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佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください

   
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たぶん、きっと、ずっと、僕は20
20.

  待ち合わせを伝えた場所で、長身の元同僚はすぐに見つけることができた。さゆりは駆け寄り、
「相沢くん! お待たせー! 急にごめんね!」
「おーす! さゆりちゃん」
 指定した時間は十一時で、できればその十分前には着いて自分を待っていてほしいと伝えたのだが、そのとおり相沢は早めに来てくれたようだった。
「いいけど。で、……あの黒のレクサス?」
 さゆりの背後で、まだ停まったままの車をちらりと見て相沢が言う。
「あー。……うん」
「俺のこと、めちゃ見てるわー。って、え? あれって……」
 運転席の人物が誰であるかに気づいたようだ。
 さゆりは困ったように笑って、
「とりあえず、行こうか」
 と相沢の腕を引っ張った。


「ごめんね。突然、変なお願いしちゃって」
 さゆりは、申し訳ない、と手を合わせた。
 先に店に入り、両人の到着を待っていた翼はまるで我が事のように手のひらをひらひらさせながら、
「気にすることないって。彼女もいなくて、どうせ暇してんだし。ね?」
「そうそう。まさかの彼氏役、光栄ですよ」
 さゆりの前の席に座る相沢が笑って、煙草に火を点ける。
 退社後も付き合いのある男三人の中でもだが、その見た目から社内でも人気の高かった相沢に白羽の矢が立ったのは単なる偶然だ。 
 昨夜の出発までに、事情とその人選を翼に相談したところ、即答で「相沢がいいよ」と返って来たのだった。そして当の相沢も二つ返事で了解してくれ、茶番につきあってくれた。
「そういや昔もあったよね。変な女に付きまとわれて、彼女いるからってさゆりをダミーに断ったこと」
「あった、あった! そういえば、あったねえ」
「それ、俺じゃねーから。香坂だから」
「けど、それって下手したらさゆりが逆恨みされるってことじゃん。サイテーだな、香坂」
 翼が吐き捨てるように言うので、さゆりがけらけらと笑う。今頃、くしゃみをしているだろう。
「でも、今日はほんとに相沢くんに来ておいてもらってよかったよ。信憑性が増した!」
「何よ、信憑性って。必要なの?」
「計画的犯行かよ。かわいい顔して怖いなあ」
「へへ、魔性の女だよ」
 さゆりは笑ってから視線を伏し、所在なげに紅茶を一口飲んだ。それは、ティーカップを口に運ぶだけの動作に近かった。やりきれない部分の気持ちを紛らわせるためのパフォーマンスだ。
「……やっぱり前回のこともあるから。二回も同じ手は通用しないかな、と思って」
 嘘をついて、歩を騙すようなやり方で逃げ口を作るのは卑怯だとわかりつつ、けれど、誰かの存在を借りなければ互いの想いを断ち切るのは難しいと判断した結果だ。時には必要な嘘もあるのだと自分の取った行動を正当化させる。
「それにしても、エジワスの桐谷歩がさゆりちゃんの元彼とはねぇ」
「私も聞いたときびっくりした」
 さゆりは照れを隠すように小さく笑って肩をすくめる。
「そりゃ、俺らみたいな普通の男に見向きもしないはずだわ」
「それは関係ないよ。うちが知ってるのは有名になる前の彼だし」
「そういえば、この前、喜多茉莉菜とフライデーされてたじゃん。ってことは、あれはガセなの?」
「いや、マジでつきあってたけど、別れたらしいよ」
「つばっち! しー! 秘密だってば」
 さゆりは声を潜めるが、両隣どころか辺りは空席だらけだ。人気のお洒落スポットも、午前中とあって、カフェはがらがらだった。
「芸能人は芸能人同士つきあっとけばいいのに」
「なに、翼は歩派じゃないの? 桐谷歩、男から見てもスペック高いじゃん。女だったらなおさらでしょ。正直、桐谷歩を振るとか信じらんないんだけど」
「らしいよ? さゆりさん」
 翼が大げさに視線を寄越して、さゆりに答えを求める。
「うーん」
「普通にもったいないと思うけど、俺は」
「そうだね……」
 さゆりは曖昧に笑うだけだ。
「男にはわかんないよ。喜多茉莉菜の次だよ? 恥ずかしくって付き合える? 喜多茉莉菜だよ、日本中の女子が憧れるなりたい顔ナンバーワンだよ」
「それは女の感覚だって。意外と比べたりしないんだよ、男は。さゆりちゃん、気にすることないって。そういうのを気にするのは嫉妬深い女だけ」
 相沢の発言に、翼が「それって私が嫉妬深いって言いたいの?」と食って掛かっている。ひととおり翼がいいがかりをつけるのを聞いてからさゆりは、
「茉莉菜ちゃんのこと、全然気にしてないって言うと嘘になるになるし、もちろん、そういう心配もあるけど」
「けど?」
「正直、好きより無理って気持ちの方が大きいんだよね。嬉しいより不安の方が勝つっていうか。彼のことは別れてもずっと好きだったから、今の状況を夢みたいって思う反面、そしたら、やり直そうってなった時に、頑張れる気が全くしないんだ」
「さゆりちゃんには珍しく後ろ向きな発言」
 相沢は短くなった煙草を灰皿でもみ消した。
「それこそ、当たって砕けろで、振られて捨てられたほうが踏ん切りつくんじゃないの? 忘れられんの?」
 翼はストローでアイスコーヒーの中の氷をかき混ぜて遊んだ。
「忘れようとか思ってないよ」
「じゃあ、一生好きでいるつもり?」
 さゆりはその覚悟をしている。もうずいぶん前から。
「いつからこんな意気地なしになったんかな。自分でも嫌なんだよ、こんな自分。でも、もう諦めることに慣れたというか、手が届かないことが当然というか。たぶん、うちは……」
 さゆりの時間はあの時で止まってしまっている。
「十八の時の歩に、ずっと恋しとるままなんだと思う」
 さゆりは、
「永遠の十八歳、ってとこかな」
 そう言って笑った。
 夕方、早めの新幹線で帰ると言ったさゆりに、それなら店を変えて昼食をとろうということになった。明日も日曜で休みなので、東京にもう一泊してもかまわないのだが、昨夜は今日のこともあり、また車中泊だったためほとんど寝ていない。同窓会の残務もある。なにより飛び出さんばかりに家を出てきたので、洗濯や洗い物も残したままだ。
 二人は昼間から飲む気満々らしく、そのための店選びを始めた二人の横で、さゆりは細く息を吐きながら、ゆっくりと目を閉じた。


 結局三人は、夜の東京駅にいた。
 ひとしきり飲んで騒ぎ、最終の新幹線にはなんとか間に合ったという時間だ。
 さゆりは酔うと頑固になる。わざわざ送ってくれなくてもいいと言い張り、最後は逃げるように駅へ向かおうとしたさゆりを、残る二人は脅さんばかりに追いかけて叶った見送りだ。
 たかだか、東京へ遊びに来た地方の友人が帰るだけなのに、今生の別れのような体になっているのは女性二人がかなり酔っているからだろう。
「さゆり、元気でねー。身体に気をつけるんだよ!」
「ほんとに今回は助かりました!」
 さゆりはやたら機敏な動きで敬礼し、しかし、足元はややおぼつかない。
「また必要だったらいつでも彼氏になるから、言って」
 一人、素面の相沢がまともに受け答えをするも、さゆりは、「今後このようなことは一切ないように努めます!」と再び敬礼している。
「さゆりちゃん、普段からあんまり人に頼ったりしないし、頼ってもらえると嬉しいもんだよ」
 とろんとした目で相沢の言葉を聞いていたさゆりだが、最後は気の抜けたような笑顔で、
「そうけ? そしたら、遠慮なく甘えさせてもらうちゃー」
 二人に見送られ、赤い顔をしたさゆりが改札を抜けていく。
「やべー。方言女子、かわいい……」
 まるで出て来る鼻血を抑えんばかりに、相沢が顔半分を手で隠した。
「いいのォ? せっかくのチャンスを。あんたがずっとさゆりのこと密かにいいなと思ってること、知ってんだからね!」
 正気なのか正気でないのか、もたれ掛ってくる翼の言葉に相沢は苦笑するだけだ。
「あんたが忘れさせてやんなよ。っていうか、忘れさせてやってよォ」
「桐谷歩がライバルかあ……すげえな、俺」
「大丈夫! 遠くのイケメンより近くのイケメン!」
「なんだよ、どっちもイケメンかよ」
 相沢は憑き物が取れたような顔で、一つ大きな溜息をついた。
「だってさ、さゆりちゃん全然なびかないし、なびく気配すらないじゃん? 戦い挑む前から勝算ゼロ」
 改札で見送ったままそんな話をしていると、さゆりが途中で振り返り、最後に手を振る。その振り方がいかにも酔っ払いで、見ているこちらが恥ずかしい。
「だよねえー。いいのか、あれで。本人それなりに幸せそうだけど、幸せなわけないじゃんねえ、このバカヤロウが!」
 暴れ出した翼をたしなめ、ようやく踵を返す。タクシー乗り場を目指しながら、
「世の中、どんなに好きでもそれがうまく行くとは限らんからなあ」
「好きの大きさで幸せが決まればいいのに」
 そう呟いて、「あっ」と翼が大きな声を上げる。
「何だ? 忘れ物か?」
「桐谷歩のサインもらうって話になってたのにぃ! くそー!」
 地団駄を踏まんばかりの翼に、相沢のセンチメンタルな気分は見事に吹き飛ばされた。

*

 ツアー初日を二日後に控え、エッジワースは最後の打ち合わせのため事務所を訪れていた。
「この前もらった映画のタイアップのデモテープ、ようやく監督から返事が来て。すごくいいって絶賛されてるわ。早速、谷川さんにアレンジに入ってもらうわね。ってことで、歩はこれからその打ち合わせ。ごめんね、ようやくの取れた半日オフなのに。後で谷川さんの事務所まで送る」
 座っているのか何なのか、これ以上ないほど椅子の上でだらけていた一太郎がむくりと姿勢を正し、
「きりやん、とうとうスランプ抜けたの?」
「うん。おかげ様でなんとか」
「うわー! 早く聴きてえ!」
 めまぐるしいスケジュールに忙殺され、澱んでいた雰囲気が、にわかに色めきだつ。
「それから、そろそろ賞レースの時期に入ってくるわ。差し当たって、ベストデニム賞だけど、今年は歩だけ」
「えー、エジワスでグループ受賞、今年も狙ってたのにぃ」
 雅和が口を尖らせると、
「残念ながら。っていうのも、女性部門で喜多茉莉菜が選ばれてるの。主催者側がツーショットで話題さらおうと狙ったんでしょうね」
 歩と顔を見合わせ、苦い顔をするのは一太郎だ。
「うわー……主催者、空気読めよォ」
「っていうか、彼女かわいそうだな」
 友樹が肩をすくめた。
「それから」
 そこで槙田が一呼吸置く。その妙な間に、メンバーの視線が彼女に集まった。それを待って、
「今年のヒットチャート大賞はモンブルだそうよ。三年連続の受賞、無理だったわね」
 一瞬の沈黙の後、「そっかー」と一太郎が天を仰いだ。
「ま、俺たち別に賞狙いってわけじゃねえしな!」
 無駄に明るい声でそう言って、友樹は立ち上がり、歩の背中を叩くので、歩は思わず苦笑いがこぼれる。本当にいい仲間だ。
「あんたたち、あり得ないくらいライブだけが実績に追いついてないから。今回のアリーナツアーを成功させて、一人でも多くのファンに生のあんたたちを見て、聴いてもらうことよ。ってことで、まずは明後日の千葉、張り切って行きましょう」
 槙田も席を立ったことで散会となる。
 一太郎と雅和は友樹の車で帰ることにし、谷川のところへ向かう歩を見送る。
「歩、大丈夫かしら、いろいろ……」
 雅和が心配そうに溜息を漏らした。
「ま、仕事に関してのモチベーションは一定だからな。賞だって、おまけみたいなモンだろ、歩にとっちゃ」
「でも追われるのってしんどいのよォ。本人は意識してなくても、外野が煽るから」
 リアシートに座る雅和が、運転席と助手席の間から顔を出す。その出し方が図体に似合わず妙にかわいらしいから困る。
「しかし、きりやん、意外とフツーで、正直拍子抜け」
「さゆりのことか?」
 ハンドルを切りながら、雅和は助手席の一太郎を伺った。
 歩から詳しくまでではないが、一通りの報告は受けている。『深追いしなかった、助言に従って』と、友樹にだけ嫌味たっぷりに一言付け足されていたので、少々居心地が悪い。
「もっと荒れるかと思った。あの時みたいに」
 確かに歩に特に変化は見られない。もっとも表面上、そう見えるだけなのであろうが、さゆりと再会して目に見えて落ち着きがなくなっていたそれも今はなりを潜めた。
「やっぱそういう意味で、あの二人はもう五年前に終わっちまってんのかもな」
 アスファルトの乾きに、傾きが早くなった冬の太陽が反射して眩しい。
 友樹は目を細めた。

*

 谷川の個人事務所を尋ねると、本人は前の仕事が長引いていると言うので歩は別室に通された。そこにも一通りの機材は揃っているが、ひとまず歩は持参したギターを抱え、ペンを握りながら譜面にコードを書き入れていくアナログ作業に入る。
 しばらくするとドアをノックされ、谷川かと思って返事をすると「失礼します!」という大きな声がする。
「桐谷さん! はじめまして! モンスターブルーです! ボーカルの森脇マモルです!」
 そこには極めてカジュアルな装いの男子五人が並ぶように立っている。一言で言うと、スケートボードやバスケットボールが似合いそうな感じだ。全員が様々な色落ちのデニムを穿いていて、歩の脳裏をベストデニム賞の文字が流れて行った。
 意外な場所で初対面の彼らに戸惑いながら、
「あー……。どうも、はじめまして。エッジワースの桐谷歩です」
「突然すみません! ここにいらっしゃるって聞いてご挨拶に伺いました! 僕、エジワスさんのめちゃファンで! 桐谷さんの歌、めちゃ憧れてて……」
「え? あー、そうなんすか……。えっと、ありがとうございます」
「あの、これこの前出たアルバムなんすけど、よかったら聴いて下さい!」
 そう言って、モンスターブルーのボーカルだという森脇が一枚のCDを歩に差し出した。


 現れた谷川に気づいて、歩は腕組みをやめてヘッドホンをはずす。
 昼食がまだなのか、片手に書類を、そしてもう片方で手にしたやきそばパンをかじっている。彼のスタジオなので何をしようと谷川の自由だが。
「ちわっす」
「おー、早速モンブル聴いてやってんのか」
 谷川は口をもぐもぐとさせながら、傍らに置かれたCDケースを手にした。
「……めちゃ元気っすね、彼ら」
「昔のお前らもあんなんだったよ。今でこそ、いっぱしのミュージシャン気取ってすかしてるお前だけど、昔はかわいかった」
「えー、なんすか、それ」
 彼らは全員成人しているらしいが、歩の目にはそれは年若いふうに映った。それでは高校を卒業したての自分達は一体どんなふうだったのかと恥ずかしくなる。
 谷川はモンスターブルーのアルバムジャケットの裏と表を何度かひっくり返して見た。
「どうだった?」
「……正直、思ってた以上でした。それより谷川さん、もしかして彼らのプロデュースでもするんですか」
「ああ。曲を書いてやって欲しいってな、あいつらの事務所に頼みこまれちまってな。悪ぃな。裏切りだと思うなよ」
「いや、谷川さんを俺らが独り占めできるなんて思ってませんから。……でもまあちょっとショックかな。ライバルに肩入れされるのは」
「ライバル?」
「彼らには目の敵にされてるっていうか、周りにもいろいろ言われますし。週刊誌にもあることないこと……この前なんて、ボーカル同士の確執とか書かれて、俺、森脇君と今日初めて会ったのに」
「ああ、向こうの事務所のやり方がちと汚ねえからな。けど、あいつら自体はお前らを崇めてるぜ?」
「アガメテる?」
 歩が笑うのに、谷川は何度か適当に頷いて、
「モンブルはお前らに対抗するために作った寄せ集め集団だ。森脇が選ばれたのも声がお前に似てたから。事実、本人もお前を真似て歌ってる。最近は少しずつ曲作りも勉強してな。あいつはお前と違って努力型だ。俺は、その努力は買ってる。確かに売れてるな。今年のヒットチャートもあいつらなんだろ?」
「らしいですね」
「悔しいか?」
 谷川は歩を見て、にやりと笑う。いたずら好きの中年は意地が悪い。
「うーん。そう聞かれるとやっぱり悔しいですよ。まあ、もともと狙ってもいないけど」
「安心しろ。実力では及ばねえし、モンブルがお前らを超えるのは無理だ。なのに、何で売れてるかっていうと、ひとえにあの一生懸命さがいいんじゃねえかと俺は思ってる」
「ってか、俺もけっこう一生懸命なんですけど」
 難しい顔をしてミネラルウォーターを一口含んだ歩に、
「あいつらの強みは弱さだな。お前は強いからな。だからオーディエンスはエジワスの歌に憧れる。けど、人間誰しも弱い部分を共感してほしいっ思いがあるんだよ」
 谷川は歩が机の上に広げていた譜面を手に取った。そして、短い溜息をつくと、
「スランプもすいすいと抜けやがるし、おまけにこんなイイ曲作ってきやがって。かわいくねえな。モデルだか女優だかと上手く行ってて幸せ街道まっしぐらってか!」
「あー。それが、実は別れて……最近」
「そうなの? の、割りに元気そうじゃん」
 驚いたように歩を振り返る。
「いや、落ちてますよ、今。たぶん史上最高に。ん、最高? いや、最低?」
「うそ。今?」
「マジっす」
「よし、なんか曲作れ!」
 谷川は、椅子に座る歩の両肩に期待の手を置いた。
「なんかって……。勝手ですよね……ほんと大人って」
 歩は小さく呟いて、
「でもそれが曲に反映されるかっていうと全くないですから」
「ホントお前ってかわいくないねェ」
「弱さとか強さとか……そういうのと歌は関係ないんですよ、俺の中で。そりゃ、気分は多少、曲調とかに表れますけど」
 谷川は深い溜息をつき、がしがしと頭をかいた。
「ったく、お前の新境地はどうやったら開けるんだ? どうやったら、お前は新しい一面を見せてくれるんだ?」
 ようやく谷川の言いたいことを察して、歩は呆れたように笑った。
「……ラブソング、って言いたいんですか」
「弱さを歌うには一番手っ取り早いんだよ。モンブルだってそれで売れてんだから」
 歩は手にしていたモンスターブルーの歌詞カードを見る。
 十一曲中、ラブソングらしき歌は六曲。作詞と作曲には森脇マモルの名前があるが、先ほどの谷川の話からすると、おおかた詞も曲もゴーストが作ったものだろう。
「……俺は、ラブソングは歌いません」
「なんでだよ。もったいぶるなよ」
「いや、もったいぶってるわけじゃなくて」
 谷川は、世界を動かすのは愛だ、人生を潤すのも愛だ、と身振り手振りを交えて力説してから、
「行こうぜ。いや、連れていってくれよ、俺を」
 どこに、と尋ねんばかりに歩が谷川を見上げると、
「もっと上にさ」
 と笑った。
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