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佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください

   
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チョコレイト・ラブ 27
27

「あず、さちゃん……」
 そういえば、私なんかがここへ来てもよかったのだろうか。はたと気づいたのは、私を見たお義母さんの顔があまりに驚いていたからだ。
 半ば無理やりな理由で早退を申し出て、私はすぐさま東京駅へ向かい、新幹線に飛び乗った。直子から聞いたS病院は予想通り駅前にある大学病院だった。受付で調べてもらうとやはりお義母さんが運び込まれていて入院しているらしい。事故で両親を亡くしている私はどうしても最悪の場合を考えてしまう。
 六人部屋の窓際のベッドで横になっていたお義母さんが私を呼んだ声に張り詰めていた緊張の糸が切れた。と同時に、そこではじめて現状を冷静に分析する。自分の立場を考えれば、鞄を握る手に力をこめずにはいられない。
「突然、すみません……。あの……事故に遭われたって聞いて……」
 口を開いてはみたもののどれもここにいる尤もな理由にはならない気がしてしどろもどろになる。頼まれたわけでも直接事故の話を聞いたわけでもない。然が仕事で駆けつけられないからと正当化してみたところで、再婚を考えている綾ならまだしも離婚した元嫁の私にそんな筋合いはない。ついには言葉さえ続かなくなった私の存在を、優しい笑いが助けてくれた。
「それでわざわざ来てくれたの? ありがとう。でも見ての通り、大したことないわ。梓ちゃんのところも今日まで仕事なんでしょう? こんなところにいても平気なの?」
 私は言葉なく頷いた。
 買い物に行く途中、道を歩いていたところに自転車がぶつかってきたのだとお義母さんは状況を説明してくれた。外傷は足の骨にひびが入る怪我だけだが転倒時に頭を打って意識を失い、念のため、検査入院することになったということだった。
 お義母さんは壁に立てかけられていたパイプ椅子に座るようすすめてくれる。
「年の暮れに全くツイてないわね」
 そう言って、ふふふ、と柔らかく微笑むお義母さんは昔と変わらない。
 然に似て、というより然がお義母さんによく似ているのだが、とても綺麗な人だ。しかし顔を合わすのは実に六年ぶりで、お年を召されたのも確かだった。時の流れを感じずにはいられない。然の家は母子家庭で、ご両親が離婚されたのは然が小学生のときのことらしい。然を引き取ったお義母さんだがやはり相当な苦労をされたようで、母さんはそんなこと微塵も見せなかったけど、と然が話してくれたことがある。だからこそ私もそんなお義母さんを悲しませるようなことはしたくなかったのに。
「ところで、私の事故をどうして知ってくれたの? もしかして然と連絡を取ってるの?」
「いえ! えっと、あの……然くんから直接聞いたわけではなくて。たまたま、お義母さんが事故に遭われたことをまた聞きしたというか……。勝手にすみません」
 上目でちらちらと窺いながら話す私に何かを察したのか、お義母さんは話をやんわりと逸らしてくれた。
「それにしても、梓ちゃんが来てくれるなんてこれこそまさに怪我の功名ね。元気だった? キレイになっててびっくりしちゃった」
 久しぶりに会うと言うのに見舞いや手土産の品さえ下げず、普段着で、おまけに鏡を見る事すらもせずにおとなうことになってしまった自分の姿がふいに恥ずかしくなって、私は俯き、たまらず右手で髪をなでつけた。
「……おかげさまで元気にやってます。今年も荷物、ありがとうございました。ちょうど昨日頂いて……。あ、これ、出そうと思ってたお礼状、まさか直接お渡しできることになろうとは」
「あらあら。いつもありがとうね。一年に一度近況を知らせてくれるのをいつも楽しみにしてるの。然に梓ちゃんはどうしてるのって聞いても相変わらずのぬらりくらりでさっぱりだから」
「こちらこそいつまでも気にかけて頂いて……。本当にありがとうございます」
 私は深く頭を下げた。家族のいない、恋人もいない、たった一人で過ごすお正月を寂しく思わずにいられたのは間違いなくお義母さんの気遣いがあったからだ。
 互いに次の言葉を探していると、
「春田さーん、どうですかー」
 部屋にはいってくる前から名前を呼んで、看護師が姿を見せた。
 頭痛や吐き気の有無などを尋ねている。お義母さんの受け答えを、私は椅子から立ち上がり一歩後退って聞いていた。話は事務的なものへと変わる。入院は二、三日になるそうだ。
 無愛想ではないが冷たい感じのする看護師が私をちらりと見る。
「ご家族の方はいつ来られますー?」
「息子は仕事らしくて。明日には来てくれると思います」
「じゃあ、息子さんがお越しになったら声かけてくださいねー」
 私は居たたまれなくなって、もう一歩も二歩も後ろへ下がりたい気持ちだった。離婚している私は、かつて家族であったとしても今は違う。ここにいた所で何の役にも立たない。
 看護師は事務手続きに必要なものをいくつか挙げてから、私にも軽く頭を下げて部屋を出て行った。他のベッドの様子とは違い、枕元のキャビネットには何もない。病院のものを借りているらしい水差しが置かれているだけでお義母さんにしても水色の検査着のままだ。
「あの、私、必要な物を買ってきます」
「あら、大丈夫よ。然が来たら頼むから。それよりもう帰らないと遅くなるわ。梓ちゃんの気持ちはちゃんと頂いておくから。ありがとう」
 そうは言っても然が来るのは明日になるようだし、おまけに男だ。なにかと不便もあるだろう。
「新幹線なら九時まであります。遠慮なんかなさらないで、こんな時くらい何かさせて下さい。それでなくともお義母さんにはお世話になりっぱなしなんですから」
 心配する気持ちとは裏腹に、自分の立場を考えると、もちろん御迷惑でなければですが、と付け足さずにはいられなかった。

 *

「わー、久しぶりだー」
 こぢんまりとした木造一軒家は築三十年はゆうに経っていて、けして新しくはないが手入れが行き届いてるので周りに小ぎれいな印象を与えている。玄関のプランターには紫と黄色のパンジーが真新しく植わっていた。
 お義母さんは離婚した後、誰を頼ることなく必死に働きながら然を育てたそうだが、ご両親、つまり然のお祖父さんとお祖母さんが見かねて住むところだけは面倒を見てくれたそうだ。それがこの家で、一戸建てなのは土のあるところで然を育てたいと言ったお義母さんの唯一のわがままらしい。
 タクシーを降りた私は両手に持っていた紙袋やらレジ袋やらの荷物を置いて、借りた鍵を鞄から取り出した。無理やりに首を縦に振らせたようなものだが、結局私はお義母さんの入院荷物を準備することを許してもらい、然の実家を訪れている。留守宅に他人を上げるなど嫌がられそうなものだが、今も私のことを信用して下さったのが嬉しかった。
 解錠しドアを開けると私を包む家の匂いに思わず頬が緩む。そしてそのまましばらく、一人であるのをいいことに素直に心を解放して懐かしさに浸った。消耗品にこそ変わりはあるがソファやテーブル、台所などはあの頃のままだ。散らかっているから恥ずかしいけれど、と然と同じ顔で苦笑したお義母さんだったが、私がお邪魔するのがわかっていたのではないかと思うほどきちんと片づいている。
 昔そうしていたようにまずは仏間の襖を開けた。再び敷居をまたいだ元嫁を歓迎されているかいないかは別としてお仏壇にお線香を上げる。誰もいない静かな家には、煙が細く立ち上る様が際立って見えた。
 辺りはすでに暗い。洗濯物が干したままになっているということだったので急いでそれを取り入れてから頼まれたものを言われた引き出しなどから探して鞄に詰める。衣類の替えは駅前のデパートで買い揃えた。新しいものを買わなくても家に帰ればあるからと言われたがせめてもの気持ちだ。包装を開け、タグを外す。ドラッグストアで求めた細々とした洗面用具と、最後に洗面所からタオルを借りようと立ち上がった時だった。リビングのチェストの上に飾られたたくさんの写真立ての中の一つに目が留まる。
「これ……私たちの結婚式の……」
 招待する客もなく、何よりお金がなかったので式は挙げないつもりだった。
 けれど、せっかくの記念だからと強く勧められ、ごく近しい人たちだけを呼んで、ここM県にある有名な神社で式を挙げた。飾られているのはその時のスナップ写真だ。綿帽子に白塗りのお化粧を施した私はもともと良くない顔がさらに不細工になり、記念の写真などは見返すのも恐ろしい代物だ。けれどお義母さんが撮ったこの写真は、然と笑いあっている自然な一瞬で、本人である私がみてもなんとも言えず幸せそうな二人に写っている。実際この時は幸せだったのだけれど。
「まだ飾って下さって……」
 つんと鼻の奥の痛みを感じる。思わずそれを手にした時、ガチャリと音を立てて開いたのは玄関のドアだ。
「えっ……だ、誰? 何?」
 私はびっくりして、反射的に写真を元の場所に戻した。慌てて置いたので、それが倒れてしまったことまで確認しなかった。
「まさか、泥棒……? うそ……」
 確か中から施錠したはずだ。そうこうしている間にも人が乱暴に入ってくる音がする。確認しに行きたいのに怖くて足が動かない。その気配が廊下から、ついにはリビングにかかり、私はどうすることもできずに息を飲む。
「梓?」
 耳慣れた声がして、すぐに見慣れた顔が現れた。それはこの家によく馴染んだ人。


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