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佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください

   
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たぶん、きっと、ずっと、僕は15
15.

 電話が鳴る音で歩は目を覚ました。
「……槙ちゃん? なんだよ……」
 なんとか開けた片目でディスプレイに表示されている名前を確認し、そのままそれをどこかに投げつけて無視したくなる。
 時刻はまだ八時前だ。昨夜も撮影が長引いて日付が変わってずいぶん経ってからの帰宅だったというのに容赦がない。今日の仕事は昼からのはずだ。それもまた深夜にまで及ぶだろう。歩に相変わらず自由になる時間はなかった。
 ニューアルバムはデイリーランキングでもちろんトップを飾り、心配されていた二位のモンスターブルーに初動で十万枚の差をつけるなど、エッジワースは圧倒的かつ安定した強さをみせた。配信の方も順調だ。
 歩はとりあえず着替えを済ませただけの、ほぼ寝起きの状態で迎えにきた槙田の車に乗り込む。しかし車内には、道順的にいつも先に集合しているはずのメンバーは誰もおらず、何事かと思っていると、
「すっぱ抜かれたわ。すでに店頭に並んでる」
 一冊の雑誌が後部座席の歩に向かって寄越される。芸能ゴシップ、スキャンダルをメインに取扱い、その部門では発行部数一位の写真週刊誌だ。
 表紙に、他よりひときわ大きな文字で『喜多茉莉菜、桐谷歩エッジワースとお泊り愛?』とある。
 ふせんの貼られた、と言っても巻頭グラビアの次のページを開くと、一台の黒の車がマンションに入って行くモノクロ写真と、カラーのほうには同じマンションから今度は出て来る二台の車が数分差で捉えられている。一台目は白のアルファードで、これはあの朝、茉莉菜のマネージャーが運転していた車だ。後から撮られているもう一台は、夜中のものと同じもちろん歩の車で、そこには歩の顔がしっかりと写っていた。ナンバーはモザイクがかけられていて、申し訳程度の配慮がなされている。
「心当たりあるわよね?」
「……はい」
「ったく、せめて行くときは知らせてよ」
「すみません」
「アルバム発売日前夜とあるけど間違いはない? 内容に間違いがあれば一応抗議するけど」
 記事には、午前零時頃、黒の高級SUV車が堅強なセキュリティで有名な都内マンションの駐車場に入っていき、同車は約五時間後の朝の六時すぎに出庫したとある。
「二人でいるところを押さえられてるわけじゃないから逃げようと思えば逃げられるんだけど」
 根拠といえば出て行く二人の車が僅差だったというだけで、連なっていたわけでもないのだから、茉莉菜の相手が歩であるという確たる証拠にはならない。出版社側もそれをわかっていてあえて断定せず、茉莉菜の新しい相手はエッジワースの桐谷歩かと小さく書かれたクエスチョンマークで疑問を呈している形だ。しかし、世間に知らしめるにはそれだけで十分だ。これを見聞きした人はあたかもそうであると信じて疑わない。
 おそらく入庫の時点ではその車が誰のものかは特定できていなかったはずで、マンションに入る車は住民来客その如何にかかわらず全てをカメラに収めているのだろう。朝になってそれが功を奏し、歩が写真に撮れた。最初から二人を怪しんで狙っていたわけではなく、適当に放った網にまさかの大物がかかり、出版社側も当たればラッキーぐらいの心づもりで記事にしたに違いない。
 それが言い訳として苦しいかどうかは別として、最悪、歩は同じマンションに住む他の誰かを尋ねていたと言い逃れられるというわけだ。それがあるから、事前の打診なく記事が出たのだろう。
「間違いありません」
 あえて言うならこの記事が指すところのお泊り的な行為はなかったと主張したいくらいだが、歩はそんな自分の狭量さを胸中で笑う。
 茉莉菜のところへ行ったのはこの時の一度きりだが、その後も通っていれば決定的な瞬間を押さえられていたかもしれない。
 茉莉菜からは仕事が落ち着いたら連絡すると連絡があったきりだ。
「一応社長に呼ばれてこれから怒られるわけだけど、実際社長は笑ってたから心配しなくていいわ。時期的にもアルバム、ツアーと続くから、まあ最高ってわけじゃゃないけど悪くはないし。私としてはどうせならもっと計画的かつ効果的に発表しかったけど」
 社長が好意的だということに歩はひとまず安堵する。自らがプレイボーイなので恋愛関係に関しては寛容なところがあるのだ。
 歩はじめエッジワースはアイドルではないので、そこまで私生活をうるさく言われることはないが、それでも一応自分たちが商品であるという自覚を忘れてはおらず、全て事務所の意向に従って生活している。だから雅和のカミングアウトも友樹の交際も伏せられているのだ。
「それで、彼女の事務所はなんて?」
 一番に気になっていたことを尋ねると、
「喜多茉莉菜の方は、相手が歩なら百歩譲って許せるって言ってる。まったく何様よね」
 そう言って、槙田はおどけた顔をした。
「とりあえず、今は『ただのお友達』で否定するけど、諸々調整が済んだら時期を見て交際宣言してもらうから、もう少しの辛抱よ。主に茉莉菜のCMスポンサーの関係になるけど今後多少の露出はOKになるわ。あんたたち、どこかに出かけたがってたし、よかったじゃない」
「槙田さん、それがさ……」
 歩は茉莉菜に別れ話をし、それがこの時だったと説明する。
「ええー? あ、だからマンションに行ったの? 今まで一度もそんなことがなかったのにおかしいと思ったのよ。タイミング悪いわねー」
「……いや、まだちゃんと話はできてなくて保留なんだけど」
「ああ、彼女あんたにベタ惚れだもんね。それに、『桐谷歩』のブランド力をしても何としてでも手放したくない物件だわよ。泥沼は勝手だけど、それを表に出すのはやめてよね。たとえば彼女が自殺未遂とか……」
「いずれにしても茉莉菜はそういう子じゃないよ」
 歩が少し不機嫌になったことに気づいたのか気づいていないのか、槙田は続けて、
「でも急にどうしたの? そこそこ付き合いも長かったし、あんたもまんざらでもないように見えたけど? 大事にしてたし」
「……うん、まあいろいろ」
 歩は口を濁す。なにもさゆりのことまでご丁寧に伝える義務はない。だいたい、槙田は昔だがさゆりに会ったことがあり、知っている。未だ引きずっていることを知らせるのは少し恥ずかしかった。
 槙田はややあって一つため息をつく。
「あんたの恋愛に口出すつもりはないけど、もうちょっと待ってあげたら? 別れ話」
 その真意がわかりかね、無言で問い返した歩の視線をミラー越しに気づいたらしい。
「前回、ドラマで共演してる平井ミノルと熱愛記事が出たところじゃない? もっともそれはヤラセなわけだけど、世間の大半はそう思わないからね。たいして間も開かず今回のスクープ、ましてや相手があんただから、……彼女、ネットで叩かれてるわ。それもかなり」
 その話を聞きながら早くも歩はスマートフォンのロックを解除していた。ブラウザを開く。検索窓に入力するまでもなく、茉莉菜の名前はトピックスに上がっていた。
「同じ女性として、彼女には同情するからさ……」
 槙田はいつになくぽそりとつぶやいた。
*
「彼女のツイアカにはかなりひどいリプが飛んでるわ」
「あ、ブログのコメ欄も閉じられてる。さっきまで公開されてたのに。まあ、かなりエグかったから閉じて正解かもね」
「女って怖いな……」
「友樹、明日は我が身だよ」
「俺はそこまで人気がないから大丈夫だ……」
「そんな卑下することないわ!」
 時間になって集まったメンバーは、歩の記事にみんな渋い顔だった。
 二人の状況が状況なので、喜ぶでも笑うでもなく、からかうことも非難することもできない。
 次の仕事までの待ち時間の今、みんなそれぞれ重い空気の中で自身のスマートフォンをいじり、それに関する情報を得ている。
 歩も迷った末にいろいろと検索してみていた。この手の誘惑に乗るとろくなことがない。ネットはほぼ百パーセントの確率で悪意に満ちたものにぶつかるからだ。ただ、今は茉莉菜のためにも確認しておく必要があると思った。
 各ネット記事や朝の情報番組などでは二人が同席している唯一の映像である茉莉菜の主演映画の完成披露試写会の様子と、映画雑誌の企画で対談したときのツーショット写真が使われていた。茉莉菜と個人的なつきあいをするようになったきっかけもこの対談だ。
「別れるなっていう神のお告げじゃない?」
 相変わらず寝転がって控室の長椅子を一人で独占している一太郎が言う。
「障害があってこその真の愛よ! 歩、負けないで!」
 その時、友樹が誰より沈んだ声で、
「さゆりももちろんこの記事、目にするよな」
 その言葉にメンバーはしんとなる。雅和と一太郎が困った視線を交わしている。
「どうする? これは別れ話をしに行った日なんですって言い訳でもする?」
「そんなダサイこと言えるかよ」
 答えたのは歩ではなく友樹だ。
「だよねー。でもタイミング悪いよね。喜田茉莉菜とちゃんと別れ話が済んでたらまだ言いようもあるけどね」
「こういうときは会って話すのが一番なのよ! 目は口ほどに物を言うって昔から言うでしょ! 言葉にできないけど見つめ合うだけで分かり合えることってあるのよ!」
「しかし、三百キロはなあ……」
「どこでもドアがあればねー」
「アタシ……遠恋経験したことあるけど……」
 そう言いながら雅和は物憂げに窓際まで行き、ブラインドの隙間を自分の視界の分だけ押し下げた。そこから遠くに視線を投げ、
「メールとかラインは言葉の正しい意味しか伝えてくれないし、電話は電話で、声って言うのは感情だけが先走りしちゃうのよ。いい意味でも悪い意味でも……」
「……だそうだよ、友くん」
「えっ、俺!? 俺は鈍感だしそういう繊細な恋愛のこととかわかんねーから……」
「きりやん、雅和の名言、いつか作詞に困った時使えるかもよ?」
 歩はそれまでぼんやり見ていたスマートフォンから顔をあげて笑う。
「メモっとくわ」
 再び伏した視線の先にある画面にはさゆりとのやりとりが表示されている。
 歩とさゆりは、起きたらおはよう、寝るときにはおやすみなどを交わす間柄ではない。
 それでも昨日の午前中、十時ごろに目を覚ました歩が迷った挙句に送った『おはよう。今起きた』というメッセージに、昼休みに見たのだろう、十二時十三分に届いたさゆりからの『おはよーってもうお昼だよ。うちは今からお昼ご飯。オムライス』が二人の最後だ。
*
 茉莉菜は開口一番ごめんねと言った。
 互いに入れ違いが重なって、歩が朝から何度もかけていた電話がようやくつながったのは夜になってからだった。
 茉莉菜の声を歩が聞くのはあの夜以来、一週間ぶりだ。声は明るかったが、けして偽りのない明るさではない。
「いや、俺が悪い。俺こそごめん。完全に油断してた」
『ううん。私もだよ。普段からマネージャーさんに気をつけるように言われてたのに』
 事務所から怒られたか聞くと、大丈夫、と笑ったがそれが真実かどうかはわからない。これまでなら怒られたなら怒られたと茉莉菜は正直に話してくれていただろうと歩は思う。
「なんか、このタイミングでこんなふうになっちゃってほんと……ごめん」
『それより……誤解されないかな? 大丈夫? さゆりさん……』
「そんなこと茉莉菜が気にしなくていいから」
『もし、ふられちゃったら私が責任とってあげるよ』
 痛々しい気丈さでそう言う。
「茉莉菜こそ、大丈夫? いろいろ嫌な思いしてるだろ?」
『平気。こういうのもう慣れっこだし。それにアユムくんは人気者だから仕方ないよ』
 有名税とはいえ、ネットによる誹謗中傷で受けるダメージは想像以上に大きい。最近は芸能人が直接ファンにメッセージを伝えられるツールが増え、身近な存在として感じられるようになったが、その分バッシングもダイレクトだ。
「なかなか直接的なことはできないけど、俺の全力で茉莉菜を守るから」
 茉莉菜はありがとうと、少し鼻にかかる声で言った。その言葉だけは本心に違いなかった。
 スタジオの廊下の隅で、通話が終わったばかりの画面にアプリを立ち上げる。
 茉莉菜の電話番号同様、この画面も今朝から何度立ち上げたかわからない。
 さゆりからの連絡はない。それはいつものことだが、今日に限っては自ら沈黙を守っているようにも思える。
 歩から送ろうにも、なんと言えばいいのか考えあぐねているうちにいつも時間切れになった。
『ごめん』と切り出すのもおかしい。『違う』などもってのほかだし、見たかと尋ねるのも変だ。その他に思いつく言葉はどれも言い訳だったが、そもそも言い訳できるようなことも言い訳する立場にもない。
 困り果てていたところにそれは届いた。
 夜遅くに、未だスタジオにいた歩は練習の休憩時間に見た。
『見たよー』 
 末尾にハートがいくつかついている。初めての絵文字、ましてやそれがハートで、珍しくさゆりからのはじまりだというのに喜べるわけがなかった。
 歩はすぐさま電話をかけようか迷って、やめる。雅和の言うとおり、感情に任せて余計なことを言ってしまいそうだ。
 会話がこんなに難しいものだと思ったのは初めてだ。
 長い間、といっても時間にすれば一、二分だったが、今さゆりが目の前にいるとしたらどんな言葉が口をついてくるかシュミレーションして一番自然なものを選ぶ。
『お騒がせしてます』
 ふざけたふうに、あるいは事務的にみえるかもしれないがもはや仕方がない。
『ホントだよー。同じ会社のエッジャーも今日大騒ぎだったよ』
『迷惑かけてごめん』
『全然迷惑なんかじゃないがやけど。で、歩さん、真相はいかに?』
『ああいうのって半分嘘だって会社の子もゆうてたけど』
『いや、今回の記事はほとんど本当のことで』
 ほとんどなどと悪あがきでしかない主張は取り上げられるはずもなく、さゆりの次の言葉は一太郎に負けないくらいの直球だった。
『付き合っとるの?』
『うん』
 歩からの返信に、まして間があったことにさゆりが気づいたかはわからない。
 いつもは上級者のテニスのラリーのごとく弾む会話のリズムも、今日に至ってはモールス信号のようだ。歩からは歯切れの悪いツーで、さゆりはいつものリズムでトンと返してくる。
『すごいね! あんなキレイな女優さんと歩が付き合ってるなんて信じられないよ!』
 とうとう歩が返す言葉を失ったのと、さゆりが畳み掛けてくるのは同時だった。
『喜多茉莉菜ちゃんはエジワスのファンで有名なんでしょう?』
『茉莉菜ちゃんならファンも許してくれるよ』 
『うちも陰ながら&遠くから応援しとる!』
 直接話ができれば違ったのかもしれない。例えば電話だったら違う言葉が伝わっていたかもしれない。あるいは手紙だったら歩の言いたいことを臆なく一方的に伝えられたのかもしれない。それとも昔ながらのメールだったら、とそこで歩は考えるのをやめた。
 どうであれ、三百キロ先に隠した真実が伝わるわけがない。


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