佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください
[PR]
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
たぶん、きっと、ずっと、僕は12
12.
次の瞬間には、歩はさゆりの番号を呼び出していた。
いくらもコールしないうちにスマートフォンの画面が通話時間のカウントを始める。メッセージを送ったせいで起こしてしまったのかもしれないと思ったが、驚いたことにさゆりは起きていたようだ。
ベッドから立ち上がると寄り添っていたリリィも一緒に飛び降りた。にゃと小さく鳴いて着地する。
「さゆり、今、どこ?」
そう言いながら早くも歩は空いた片手で財布と車のキーをポケットに突っ込んでいた。
聞けば友達の家に泊めてもらっているらしい。そのマンションがあるという私鉄のS駅まで、この時間なら車を飛ばせば三十分だ。
玄関に様々に脱がれた男四人分の靴のなかから、自分のスニーカーをつっかける。
「今から行く」
さゆりの驚きなど無視して、歩は数階下で眠っていたエレベータを呼び起こした。
*
無人を思わせる時間の街で、高らかと明かりを灯すロゴマークは人を安心させる。歩はウインカーを出し、S駅前にある二十四時間営業のファーストフード店に折れる。
*
無人を思わせる時間の街で、高らかと明かりを灯すロゴマークは人を安心させる。歩はウインカーを出し、S駅前にある二十四時間営業のファーストフード店に折れる。
歩道に面したガラス張りのカウンターにさゆりは座っていた。
店に入るやさゆりを見つけた歩はその隣に座る。床に固定された動かないタイプのイスだ。
さゆりは小さく「あゆ」と呼び、笑った。懐かしいその呼び方に、胸がじんとする。
奥のテーブル席には若い男のグループが二組と、カップル、そしてビジネスマンらしき男性がそれぞれ夜明けまでの時間を持て余している。
「ごめん、お待たせ」
「なーん、うちも今着たとこだが」
確かにさゆりは注文をしたばかりらしく、財布を鞄にしまっているところだった。
「つーか、マンションまで迎えに行くって言ったじゃん。こんな時間に一人で危ないって」
「だってすぐそこやもん。場所を説明するほうが難しいちゃ。そんなことより歩がマックとかアリなん?」
「ありってどういう意味? こっちこそメシとか言って誘っといて、なんか、ごめん……」
「うちは全然いいけど……。歩でもマックとか食べるんかなーって」
「なにそれ。普通に食べるって。仕事で朝早い時とかは結構朝マックするよ? まあ、ドライブスルーだけど。今日は早朝マックだな」
しかしそのモーニングメニューも五時かららしく、この時間は飲み物しかないのだとさゆりが嬉々として教えてくれた。
「とにかく、なんか頼んでくるわ」
歩がそう言って立ち上がりかけると、
「あ、うちが買ってくる。歩ってバレたら大変やもんね。コーヒーでいいけ?」
「ごめん、んじゃ頼んでいい?」
深夜帯のアルバイトの男性はけしてミーハーなタイプには見えず、歩が誰であるかなど興味もなさそうだったが、騒ぎになるのは面倒だ。黒縁の伊達眼鏡をかけてはいるが、歩が『桐谷歩』であることを隠すには十分ではない。
歩はポケットからさゆりに支払うための五百円玉を出し、カウンターの上でそれを遊ばせながら、目の前のガラス窓を見た。レジで注文するさゆりが映っている。着ているグレーのパーカーのサイズが大きい。
お待たせと言ってトレーを持ったさゆりが再び隣に腰を下ろす。
「……友達、平気だった?」
「え? なんが?」
「や、だから、こんな時間に呼び出して……」
「あー、大丈夫、大丈夫。酔っ払ってぐっすり寝とる」
「……そっか。なら、いいけど」
歩はカップの蓋を外す。飲み口の穴から飲むと口内をやけどすることがあるので気をつけている。しかし、今のコーヒーは縁から大きく口に含んでも十分に熱かった。
「……酒、飲んでたの?」
「もしかして、うち、お酒臭い? お風呂も入ったし、もうお酒も抜けとると思うんやけど」
「いや、友達が酔って寝てるって言うから。でも言われてみればさゆりも少し顔が赤いかも」
そう言うと、反射的にさゆりが手で頬を覆う。
「さゆりも酒とか飲むんだな。ま、二十歳越えてるし、そりゃ飲むよな。普通に」
「飲むよー。普通に」
「強いの?」
「うん、けっこう強い方だと思う。歩は?」
「んー。俺は弱い」
「そうなんだー」とさゆりが笑う。
どんなところで、どんな酒を、どんなふうに、誰と飲むのか。歩は聞こうか迷って結局やめた。おもしろくない話であることは間違いない。
「びっくりした。寝てると思って送ったのに返事が来たから」
「普段は寝とるけどね。歩は、もしかしてさっきまで仕事やったの?」
「うん」
「うわあ、大変やっちゃね」
「なんか忙しくて、全然連絡できなくてごめん」
ううん、とさゆりは大げさに首を振り、
「うちこそ、忙しいのにわざわざ連絡くれてありがとう」
「いや、結局こんな時間で……」
「ううん、ううん。全然、そんなの構わんが……」
さゆりはもう一度首を振る。続いたのは沈黙だった。
二人ともが、寒くもないのに両手でコーヒーのカップを包んでいる。
改めて考えてみればこの現状に対する動機づけは難しい。ましてや、こんな時間にわざわざ呼び出して会う必要があったのかといえばない。歩はさゆりがそのことに気づかないように慌てて、
「明日っていうかもう今日だけど、シークレットライブ」
「場所わかったん?」
「うん、Rスクエアヴィレッジで十三時に開場なんだけど……」
そう言ったところで突然に、歩の気持ちは完全にふさいでしまった。実のところ、少し前から気分が下降していくのは感じていた。
隣でさゆりが歩の教えた場所と時間を復唱しているが、そもそも、さゆりはライブに来たいのだろうか。歩は場所を知らせんと躍起になっていたが、さゆりに教えて欲しいと言われたわけではない。
「Rかー。早く行って並んどったら場所を知っとるって怪しまれるかな。でも行っとかんと入れんかもしれんし。チケットとかじゃないがいちゃね。先着順やろ?」
いろいろと尋ねてくるさゆりに、歩はろくな返事をしなかった。
それでも、同僚がいろいろな情報を教えてくれるだとかエッジワースのファンはすごいだとか続けて話している。
「友達と行けたらいいけど起きてくれんかもしれんから、その時はうち一人で行くちゃ」
その言葉で、歩の中の何かがぷつんと切れた。それは攻撃的になるという意味ではなく、どちらかというと捨て身になる方だ。
「友達って男?」
「え?」
「こっちで泊めてもらってる友達。その服もそいつの?」
「ふ、服ってこれのことけ? これはお風呂上りに勝手につばっちの借りて……あ、友達は三浦翼ってゆうんやけど」
さゆりは虚を衝かれ、その真意はもちろん言葉の意味も理解できていないようだったが、
「あっ! 女! 確かに、男みたいだけど女だが! バレー部だったから背高くて……」
肩で息をする勢いで言い切ったさゆりに、
「うん。ごめん、わかった」
「うん、女の子っちゃ……」
さゆりの声は弱弱しい。歩は思わず、カウンターにちょこんと載せられた手を握りそうになった。それは二人の前には当たり前のことで、当たり前にそうしていた昔の癖だ。一瞬、今を忘れて身体が先に反応していた。
行き場を失った手を飲みたくもないコーヒーに伸ばし、そして一口含む。嚥下はなかなか進まない。やたら苦く感じる液体を口に入れたまま、しばらく飲み下さずにそのままでいた。子供じみた自分を誤魔化すためと現金にも一気に軽くなった気持ちの逸りを落ち着かせるためだ。
「……つばっち?」
それでも足らずに、歩は冗談めかしてそう呼んでみた。
「うん、つばっち……。そういえば、サイン欲しいって言ってた……」
「つばっち、俺のこと知ってんの? 前の会社の人って言ってたっけ?」
うんと答えたさゆりだが、その顔は下向き、心なしか声が沈んでいる。どうかしたのかと問うが早いか、ぱっと視線を上げる。
「そうだよ」と答えた時にはいつもの笑顔が戻っていた。
ややあって歩は切り出す。
繋ぐ手がないということは思った以上に手持無沙汰で、口を開くタイミングも迷えば、話す言葉もひどく選ばねばならなかった。
「さゆりが東京に出て来てたなんて……知らなかった」
なんでもないふうに言えたことにほっとする。
「こっちで短大行ったから」
「大学? さゆりが? 行ったの? マジで? いや、確かにお前は賢かったけど」
「頭良くなくても行けるとこやちゃ」
そしてそのまま東京で就職したらしい。歩はその二年半を惜しく思わずにはいられなかったが、思ったところで偶然に会えるほど東京は狭くなく、それが叶うような生活でもなかった。
転職を機に帰郷したのだと言い、それまでどこでどんな仕事をしていたのか尋ねあぐねていると、さゆりがさらりと話題をさらう。
「リリィちゃん、元気にしとる?」
「あ、うん……元気。すごく元気で、かわいい」
「もー。うちには懐かんで歩はオッケーって、リリィちゃんってばどうゆうこと?」
「そうだ。見に来る? ちょっと大きくなった気がする」
「え?」
「まだ時間あるし」
「今から?」
さゆりが目をぱちくりとさせるので、歩も我にかえる。
「うそ。ごめん。ダメだわ。みんないるんだった」
「みんなってみんな?」
「うん。三人ともいる。寝てるけど」
もっともらしくメンバーを理由にしてみたが、思いとどまるべきはそこではない。時間、関係、そのどちらもふさわしくはない。
「合宿みたいちゃね。楽しそう」
「全然楽しくねーよ。それでなくても毎日仕事で顔合わせんのにさ。でもリリィのトイレの掃除はトモがマメにしてくれてるから、そこは感謝だな」
ふふ、とさゆりが笑う。
会話が思ったようにかみ合わない。言いたいことも言えず、聞きたいことも聞けず、それも再会したばかりなのだから仕方がないと思う反面、二人の間に重く横たわる過去というタブーが邪魔をしていた。
次の話題を探していると、会話もなく終始退屈そうだった奥の席のカップルが出て行った。こんな時間からどこへ行くのだろう。夜を明かすなら然るべき場所へ行けばいいし、帰る家があるならさっさと帰ればいい。そんなことを思っていると、かわいく頬杖をついたさゆりが歩を見て言う。
「ここまでは車で来たん?」
「うん」
「家から遠い?」
「うーん。三十分かかると思ったけど、時間も時間だし二十分ちょっとで来れた」
「歩が運転してるってなんか変な感じ。いつも自転車だったし」
「それ、まったく俺のセリフだから。さゆりこそ車乗ってるイメージない」
「ほぼ毎日乗っとるよ」
ふとトレーに敷かれたペーパーに印刷されたハンバーガーが目についた。写真はつやつやして美しく撮られている。
「なんか、腹減った」
「五時まで待たんとね。でも、あと十分くらいだよ」
スマートフォンで時間を確認する。もしかすると、あのカップルは電車の始発待ちだったのかもしれない。自分達ばかりが映るガラスの向こうに目を凝らしてみれば、駅の構内に電気が点いていた。
「そう言えばさ、高校の近くにあったジーバーガー、潰れたんだな」
「そんながやよ。あそこのトマトバーガー、うち大好きやったのに」
「俺さ、ジーバーガーって全国チェーンだと思ってたんだけど」
「あ、それうちも思っとった! でも、こっち来て友達にゆうたら、そんなの知らないって笑われた」
そういうの結構あるよなーと頷き合う。
「そういえば、昨日、カウントアップTVに出てたの観たよ」
「カウントアップ……ってセブンティーンアイスのやつ?」
「そうそう。うちもモナカ好きっちゃ。けど、一番はマカダミアナッツ」
「いやいや、モナカだろ」
一度滑り出せば、地雷などものともせず会話はどんどん加速していく。
友が、太郎が、雅和が、と話は尽きない。
朝も七時にもなると外は夕暮れくらいの明るさになり、客も増え始める。人目が気になりはじめ、そろそろ行こうかと言って、歩はすっかり空になったカップだけが載るトレーを持った。結局、話に夢中になってしまい、五時を過ぎてもハンバーガーをオーダーしに行くのを忘れていた。
「うわ、俺、部屋着のままじゃん。今気づいた」
立ち上がり、自身の格好に目をやった歩は顔をしかめる。
「そう? かっこいいよ?」
「これでかっこいいとか言われてもなあ。さゆりはつばっちの部屋着?」
「うん、つばっちの」
男物の服を着ているようなさゆりはなんともかわいかった。それが、男の物でないことが嬉しくてついそこにこだわってしまう。
「勝手に着て怒られない?」
「そんなことで怒ったりしないよ。鍵だって勝手に持って出て来たし」
その翼のマンションは、さゆりが言ったとおり本当に店からすぐだった。エントランスまで送るも、その距離はものの一分ほどだ。
「リハとかあるの?」
「うん。十時から」
「十時!? うわー、お疲れ様。ひと眠りできるかな。帰りの車、大丈夫? 居眠りしないでね」
「さゆりこそ、眠くない?」
「……んー。ちょっと眠い、かな」
その言葉に暗示をかけられたのか、さゆりが一つ大きなあくびをする。
「ごめんな。今から寝て」
「今寝たらいつ起きられるかわからんっちゃ」
「……今日、来る?」
改めた調子で言った歩に、さゆりはにっこり笑って頷いた。
「……じゃあ、つばっちによろしく。サインはまた今度って言っといて」
「ライブ、頑張ってね」
さゆりは何気なく言ったが、その瞬間に、あ、と表情をなくしたように見える。
二人の頭をかすめたものは間違いなく同じだ。妙な間がそれを物語っていた。
ライブの前にはきまって必ず二人で姿を消した。それは時間にすれば十秒足らずだが、時として舞台の袖で、控室で、裏口につながる廊下で、誰もいない場所で二人きりになって、歩はさゆりを抱きしめた。その腕の中でさゆりが言うのだ。
『歌も、声も、歩の作る音楽がうちは大好き』
もはやそれはライブ前の儀式だった。
「……じゃあね」
「うん。ばいばい」
ややぎこちなくさゆりが言い、歩はそれを見送る。
マンションの中に二、三、向かいかけていたさゆりの足が止まる。歩を振り返って、
「実はね」
さゆりは真面目な顔で、
「すごく久しぶりなの。ライブだけじゃなくて、エッジワースの演奏をちゃんと聴くこと自体が……たぶん五年ぶり、くらい」
楽しみにしとるね。
そう言って今度こそマンションの中に消えたさゆりの言葉を、歩は帰りの車の中で何度も繰り返した。
PR

おとといT・Aさんに新しいお話のことを聞いてから確認しにきて、「うわー!」てなって、
それでも完結を待って読もうかと思ってたんです。
だがしかし、ガマンできずに読んでしまった!
もう!もう!じれじれ!
マリナちゃんもいい子ですよね。
なので仮にマリナENDだとしても、マリナちゃんをヒロインにして、元カノにちょっと未練がある彼がちゃんと過去を過去にして自分のところに来る話、として読むから大丈夫ですよ!(笑)
実際売れる前とかデビュー前からのミュージシャンの恋人はいろいろ不安も抱えて大変だろうなあと思います。現実、糟糠の妻(彼女)と別れゲーノー人のお嫁さんもらっちゃった人もいますもんね。
捨てられる前に捨てる、さゆりの気持ちもわかるなあ。
ああ、さすがさくまりさんです。
もう読んじゃったからには毎日チェックして追っていきますYO!
改めましてご無沙汰しております!
知らせてくださったT・A様に感謝!そしてムーン様にもコメをお寄せくださって、ツイートもして下さってもうほんとありがたや…。
ええ、今作は特に一気読み推奨ですね^^;
展開遅いし、書いてUPの自転車操業なので更新も遅いですし…。
まあ、いつもと似たり寄ったりの話ですがお楽しみ頂ければ幸いです。
茉莉菜はホントいい子で…。
正直、私もこのお話がどこへ流れ着くのかわからなくてコワイ…。キャラの動く力が強すぎて、序盤から全く思うように動いてくれず手こずってます。
芸能界の内情など実際まったくわかりませんが、なさそうで、でもありそうな胸キュン話にしていけたらいいなと思いますー!
もう、ほんとありがとうございます!頑張ります!
実はちょっと凹んでた時だったので花様のご訪問すごくすごく嬉しかったです!!
ありがとうございました!
毎回ホントに楽しく読ませて頂いております。
歩君がまた動いた! その雰囲気から行動的に見えないのに。。
すっかりギャップにやられてます(〃▽〃)
夜中に駆けつけた彼にもうドキドキするやら、その距離にじれじれするやら。。この見えない壁を彼らは越えたいのでしょうか。。
こ、このタイミングでマカダミアナッツ、マカダミアナッツ…!?
ってもしや(*゚ロ゚)ハッ!
またコメします!いつも応援しておりまーす!
こんにちは~。気づけばもう12話!早いですね~…。
歩はホント予想外の動きをします。意外に行動派でね、いやホント想定外。
でもきっとたぶんAB(笑)!ギャップ萌(っていうか二重人格?)ありがとうございます~!
しかし皆様のジレジレがイライラに変わらないよう善処したいところです。
ええ、さゆりお気に入りのマカダミアナッツは「メール返せてないけど読んだ!」のサインでした(笑)気づいて下さってよかった^^
いつもありがとうございます。頑張りますー!