忍者ブログ

佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください

   
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

チョコレイト・ラブ 26
26




「は? ちょっと待って。どういうことよ、それ」
 直子はあからさまに眉をしかめ、私の話を途中で遮った。
 りんごを手にしたまま動きが止まっている。ほんのついさっきまでアップルパイを焼くとご機嫌だったのに私の一言でそれは一瞬にして形をひそめてしまったようだ。
「いや、だからね、然と綾さんが再婚するんだって」
「何がどうなって急にそんな話になってんのよ! だって、これ、春田サンの実家から送ってきたって……」
 それまで袋から一つずつ丁寧に取り出していたのを一気に逆さにしてテーブルにひっくり返した。まるまる太った真っ赤なりんごがごろごろと鈍い音を伴って転がり出る。
「そうよ。これはお義母さんが送ってくださったの」
 昨夜、M県にある然の実家から荷物が届いた。その中に入っていた食べきれないほどのりんごをお裾分けをすべく出勤前に直子のマンションを尋ねたのだ。今日で仕事納めのため、得意先に挨拶回りをすべく遅れて出社することになっていたのでそのついでだ。
「姑からそんなの送ってくるとか、てっきり春田サンと復縁したってことなんだって思うじゃない!」
「それとこれとは話が別なの。然と関係なくお義母さんとは今も仲良くさせてもらってるから」
 元姑、つまりは然のお母さんだが年末になるといつもお蕎麦やお味噌、お餅など年越しやお正月に必要な最低限のものを揃えて段ボール箱いっぱい送ってくださる。それは離婚してからもずっと欠かされることはなく、おそらく身よりのない私を不憫に思ってのことだろう。今もなお私のことを思い出して下さるその心遣いが嬉しかった。やさしい想いがいっぱいに詰まった中身に私は勝手に故郷を感じている。
「なによそれ、珍妙な関係ね。嫁姑は上手く行ってたってこと?」
「うん。すごくよくして下さった。だから離婚する時、然よりもお義母さんと離れることが寂しかったくらい」
 母と死別している私には、たとえ義理であっても『お母さん』には特別な思いがある。大学を卒業してすぐに結婚をすると言った時も喜んでくださったし、結婚がだめになった時も何も言わず、逆に謝ってくださった。私に傷をつけたことを申し訳ないと。嫁というより娘としてかわいがってもらい、私も姑ではなく母として慕っていた。離婚のときに流した涙の半分はお義母さんと別れることへのものだったといっても過言ではない。
「嫁姑が上手く行ってても、肝心の本人と上手く行かないんじゃね、本末転倒」
 私は肩をすくめてみせる。然と別れてしまえば、姑は『お義母さん』でも、ましてや『お母さん』でもなくなり、ただの他人になった。今では会ったりはもちろん電話で声を聞くこともない。年に一度の小包と、それに対してのお礼状、年賀状のやりとりだけだ。今回も早速に近況を交えたお礼の手紙を認めた。然と再会したことには触れていないが、今年は特に仕事が順調な旨を報告した。後で忘れずにポストに投函しなくては。
「しかし予想外の展開だわ。何考えてんのかしら、あの男は」
 直子はブツブツと独り言のように言ってキッチンへと消えた。換気扇がぶうんと鳴ってカチンとライターの音がする。
「何よ、もはやあの男呼ばわりなわけ?」
「当然よ。ちょうどよかったわ。後で打ち合わせがあるから会うの。一言言わなきゃ気が済まない」
 間接的にだが、示された然の存在に思わずどきりとしてしまう。
「一言って……一体何を?」
 直子の言葉が気になって問い返してみるも、ちょっとね、と詳しい答えは濁される。打ち合わせとは私が然と再会するきっかけとなった例の小説本がこの度出来上がったかららしい。来年早々に発売されるそうだ。思えばこの奇縁ともいえる再会劇は直子によってもたらされたものだった。
 ありがたかったのか迷惑だったのか。その答えは今はまだ出しかねる。
 あのイブの夜以来、もちろんのこと然からの連絡はない。綾に想いを伝えたのだろうか。
 それを考えると胸が痛んだが、だからといって張り裂けるほどのものではなかった。そんな心内を見透かしたようにタイミング良く直子の質問の矛先が今度は私に向かう。
「神谷ちゃんはさ、それでいいわけ? 春田サンの再婚」
 私は一瞬返事に詰まってしまった。自身では認めたものの、今さらやっぱり好きでしたとは言いにくい。今まで散々否定していただけになおさらだ。おまけに六年も前に離婚した相手に未練があるなど情けないったらない。
 私には関係ないもの、といつもの答えを持って口を開こうとすると、あっさり先手を取られ、
「もうつまらない意地はらなくてもいいから。バカでもわかるわよ、神谷ちゃんが未練タラタラなことくらい」
「う……」
 私はしばらく言葉を失っていたがやがて大きな溜息を吐く。完全降伏のサインだ。
「参りました。さすがは恋多き人気作家。私みたいな恋愛初心者が敵うはずもないわよね」
「あら、珍しく今日は素直じゃない」
 けらけらと笑ってから今度はしんみりとして、
「なんかさぁ、何年かぶりに偶然再会して、復活してって、そういうの本物の恋っぽくていいなぁって、実は二人の復縁を期待してたのよ、私」
 キッチンカウンターに肘をつき、手にした煙草から細い紫煙を漂わせている。直子はそれに視線を乗せるように窓の外を遠い眼で眺めながら言った。
「でも所詮は、そういう運命だったってことかぁ」
 煙草を揉み消しながら言った直子に、私は薄く笑ってその答えにした。
 正直、そんなロマンスを期待していなかったといえば嘘になるかもしれない。六年経っても変わらぬ然の優しさにそれはなおさらだった。
 しかし、現実は悲しいほどに現実で、そんな物語のような展開は実際には起こりえない。
 私はテーブルに無造作に転がる艶々とした立派なリンゴを優しい気持ちで見つめた。
 失恋というよりようやく清算できたと思いたい。実際、会わない間に気持ちが風化しつつあったことも確かだ。
 以前の田崎の言葉を思い出すとともに自分にも言い聞かせる。
 然への気持ちは未練ではなく執着なのだと。
「あんたたちの結婚が失敗したのは、神谷ちゃんがダメダメなせいかと思ってたけど、春田サンも大概ダメね。イライラするわ」
「そうかな……。正直、然に悪いところはなかったと思うけど。すべては未熟だった私のわがままのせいで」
 わからないといったふうに眉をひそめると、直子は私を一瞥してから言った。
「彼は少し優しすぎるわ」
「それは長所じゃないの?」
「ただ優しくすることが相手にとってベストとは限らないのよ」



 直子のマンションを出て何箇所か挨拶にまわり、会社に戻ったときには昼を過ぎていた。
 しかし、かかってくる電話もすべき仕事もほとんどが「では年明けに」が合言葉になっていて、差し迫って処理しなければならないものもない。机を並べる同僚たちも今日の仕事はそれぞれのデスクの大掃除といったところだ。
 例にならって私もトレーに重ねた書類を整理する。無駄話をしながら、とろとろ手を動かしていると携帯電話が鳴った。
 直子からの着信だ。
『忙しいところごめん!』
 私の仕事を慮ってか声を潜めてそう言う一方で、電話越しでもわかるほどに焦りが滲んでいる。
『あのね、今日、春田サンと会うって言ってたじゃん? 打ち合わせ中に春田サンの携帯に電話があったのよ。なんだか様子が変だったから、廊下に出て彼が話をしてるのを聞き耳立ててたの。どうやらお母さんが事故に遭われたみたいで……』
「事故っ?」
 私は思わず大きな声で叫んで席を立っていた。何事かと周りの視線が一気に私に集まるのを感じる。
『S病院って知ってる?』
 然が電話で確認していたらしい病院名を私も思わず手近な紙に控えた。
『戻ってきた春田サンにどうしたんですかって聞いたんだけど教えてくれなくて。でも明らかに様子がおかしかったから、急ぎの用ができたんなら私のことは気にせず帰って下さいねって言ったんだけど、この後も外せない仕事で大阪に行かなきゃならないって……。ほら、奇しくも今朝、神谷ちゃんとお義母さんの話をしたところだったでしょ……他人事と思えなくて……」
 私は直子への礼もそこそこに電話を切った。
 呆然とし、そのまましばらく固まっていたが、どうかしたの、と亜由美の声掛けで我にかえる。次の瞬間散らかった机の上をバサバサと片付けはじめた。
 然の実家の土地勘はそれなりにある。S病院とは、おそらく駅前にある大学の付属病院のことだろう。足元の鞄をひっつかむ。そして社長のデスクへと向かった。


BACK TOP NEXT
PR
   
Comments
NAME
TITLE
MAIL (非公開)
URL
EMOJI
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT
PASS (コメント編集に必須です)
SECRET
管理人のみ閲覧できます
 
Copyright ©  -- Puzzle --  All Rights Reserved

Design by CriCri / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]