佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください
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たぶん、きっと、ずっと、僕は13
13.
「はーい、三人、こっち向いてぇ」
スマートフォンのカメラは模範的なシャッター音を鳴らして、歩と一太郎、そして友樹の姿を写真に収めた。二人はギターを持っているが、進行表を片手に写る友樹はさながらスタッフのようだ。
開演十分前、メンバー四人はすでに舞台裏で待機している。
雅和は、小指を立てた大きな手で画面を素早くタップし、
「スタンバってまーす、っと。ハイ、ツイート完了!」
「まーす、ってそれマサコになっちゃってるよ」
「えー。だめかしら? これでも最後のハートは自重したのよう」
「うん、だめ。でももう500リツーイトもされちゃってる」
一太郎が自分のスマートフォンで雅和のアカウントをチェックする。その横から雅和が覗き込んで言った。
「今撮ったやつ、場所の特定できる何かが写り込んだりしてねえよな?」
「わかってるわよー。けど、アタシがバラさなくても十分特定されてるんですけどォ」
「まあ、確かに……」
友樹は肩をすくめた。
数あるモニタ画面には、会場内を様々な角度から撮った映像が映し出されているが、どの画面にも映るのは人、人、人。そして、ひしめくファンの大半が前回のツアーグッズのタオルを首からかけたり、Tシャツを着たりしている。
Rスクエアヴィレッジに作られた野外特設ステージは、開場してものの五分で定員に達し、早々に入場を締め切っていた。
結局、会場がどこであるかは最後まで公式にアナウンスされていない。今日の正午に、初めて公式ホームぺージでシークレットライブの開催事実が解禁になったものの、場所は依然として都内某所ということしか記載されなかった。だが、アルバム発売日前日の今日にシークレットライブがあるらしいという情報は、前々から事務所が故意に流出させているので、限りなく白に近い非公式情報としてファンの間ではもはや周知の事実であり、そこへ、千人規模の観客スペースを確保できる場所となれば自ずと候補は絞られる。ファンはそれらの候補地の設営状況など現状をSNSに載せる。そうなればもはや情報は無敵だ。
結果、ほぼ告知なしという条件下でも約千人を収容できるようにつくられた特設会場を一瞬で埋めることができた。会場の外にも入ることのできなかったファンが多く詰め掛けているらしい。
「ありがたいとこだよねー」
「ホントよねえ」
しみじみと言い合う一太郎と雅和から離れ、歩はモニタの前に立っていた友樹の隣に並ぶ。
「……ちゃんと声出るかな」
「エッジワースの桐谷歩がなんて心配してんだよ。初ライブでもあるまいし。第一、絶好調だったじゃん、今朝のリハ」
「うん……」
そろそろスタンバイお願いしますとスタッフの声がかかる。メンバーがそれに返事し、腰を上げる傍らで、歩は持っていたミネラルウォーターを一口含むと、その蓋を慎重に閉めた。
「どうも、エッジワースです」
どうもー、とメンバーが続いて礼をする。普段は友樹と一太郎任せの司会進行だが、ライブに限っては歩がすることが多い。
最初の一曲を歌い終えた時点で、歩の細い首筋には早くも汗が伝っている。野外といっても会場を爽やかな空気が流れているというだけで、浴びるスポットライトの量は普段のライブとそう変わらない。
ちらりと見た一太郎の額にも汗が光っていた。
歩は、マイクスタンドにギターが当たらないよう斜めから抱きよせると、
「えっと、直前までシークレットだったにもかかわらず、こんなにもたくさんの方が集まって下さってびっくりするとともに感謝の気持ちでいっぱいです。僕らのライブを見つけて下さってありがとう」
そう言って一歩下がると再び今度は深く頭を下げた。しかしそのまま顔を上げない。観客がざわつき始める一瞬手前でようやく上半身を起こし、
「今日は……ちょっと緊張しています」
とはにかめば、歩かわいー、とそこここから黄色い声が飛ぶので歩はますます照れた様子を見せた。
メンバーも笑いをかみ殺している。
「明日発売のアルバムもよろしくお願いしたいんですが、もうすぐツアーも始まるのでそちらにも来てもらえたら嬉しいです。……では二曲目、聴いてください」
ようやく態勢を立て直した歩はそう言って、マイクの前から一度離れた。雅和のドラムに誘導されてイントロに入る。
陽の下にあるせいで、いつもよりとりわけ客席がよく見渡せた。
披露するのはアルバムから三曲とアンコールの一曲。たった四曲だ。
*
「あー、やっぱライブっていいよね。楽しい。超疲れるけど」
一太郎が、ソファでごろごろしながら言う。例のごとく、横になっているのは歩の家のリビングのソファで、おそらく歩がそこへ座るよりも一太郎が寝ころぶ回数の方が多い。
ライブ終了後、スタッフとライブの成功を簡単に祝っただけで、今日はその場で解散となった。
「ホントよねー。そもそも生の音っていうか生の声っていうか、歩の歌もCDとは違うしね。アドリブ入れるし」
雅和は鍋の出汁を玉じゃくしですくい、小皿にとって味をみながら言う。
「俺さ、いまだに歩に感動して泣きそうになる時あるけど今日がそれだったわ」
「最近の歩は調子いいわよね。プライベートが上手くいってる証拠よ。さ、先にリリィちゃーん、ご飯ですよー」
エプロン姿でキッチンから姿を現した雅和は、ピンクのプラスチックのエサ入れを両手で大事に持ちながらいそいそとリビングの隅へ持っていく。チリンと音が鳴ったかと思えば、にゃあとリリィがどこからともなくその匂いを嗅ぎつけてやってきた。
「つーか、なんで俺がトイレ係なんだよ。俺もどうせならメシ係がいいよ」
友樹はといえば、先ほどからその反対側の隅でしゃがみ込み、リリィの排泄トレイの砂を変えたり、シートを新しく敷いたりしていた。
「あーら。友樹ってば全然お料理できないじゃないー」
「缶詰開けるくらい俺でもできるわ!」
ソファに今はうつ伏せに寝転んで、一太郎はリリィが餌を貪り食う様子を見た。
小さな顔を小刻みに動かしながら、くちゃくちゃと音を立てて食べているが不思議と不快ではない。
「なあ、マサコ……」
「どうしたの?」
「なんでこいつの名前、リリィなんだと思う?」
「えー? さゆりちゃんのこと忘れられてないからでしょ?」
「だからって、こっち来てからさゆりのさの字もタブーだった人がさ、いきなりこのチョイスっておかしいじゃん」
「……確かにそうね。うーん、急に素直になったとか?」
「もー、オカマのくせに洞察力鋭くなくてどうすんのさ」
「なによ、その定義」
「友樹はー? どう思う?」
「……あれからもう五年だしな。歩もさすがに吹っ切って、今は喜多茉莉菜のことがちゃんと好きなんじゃないかと思ってるけど」
一太郎はクッションを抱いて起き上がると、
「今日のライブさー、しのしの来てたんじゃないかな」
「うそ!」
「まじ?」
雅和は台所から顔だけ覗かせ、未だトイレ掃除をしていた友樹はその場で立ち上がる。
「たぶんあれはしのしのだったと思う。俺ももう二年くらい会ってないからさ、百パーセント確信があるわけじゃないけど。けっこう前の方にいて、なぜかぱっと目についたんだよね」
「確かに今日はお客さんの顔がはっきり見えたよな」
「最近のきりやん、ちょっとおかしくない? 今日のライブの場所を知りたがってたのもそうだし、今朝も起きたらいなくて、コンビニとか言ってたけどそんなこと今までなかったじゃん。腹が減っても出かける方がめんどくさいから食べないとかそんなんだったじゃん」
「それも、そうだな……」
友樹は腕まくりした手でスコップを持ったまま項垂れている。
「だいたい、普段ヒッキーのきりやんが一体どこで猫なんか拾ってくんのさ。その辺を散歩とかすると思う?」
「……お、思わないわ」
「今だって、どこに行ってんの? わざわざライブの日に入れる用事って何?」
とうとう二人は二の句を告げなくなった。
現在、この家の主は不在だ。
歩は一人、ライブ会場から別行動を取っている。用事がある、一時間ほどで帰るからと言い残して、タクシーでどこかに行ってしまった。
「まさか、さゆりちゃんと?」
「たぶんそうだよ」
「えー!?」
友樹と雅和は、いつどこでどうなってさゆりと再会したのかと騒ぎ立てているが、鈍感な二人の考えつくことといえば悲しいかな完全に明後日の方向だ。
一太郎は自分の予想にほぼ間違いはないと思う。
ほとんどの日々と時間をメンバーで過ごしているといっても、歩のプライベートのすべてまでを把握しているわけではない。それでも自由になる時間は限られている。その中で歩の取った行動をさゆりと再会したと仮定して遡ってみることは何ら難しいことではなかった。だてに中学からのつきあいではない。
「必死すぎて丸わかりなんだよ……」
一太郎がぼそりと呟いたその時、
「太郎……」
どこか別の部屋、おそらく猫のお世話グッズを物置になっている部屋へ取りに行っていた友樹が廊下に茫然と立ち尽くしている。
「どうしたの、そんな顔して」
「お前すげえよ……」
「何が?」
「当たってる。たぶん」
片手に猫砂と、もう片方の手にはそれが入っていた大きな袋を提げ、そしてそれをゆっくりと掲げた。
ペットショップの名前が書かれているそれには、よく見なれた地元の地名が店舗名として記載されている。
*
さゆりは夕方の新幹線で帰ると言っていた。
エッジワースのライブでは、終了後メンバーとスタッフ全員で打ち上げをするのが恒例だが、今日は舞台裏で簡単に乾杯しただけだった。それは明日から怒濤ごとく詰まっているメンバーのスケジュールに配慮したというのもあるが、今回がもうすぐ始まるツアーの前哨戦的な位置づけのライブに過ぎないということもある。もっとも盛大に祝い、労うのはツアー本番を成功させてからだ。
それでもメンバーは例のごとく歩の家に集まって、雅和が“おつかれ鍋”の準備をしている。
今日のライブは屋内と違って暗くなく、だからといって野外フェスほど遠くなく、ファンの一人一人の顔がよくわかるライブだった。客の反応がダイレクトに返ってくる、それがライブの醍醐味だと歩は思っているので、常に意識と視線は客席にある。けれど、今日に限ってはそんな余裕などない。
結局さゆりが会場に来ていたのかどうかは最後までわからなかった。もっとも最前列にいたならともかく、あの人数の中から歩がさゆりを見つけることは至難の業だ。
さゆりが聴いてくれていたとわかったのは、メッセージが一つ届いたからで、
『歌、すごく上手くなったね』
打ち上げの場をそっと抜けると、歩はすぐに返信をする。
『会場、入れた?』
『うん、つばっち叩き起こして、午前中から並んだ。けっこう前だったよ。皆がよく見えた』
『ちゃんと歌えてた? 声、出てた?』
『うん』
世間の休日は今日で終わりだ。会社勤めのさゆりもきっと明日から仕事だろうと今朝尋ねた時、やはり夕方の新幹線で帰ると言っていた。
『もう新幹線?』
『まだ東京駅だよ』
『何時の新幹線?』
『17時半』
画面の上部に表示された時間は十七時すぎだ。時同じくして、打ち上げがお開きの運びとなる。歩は、槙田とメンバーに断わりを入れ、一足先に裏口に呼んでもらったタクシーに飛び乗った。装備は相変わらずの伊達眼鏡だが、被ったキャップで今は顔は十分に隠れている。
『今、東京駅。何号車?』
タクシーを降り、その扉が閉まる音と同時に送信する。
時刻は十七時二十二分。アプリを起動させたスマートフォンを握り、歩は構内を走った。
メッセージは既読になっているがなかなか返信が来ない。けれど十七時半発の北陸新幹線だということはわかっている。えてして十五番線に該当するかがやきを見つける。しかし、ホームに上がってみたところでさゆりがすぐに見つかるはずもない。なにせ新幹線のホームは延々と長い。
ちょうどホームの中央あたりの階段を駆け上がってきた歩は、上り方面と下り方面の左右を見渡した。けれど大勢の人が邪魔で視界は極めて不良だ。
その時、『四号車』というメッセージを受信する。
そこにさゆりはいた。険しい顔で瞬きさえもせず、軽く息を切らしている歩を見た。
「……どうしたの? こんな所まで……」
「俺の歌、どうだった?」
「え?」
「俺、ちゃんと歌えてた? 久しぶりに聴いて……どうだったかと、思って……」
「う、歌えてたよ! とても、よかったよ……すごく、よくて、うち、すごい……」
さゆりはみるみる目に涙をにじませた。
「よかった?」
「うん! すごく!」
「これからもまた聴いてくれる?」
さゆりは声なく、何度もうん、うんと頷いた。
「だったら、これ」
そう言って歩は背負っていたリュックからCDを取り出す。二枚あった。
「明日発売のアルバム。さゆり特別先行。まさにフラゲ」
「……わざわざ、持ってきてくれたのけ? でも、なんで二枚?」
「つばっちの分」
「つばっちね、エッジワースの歌、今日初めてちゃんと聞いたんだって」
「え、そうなの?」
さゆりは眉をひそめて、
「日本中の全員がエジワスのファンやと思ったら大間違いやちゃ。まだまだ知らん人はいっぱいだが。歩、ちょっと天狗になっとるんやないがいちゃ?」
「……はい」
歩が神妙な面持ちで頷くと、さゆりはとたんに表情を緩めて、
「でも、今日でファンになったって言うとった!」
と笑う。
「当たり前やちゃ。歩の歌を聴いて好きにならん人なんかおらんよ」
CDに視線を落としたさゆりがつやつやのケースを撫でる。エッジワースのロゴを一周して止まったその指先があまりにとろりと優しいので、歩は何とも言えなくなって思わずそこから目をそらした。
発車のベルが鳴る。さゆりは慌ててデッキに乗り込んだ。
急いでありがとうと言い、続けて、
「うち、応援しとるから。ずっと、ずっと、エッジワースのこと応援しとる! 歩のこと……応援しとる。だから……これからも頑張って」
「さゆり」
歩は思わず強い調子でその名を呼んだ。
「俺……またそっち帰るから」
「うん……」
「その時はマックじゃなくて、ちゃんと飯食いに……行こう」
「えっ、う、うん!うん!たのしみにしとる!」
「……さゆ」
歩がそう口を開いた瞬間、ドアが閉まる。
突然の遮断に、二人は一瞬面食らったが、ただ発車時間が来ただけのことだ。やがてさゆりの方は笑って手を振った。もはや聞こえない声でばいばい言ったさゆりを新幹線がゆるやかな加速でさらっていく。
長く連なる最後の車両を見送って、歩はポケットからスマートフォンを取り出す。
『気をつけて』
送信すると、すぐに返事は来た。
『わざわざ見送りありがとうね』
『ライブもありがとう。みんなを見れてよかった』
早くも十五番線に次の車両が入ってくる。
『すてきだった』
『やっぱり』
『歩は最高だよ』
ためらうように、けれど連続して届いたさゆりからの言葉をどれくらい見つめていただろうか。
一定の時間が経ってタッチパネルが暗くなる。歩はゆっくりと目を閉じ、そこに唇を押し当てた。
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優しくロゴをとろりと撫でるとか!
スマホに唇押し当てるとか!
どきどききゅんきゅんします。
うう、でもまだいろいろあるんだろうなあ。
ちょっとね、ムーンを意識してみましたw>ロゴを撫でる
仰るとおり、この先山あり谷ありの予定です。たぶん…。。もーなんかすみません(笑)
でも、いつもありがとうございます!