ。さゆりは早くも行くことを諦めていた。
「お風呂入らなきゃなあ。ふあ。ねむ……」
 初めてあくびが出た。
 そうだ。日常に戻ればいいだけの話だ。ここ数年間にあった、さゆりの穏やかな日常に。
 少しくらい苦手なものがあっても十分生きていける。十分、生きてこられた。


*


「なんでこいつらまでここで寝てんの……俺ん家、宿舎かよ」
 歩が自室から出ると、暗いリビングで男三人がそれぞれソファだったり、端っこにきちんと敷かれた布団だったり、床だったりに転がっている。
 ついさっきまで事務所でツアーの打ち合わせが行われていた。どうせ明日も朝から一緒だといういつもの理由で四人揃って帰宅し、着替えに入った部屋でついでに歩が、時間切れで最後まで行き着かなかった企画書に目を通していたのはものの十五分だろう。その間にみんな寝静まっていた。歩にしてもそうだが、みんな疲れきっている。
 一太郎は部屋に入って五分後にはソファで布団をかぶっていたし、すっきりしないと眠れないという雅和がシャワーを使っている間に、それを待っていた友樹も眠ってしまったようだった。
 帰宅したのは三時を過ぎていた。今から朝十時に始まるリハーサルまで、それがここ二日間でようやく与えられた自由時間だが、自由というよりも単なる睡眠時間といえる。
 アルバム発売三日前は分刻みのスケジュールで仕事を入れられる。加えて、夜はシークレットライブ用のリハーサルと今度のツアーの打ち合わせが入っていて、本当に寝る暇もない。
 普段から忙しいとは言ってもさすがにここまでではない。さゆりが東京にいるというのにと思うと歩の気は焦った。焦っていたが焦ったところで、歩個人でどうにかできる規模の仕事ではないのが現状だ。
 さゆりからは着いたと連絡が来たきりだ。食事に行く約束も、明日のライブの場所についても尋ねては来ない。いつもメッセージのはじまりは歩からだ。それがなんとなく気になって、少し控えようと考えたり、悩んだりしている間に結局送りそびれてしまった。もともとあまり携帯電話に束縛されないライフスタイルだった歩が、最近よく電話を触っていると雅和に指摘されたこともある。
「……さゆりは俺に会いたいとか……まあ、ないよな」
 思えば、昔から歩はいつも追いかける方だった。最初から最後まで。
「変に約束してなくてよかったってことにしよ」
 どのみち解放されたのがこんな時間で、それまで全く身動きが取れなかったのだから、いつ会えるかと聞かれたり、万が一、会いたいなどと言われたところでどうしようもできなかった。
「なんか腹減ったな……」
 冷蔵庫を開けるが、歩の食欲を満たしてくれそうなものはない。雅和が起きていれば、何か作ってくれるだろうが、その前にこんな時間に食べてはいけないと言われそうだ。
 真っ暗なキッチンで、もう何度目かわからないスマートフォンをスウェットのポケットから取り出した。その画面は暗闇の中にはひどく明るい。
『連絡遅くなってごめん。明日、Rスクエアヴィレッジ13:00オープン』 
 そうタップしたが歩は送信せず、しばらくそのままでいた。やがて、バツ印に触れて全文を消す。傍らでリリィが足に擦り寄ってきたので抱き上げた。
 再び開けた冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り、リリィと共に部屋に戻る。
ベッドに寝転がり、とりあえず、
『起きてる?』
 と送るも、どう考えても普通の人間は寝ている時間だ。
 起きているわけがないのは承知だから、送信するやスマートフォンは乱暴に枕元に放り投げた。
 今まで夜中に送ると、既読がつくのも返事が返って来るのも朝だった。
 ライブの詳細はさゆりが起きて返事が来てからにしようと思った。話すように繰り返されるやり取りの中で伝えたい。
 この時間の、投げかけるだけのメッセージがさらに事務的な文面では寂しすぎる。単なる連絡事項になり下がってしまう。もっとも単なる連絡事項なのだが。
 既読云々が一般的なストレス要因にまで発展している昨今だが、歩にはこの既読の印がつくサービスはありがたかった。さゆりが読んだかどうかわかる。それだけでなんとなくさゆりの動きがわかって嬉しい。
 歩は仰向けに寝転び、その上にリリィを抱き上げた。
「シャワーしたいけど、面倒くせー……」
 その時、放り投げたスマートフォンの画面で二つの文字が音もなく表示されていた。しかし、歩がそれに気づいたのは新しいメッセージの着信音がしてからだった。 
「……えっ?」
 歩はばっと起き上がり、先ほど投げた場所を探す。
『起きてるよ』
 朝を迎えるまで宙に浮くはずだったメッセージに既読がつき、さゆりが返事をしている。
 
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No Title
こんにちは。
物語が進むにつれ、読んでいて切なさや苦しさがどんどん増していきます…。さゆりや友人たち、歩とエッジワース、茉莉菜、それぞれの丁寧な描写がとても好きです!
さゆりは仲間の誰よりも先に大人にならなくてはいけなかったんですね。誰のせいにするわけでもなく真っ直ぐ生きて、けれど想いはそのままで…と思ったら涙腺がやられました。仔猫にリリィと名付けた歩はどうだったんでしょう。
更新楽しみにしています!
  • C子 さん |
  • 2014/11/03 (12:51) |
  • Edit |
  • 返信
Re:No Title
>C子様
こんにちは!お読み下さりありがとうございます!
そうなんです、今回は努めて細かく書くように心がけているんですがその分展開が遅くて、この全然ストーリー進まない感に感じるフラストレーションぱないです…!はやく「承」の段階に入りたい><
歩、さゆり、茉莉菜まで視点が変わるので、それぞれのキャラの気持ちはわかりやすい反面、感情移入して頂きにくいだろうな~と悩みつつ…。
さゆりは健気でかわいいです。今は、歩が皆様から嫌われないかとひやひやしています。
いつもありがとうございます。頑張ります!

  • from 佐久間マリ |
  • 2014/11/04 (09:02)
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