佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください
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たぶん、きっと、ずっと、僕は16
16.
「今夜もエフエム777より生放送でお送りするエッジワースのオールナイトジャパン! こんばんは、エッジワース長須友樹です」
「山田一太郎でーす! こんばんは!」
「こんばんは、桐谷歩です」
「はいはいはい、桐谷くん!」
「はい」
「皆さん、こちらが話題の桐谷くんですよ! 詳しくまでは言いませんけれどね!」
「うちの桐谷がお騒がせしておりましてすみません」
「……はい、すみません」
「で、お友達なんだよね? お友達でいいんだよね?」
「はい、友達です」
「だそうです。イイお友達、ということで。 イヤ、正直これね、あんまりいじると怒られちゃうんだよ、事務所的な大人の事情で」
「最後に、俺に一言言わせて!」
「はい、太郎さん?」
「桐谷くんが大好きなのはリリィなんです!」
「あー、はいはい。でも、そういうこと言うとまた週刊誌さん誤解しちゃうから。リリィっていうのは桐谷が最近飼いだした猫です。悪しからず」
「さ、これ以上、いじめるときりやん泣いちゃうかもしんないから、話題を変えていきましょう! ホント、さっきからすっげえ端っこでね、小さくなって肩身狭そうなの。ちょっと笑える」
「歩がマジでかわいそうな人になってるので、今夜最初のお便り行きますか! ラジオネーム『エジワス最高バイマイネムジク』さんからです。え、これマジでマイムジからのお便りなの? えーと、メンバーの好きな女性のタイプは? という質問なんですが……」
「全然話逸れてねーから! 俺はマイムジキーボードのミュウちゃんが好きです!」
「太郎、それホントじっくん怖いからね」
「俺、友樹のタイプわかるよ。美人で控えめで大人だけどしっかりしてる人! だろ?」
「え? 俺? うーん、優しい人? っていうか普通の人?」
「何、それ」
「お察しのとおり、雅和は今日も欠席です。なので、最後は歩くん……ですが、今この質問は非常に微妙なので勘弁してあげてください」
「だからリリィなんだってば」
「だからリリィは猫だって!」
*
「あああ、ショックー……」
*
「あああ、ショックー……」
そう言いながら愛美が食堂のテーブルに崩れるように突っ伏した。
愛美は食欲がないとかで持参した栄養補助食品とヨーグルトだけで昼食を済ませていたが、さゆりは大きなトレーに日替わりのB定食を載せている。今日のメニューは鯵の南蛮漬けだ。
「なんが?」
「なんがって、歩と茉莉菜のことですよォ!」
「まだゆうとるのー?」
さゆりは笑う。
歩の熱愛発覚の一報も、もちろんこの自他共に認める熱狂的なエッジワースファンである愛美から伝えられ、その日の昼休憩も愛美は同じように打ちひしがれていた。一週間経ってもまだそのショックを引きずっているらしい。
さゆりはと言えば、やはりと納得する部分の方が大きかった。ニュースでそれを知った翼も同じ感想を持ったらしく、『ほら、やっぱりね』とだけメッセージが届いていた。
そういう意味で、歩と再会してからの一連の日々を、さゆりはすでに非日常的なものと捉えていたのかもしれない。もちろん聞いたときは冷水を浴びせられたように思ったものの、落ち込むほどでもなく、逆に清清しい気分にさえなった。だてに五年の月日をかけて自分の心に諦めというものを覚えさせてはいない。だから、歩自身の言葉で茉莉菜と付き合っている事実を聞いたときも堂々と受け止められたし、二人を心から応援できるくらいの余裕まであった。
最初からわかっていたことだ。
愛美はむくりと起き上がり、ふてくされた顔で、
「だって、昨日聴きました? オールナイトジャパン」
「え? ううん? 寝とったが」
「もー、四宮さん、真面目にファンやってくださいよ」
大きな溜息をついてから、
「熱愛発覚後初めてのラジオだったんです。例の話題に触れて、歩は一応はオトモダチって否定しとったけど、まあ、実際やっぱつきあってんでしょうねー。ていうか、相手が喜多茉莉菜とかもう完敗だがー」
そう嘆き、またテーブルに崩れる。
「うん、確かに完敗ちゃねえ」
「そらね、私だってわかってますよ! 相手は芸能人。どんなに好きになっても手なんか届かんですけど、それとこれとは話が別っていうかー。ショックなもんはショックなんですよォ」
「歩、罪な男ちゃ」
「ホント、罪ですー」
「よし、自棄酒行くけ?」
「乗った! 早速、今日どうですか?」
エッジワースの次にアルコール好きの愛美は、現金なまでにけろりとした顔で起き上がる。
「ごめん。今日は同窓会委員の集まりがあって」
「へえー。四宮さん幹事なんですか。いつの時の同窓会?」
「高校の時やちゃ」
「えーっ! じゃあ、エジワスメンバーも!?」
「もちろん欠席やけどね」
さゆりは肩をすくめる。
五年ぶりの再会に、互いに少し浮かれていただけで、もうこの先は歩と関わることもないだろうと思う。
歩からは変わらず一日に一回か二回、メッセージが届いたが、さゆりはその返事を二回に一回、三回に一回と、確実に減らし、ここ数日は返事を要する内容のものにだけ返している。
今朝、それこそ『ラジオ終了。聴いてた?』と夜中に届いていたが、さゆりが気づいたのはもちろん朝起きてからで、『ごめん、聴いてない』と返した。
地元を離れた人は必要以上にそこを恋しく思うものである。だから、さゆりと歩では、少し歩の方がその懐古を引きずっているだけだ。
そのうち忙しさの中に少しずつ忘れていくだろう。
『今日は仕事が夕方で終わるかもしんない奇跡』
歩は毎日忙しそうだ。
午前中に届いていたメッセージに、お疲れ様とさゆりは心の中で言って、食後のコーヒーを入れに立ち上がった。
*
打ち合わせなのか、ただの飲み会なのかわからない同窓会委員の集まりは、いつもなぜかN駅前の居酒屋で行われる。店主が知り合いだと誰かが言っていたかもしれないがはっきり覚えていない。
*
打ち合わせなのか、ただの飲み会なのかわからない同窓会委員の集まりは、いつもなぜかN駅前の居酒屋で行われる。店主が知り合いだと誰かが言っていたかもしれないがはっきり覚えていない。
今日は同窓会開催前の最後の集まりなので行かないわけにはいかなかった。もっともさゆりはこれまでも一度も欠席していない。
その居酒屋は、カウンターとその後ろに座敷が四つある小さな店で、仕事を終え、待ち合わせの時間に合わせて向かうとすでにメンバーの全員が集まっていた。早くも全く関係のない話で盛り上がっている。大した歓迎もされない中で、さゆりは誰に宛てるでもない会釈をしつつ、空いていた末席の座布団に滑り込む。
隅には大きな紙袋が二つ置いてあって、おそらく記念に作成した小冊子だろう。印刷会社に知り合いがいるとかいった五組の委員が、今日出来上がったものを持ってくるという話になっていた。委員の仕事としてそれを封入しなければならないが、こんな場所で作業をするわけにもいかず、もっとも、すでに酒の席と化している今、みんなにそんなことをする気はまったくなさそうだ。おそらくクラスごとに分けて持ち帰り、自身で封入することになるのだろうとさゆりはそれを見て思った。
その時、電話が鳴る。不本意にもみんなの注目を集めてしまったさゆりは小さくなって、鞄からスマートフォンを取り出し、その着信を確認すると驚いたように、ちょっとごめん、と断って外へ出た。
歩からだ。
『久しぶり。元気?』
「うん、元気やけど、どうしたの……?」
何の用かと訝しむ反面、どうにもアウェイ感が否めない集まりの中で、歩の声はとげとげしていた心を丸くしてくれる。さゆりはそれが少し悔しかった。
『もう家?』
「なーん、今日は同窓会員の集まりちゃ」
『どこで?』
「え? 駅前の居酒屋やけど……」
「駅前? マジ? ちょっと出てこれない? 俺、今ちょうどN駅にいるんだけど」
さゆりはびっくりして、次の瞬間そのまま走り出していた。幸い、駅まで一、二分の距離にある。
歩はロータリーの花壇に腰掛けていた。キャップといつもの眼鏡、そしてマスク姿で、見た目はただのオシャレな男の子だ。
「歩!」
名前を呼んで、さゆりは慌てて口を塞ぐ。
同じ名前の人はいれど、あの容姿にそう呼びかけて桐谷歩以外の人はいない。まだ通勤ラッシュが残る時間帯で駅前は人が多かったが、特に怪しまれることもなくさゆりは胸を撫で下ろした。
「急にどうしたがー!? また仕事でこっちに来たのけ?」
「薄着だし、なんか身軽……だな」
さゆりの格好を見て歩が言う。最近、夜はかなり冷え込む。歩もフードにボアのついた上着を着ていたが、さゆりはニット一枚だ。鞄も持っていない。
「お店の外で電話とって、そのまま走ってきたが!」
「新幹線、確かに早いな」
「え? 新幹線?」
「最終で東京に帰るんだけど」
「ああ、最終って、たしか九時すぎやったがいね?」
さゆりは手首に回る時計を見た。現在、時刻は七時半だ。
「同窓会委員、抜けれない?」
「えっ? えー……」
さゆりがいてもいなくても大勢に影響はないが、途中で抜けたとなると嫌味の一つも言われるに違いなく、あまり気が進まなかった。輪に馴染めないのは仕方がないにしても、さゆりは最低限の責任だけはきちんと果たそうと思っているのだ。
「うーん。ちょっと、無理やわ。同窓会前最後の打ち合わせやし……」
「そっか」
「ごめんね……」
しかし急なことで、前もそうだったようにこちらで仕事でもあったのかと再びさゆりが尋ねる前に歩が切り出した。
「そこって狭い?」
「は? え……そこって、お店のことけ? 狭いって、カウンターとお座敷と……」
「俺、行ってもいい?」
「えっ! ダメダメダメ、そんなん大騒ぎちゃよ。第一、歩が行くような店やないし。安くてきったないとこちゃ……」
「だから、俺も安くて汚いとこ行くって、普通に。高校の同級生とか懐かしいじゃん。会いたい」
「懐かしいもなにも、委員の子は歩の知らん人ばっかりやちゃ。うちでも知らん人ばっかりやったもの」
「そしたら、近くの席に座ってこっそり見てるわ」
「えー!? 見るって、一体何をよ!? ダメ! そんなん無理!」
「だって新幹線まで時間あるし」
「やけど……」
結局押し切られ、さゆりは歩を店まで案内する。
「もー! 見つかってもうち知らんよ?」
「平気、平気」
「なんが平気よ……」
歩が先にのれんをくぐる。威勢のいい声に、お一人様ですかと聞かれた歩が頷くのをさゆりはその後ろで見ていた。
微々たるものだが一応時間差で店に入ると、歩が店員に、ここいいですかとカウンターの席を指定している。ちょうど同窓会委員が陣取っている座敷のすぐ前だ。座敷といっても完全に個室になっているわけではなく、簡単なついたてで仕切られているだけなので、カウンターからでも十分に話は聞いて取れる。通路を挟んでいるだけでその距離は二メートルもない。
歩が座ると座敷に背を向けた格好になった。
おしぼりを受け取って、早くも生ビールを注文している。それを傍目に見ながら、さゆりはこそこそこと座に戻る。ちらりと見ると、歩が肩越しに見て小さく笑っていた。
「四宮さん、遅かったね?」
そう言ったのは四組の早川だ。この中で唯一、さゆりのことを気にかけてくれる人物かもしれない。
「ご、ごめん……ちょっと急用のややこしい電話が……」
「ちょっと、四宮さん」
一組の女子、花井がさゆりを呼んだ。もしかしてはじめてかもしれない花井からの呼びかけに、さゆりは少し面くらいつつもようやく仲間に入れるときが来たのかと期待が膨らむ。花井はいつも確信的にさゆりを除け者にする張本人だからだ。
「四宮さん、エジワスのメンバー、なんとかならんのけ?」
「え? なんとかって……?」
「同窓会に、エジワスの誰か呼べんかって」
早川がフォローするように詳しく言う。
「今みんなで言うとったがやけど、だって、三組が一番参加率悪いが。別に四宮さんのせいとはゆーとらんが。けど、うちらは来れんゆうて欠席でハガキ来とる人にももう一回電話かけて誘ったりしたんよ?」
その人のいないところで話題にする女子の典型だ。そして、さゆりに人望がないと言いたいのだろう。しかし、それよりもすぐ後ろにいる歩の方が気になった。今、エッジワースのことを話題にして欲しくない。きまずさと緊張でさゆりの心臓はばくばくと音を立てている。
「桐谷くんと連絡とか取っとらんの?」
よりにもよって本人 がいる前で、とさゆりは心の中で悲鳴をあげながら、
「え、あ、うん、全然! 一切!」
花井が、役に立たないと言わんばかりのあからさまな溜息をつく。
「花井さん、もういいやろ」
早川が話を打ち切ってくれたので、さゆりはようやくいろんな意味で安堵したのだった。
そこからは誰が今どこでどうしているだの、誰と誰が付き合った、別れただのという噂話で盛り上がった。もちろんさゆりは話題についていけないが、それ以前に背後が気になって気もそぞろだ。
冊子の割り当てさえ終われば帰ることもできそうだが、誰もそれに触れようともしない。とうとうさゆりはたまりかねて、
「あ、あのっ! ごめん、ちょっとお腹が痛くて……先帰らせてもらってもいいけ? 代わりにこれ、うちやっとくし」
そう言って、隅の袋を掴んだ。紙の束は思いのほかずっしりと重い。
「一人で? そんな、大変だが」
そう言いながら早川が腰を上げる。
「こんくらいさせてもらうが、だから今日はほんっと申し訳ないがやけど、先に失礼させてもらうちゃ。ごめん、早川君、これ頼んでもいいけ? もし足らんかったら同窓会の時に返すが、立て替えといてもらえんかな?」
五千円札を押し付けるように手渡して、花井が何か言う前にパンプスに足を入れた。さゆりを窺っていた歩と目が合う。歩の前のカウンターには焼き魚とビールが並んでいた。軽く頷くと、さゆりは上着も着ないままに小走りで店を出て行く。
残された席では花井が、
「もー、何なのあの子? うちらとなんか飲んどられんってこと? 何様よ? エジワスに捨てられたくせに」
「別に四宮さん、花井さんが怒るようなこと何もしとらんけど?」
早川は腰を上げ、脇においてあった靴べらを取った。
「顔赤かったし、熱でもあるんかもしれん」
そう言って歩が立つより早く、さゆりを追いかけて店を出た。
歩が出てくるものと、ゆっくり駅へ向かって歩いていたさゆりは、追いかけてきたのが早川だったことにひどく驚き、慌てる。
「あいつらのゆうことさ、気にせんでええが」
「き、気にしとらんし! うち、今日はほんまにちょっと体調が……」
「そしたら、早く帰って休んで。一人で帰られるけ? 送っていこうか」
「ううん! 大丈夫ちゃ!」
「それに、それほんとに一人で大丈夫け? 第一、重いが?」
さゆりが持っている紙袋を見て、
「うち、力あるし、暇やし!」
「そう? 大変だったら手伝うから連絡して」
「ありがとう! さあ、早くみんなのとこ……」
「うん、じゃあ当日」
お大事にと言い残して、早川は踵を返す。店に戻るまでの十メートルほどの間に、店から出てきた歩とすれ違うが、早川が気づくことはない。
後ろ姿が店に入ったのを見届けて、さゆりは天を仰いだ。歩がさゆりの隣に並び、
「おなか痛いの? 大丈夫?」
「はー、もう気が気じゃないがよ!」
「あれがハヤカワくん?」
「そう、四組の早川君。いろいろ親切にしてくれちゃよ」
「優しいね。ところで、さゆり、いつもああいう風に言われてんの?」
「うーん……、まあ、うち仲良かった子もおらんし、浮いとるってわかっとるし。仕方ないが。それも同窓会終わるまでやし。もうちょっとの我慢」
歩はその答えに不服そうな顔をしたが、地元に一人残ったさゆりには、こういった類の扱いはなんら珍しいことではない。
「手伝うわ、それ」
「えっ、構わんよ! うち、一人でやるし。全然、大丈夫やし!」
歩は無理やりさゆりの下げている紙袋を奪い、時間を確認する。
「あと一時間かー。ごめん。またマックでもいい?」
「でも、この時間だと人多くながけ? 大丈夫かな」
「うん、大丈夫でしょ」
N駅前の店はそこそこ混みあっていたが、それぞれ無駄話に興じていて、誰も歩に気を留める様子はなかった。
コーヒーとフライドポテトを頼み、空いていた二階席の奥に席を取る。
歩は本当に手伝う気らしく、早速袋から刷り上ったばかりの匂いのする冊子と封筒を出した。
「紙で手切らんといてよ」
さゆりが言うと、歩は大丈夫と言う。喉と同じくらい大事な手なのだ。
早速作業を始めた歩に、さゆりも手を動かしながら人知れず首をかしげた。そもそも、どうして歩がここにいるのかわからない。
「ねえ、またツアーの打ち合わせとか、そんなんでこっちに来たんけ?」
「うん、そんなとこ」
「じゃ、みんなも一緒やったが?」
「みんなはねー、先帰った」
「そうなん……」
さゆりの返事を聞いて、歩が顔を上げる。
「みんなに会いたかった?」
「うん、久しぶりに会いたかったわ」
「じゃあ、今度」
さゆりは、うん、と頷いたが歩むの言った『今度』に全く期待はしていない。
黙々と作業に励み、その動作に慣れてくると、次はスピードを追求しはじめる。
「俺、超早くない?」
「えー、うちもそれくらいの速さちゃ」
「競争しようよ。十秒でいくつ入れられるかね。ヨーイ、ドン!」
「えっ、ちょっと待ってよ!」
十秒ほどで競ったが、互いに出来は九通だった。ただ冊子を封筒に入れるだけの単純な作業だ。それほど大きな差が出るはずもない。
「さっきさー、スケジュール見たら行けなくもないんだよね。ちょっと顔出すくらいなら」
再び黙って作業に集中していると、歩が口を開く。
「まさか同窓会け? あんなん冗談ちゃ!」
「冗談には聞こえなかったけど? それでさゆりの顔も立つだろ?」
「うちの顔とかどうでもええが。忙しいのにわざわざ……そんな……」
「わざわざとかじゃないし、俺も同窓会に参加する権利あると思うんだけど?」
そう言われては、さゆりも何も言えない。
「なら、来られそうなら連絡して……」
「うん」
そしてまた、しばらく無言でひたすら封筒に冊子を入れる。
「最近、ライン返してくんなくない?」
手は動かしたまま、歩が唐突に言った。
「あ、うん……。彼女おる人とやりとりするんはあんまりよくないと思って控えとるが」
「……そっか。まあ、そうだよな」
「茉莉菜ちゃんも嫌やと思うよ? あ、茉莉菜ちゃんなんて、馴れ馴れしいちゃね、うち……」
さゆりが申し訳なさそうに笑う。
「さゆりは、彼氏いる?」
「うちは……おらんよ」
一瞬その答えを迷ったが、さゆりは結局正直に言った。今更、嘘をつかねばならないこともないだろう。
「ハヤカワ君は?」
「早川君? たしか、前に彼女がどうのってゆう話しとったし、おるんやない?」
「……じゃあ、好きだったやつとは? ほら、あの時……それで俺が振られた……」
「あー」
さゆりは乾いた声で笑い、
「ちょっと付き合って……すぐ別れたちゃ」
「そうなの……? すぐ?」
「うん、すぐ……」
歩が見ているのがわかったが、さゆりは目を合わせることはできなかった。視線はひたすら手元の冊子と封筒だ。
「ゆってくれたら……俺、ずっと待ってたのに」
「そ、そやけど、うちも東京出て、忙しかったが。それに、歩も上京してすぐはそれどころやなかったやろ?」
今でこそヒットメーカーのエッジワースで、その才能を請われて上京した歩でも、デビューして二年は泣かず飛ばずの時期があった。
「さゆりがいたらもっと頑張れてたと思うよ」
「うちがおらんでも、エジワスは十分立派になったやん」
「……ごめん。女々しいな、俺」
新幹線の時刻が近づいてきて、二人は店を出た。
ずっしりと持ち重みのする袋には、すっかり出来上がった封筒が百五十部入っている。
「これ、すんげえ重いし、家まで送りたいけど、どうしても今日中に帰らないとダメでさ」
「いいって、そんなん!」
さゆりは新幹線の改札口まで見送った。
「同窓会の件、行けるかどうかまたラインする」
「……うん」
「それは彼女とか関係なくオーケーでしょ? だから、さゆりも返事……ちょうだい」
「うん、わかった」
「いや、でもホント近いわ。新幹線で二時間。あっとゆう間だ。すぐ来れるし」
「……だね」
本当に同窓会に来るなら、歩との『今度』がある。
来て欲しいような、来て欲しくないような、さゆりはひどく複雑な気持ちで、東京に帰っていく歩の背中をしばらくそこで見送っていた。
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