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佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください

   
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チョコレイト・ラブ 31
31


 転ばんばかりの勢いをもって玄関のドアを開けると、そこには俺とは打って変わって平然とした梓が立っていた。鼻の頭を赤くして手にしていたビニール袋を掲げて言う。
「おはよー。朝ごはん、パンでよかった?」
「えーっと、あー……ハイ」
「もー、そんな格好してたら風邪ひくよ。ご飯の用意しておくからその間に髪乾かして。とりあえず、お邪魔するね」
 髪から雫を滴らせたままの俺をすり抜けて、梓は早速家に上がっている。確かに濡れた髪が一瞬とはいえ零下であろう外気に触れ、痛いほどの冷たさになっている。
 到着は予想以上に早かった。梓との電話を切って俺はすぐに風呂場に向かった。昨夜は風呂も入らずに寝てしまったのだ。この季節、下手な入浴は風邪ひきのもとになるため、湯を張ってしっかりと温まりたいところだったがそんな余裕はない。止むを得ずシャワーで済ませることにしたがそれでも頭を洗っている最中に家のチャイムが鳴ったのだ。それこそ雪の降り積もっているような玄関外で梓を待たせるわけにはいかない。俺は泡を流すのもそこそこに水気を残した身体にTシャツとスウェットを急ぎ着て、梓を迎えたのだった。
 しかし実際、俺は寒さを感じるよりも緊張の方が先に立っていた。まるで好きな女子が家に遊びに来た時の中学生男子のようで何とも恥ずかしい。
「もー、飲みっぱなし! それに飲みすぎでしょ」
 リビングのテーブルには昨夜飲んだビールの缶がそのままになっている。半ば自棄酒気味のそれらは結構な量だ。カランカランと盛大な音を鳴らし空き缶をビニール袋に集める梓を、未だ廊下からぼんやりを眺めていると、
「然ってば! ほんとに風邪ひいても知らないよ。髪乾かす! 上に何か着る!」
 ついには梓自らに背中をぐいぐい押され、洗面所へと送られる。言われるままに髪を乾かし、Tシャツの上にパーカーを羽織って再び台所に向かった。廊下までトーストの香ばしい匂いが漂っている。
「どうしたの?」
「……いや、梓の料理を食べられる日が来るとは」
「パンくらい、昔も焼いたことあったでしょー」
 そう言って誤魔化したものの、未だこの状況に大いに戸惑っていた。どう解釈していいのかわからない。起きたばかりで風呂上がりの俺と、昨日と同じ服を着た女性。現状がいまいち理解できない感じは、まるで知らない女と勢いで一晩共にしてしまった時に似ているかもしれない。このシチュエーションにおいてその相手が梓で、場所がこれまた実家の台所というのもありえない。しかし、現実確かに存在している。それくらい今の梓は俺には遠く、その上未知数だ。
 それに、昨日までの梓とはなんだか違った。
「ホテルの支払い……ありがとう」
 席に着くと、開口一番そう言った。
「私が勝手に泊まったんだから、そこまで気を遣ってくれなくてもいいのに」
「いいよ、それくらい……」
 もちろん、せっかく来てくれた梓に宿泊費くらい払って当然だと思っての配慮であることは確かだが、この家があるのにわざわざホテルに泊まったあてつけ的な意味がないとも言えない。狭量な自分が情けなくて、コーヒーのカップを口元に持って行くことでごまかした。向かいに座った梓はリスのように両手で持ったトーストを小さくかじっている。テレビも音楽もついていない部屋は、東京とはまるで違う時間の流れがあるように思えた。雪解けの道を時折車が走る水はねの音がするだけだ。
「ねぇ、それで用事って何なの? 買い物と二手に別れたほうがいい?」
「あー……」
 それらは口実にすぎず、実のところ買い物も用事もない。急な入用があるといえば母親の入院用品だがそれは梓が昨日のうちにほとんど用意してくれていたし、何せもう明日明後日には退院するのだから買い足す必要もないだろう。
 しかし、そのために梓は朝も早くからやって来たのだ。
 えーっと、と適当に頭に浮かんだものを口に出してみた。
「正月の……準備かな? おせちの材料、とか?」
 あまりのでたらめさに語尾が無意識のうちに疑問形になってしまう。
「ふうん。それで、用事の方は何なの?」
「あー、それは……別に今日じゃなくてもいい……と思う」
「なら、一緒に買い物ね。ほら、早く食べちゃって」
 言いながら梓はすでに腰を上げ、ごちそうさま、と空になった皿を片づけはじめた。目を丸くして見つめる俺に、梓が、何? と首をかしげる。
「……いや、なんか、はりきってんなぁって……」
 こんなに積極的な梓を見るのは久しぶりだ。最近は、俺に対して一歩も二歩も引いていたし、嫌悪からか話しかけると委縮されることがほとんどだったからだ。実際、昨日だってほとんど話をしてくれなかった。
「別にはりきってなんかないわよ。こんな時だもの、せっかくここにいるんだし、私に何かできることがあればと思うだけ。言っとくけど全部お義母さんのためだから」
「うん、そうだよな。サンキュ」
 わかっている。梓がここに来たのも、ここにいるのも、母親のためだ。
 片付けは俺がするべく食器を運びがてら台所の立ち位置を変わろうとすると、
「私がするから、その間に出かける用意して」と言われ、しぶしぶ二階に上がる。
 願ってもないことだがとにかく今日の昼までは一緒に過ごすことになるらしい。
 ただし、それは母親のため。
 自室に戻ると戒めの呪文のごとく繰り返し唱えた。
 昨日着て帰ってきたものはスーツなので、実家に置いてあった服に適当に着替えて下に降りると、梓は台所と間続きのリビングのチェストの前に立って写真を手にしていた。
 梓がそのフレームを伏せ、見つけた俺もまたそのままにしておいた例のものだ。
「……それ、ごめん。気分悪いよな」
 写真を見つめたままで、梓は首を振る。
「もうやめさせるよ。母さんにはよく言っておくから」
 別れてもなお飾ったままだったことを俺も黙認していた。それが決まり悪くもあり、話を打ちきるべく、「行こう」と大げさにコートを羽織り、玄関に向かった。後ろで、うん、と小さい返事が聞こえる。
 理由はどうあれこんなふうに梓と過ごせることは嬉しい。調子に乗らず、勘違いしないようにしなければ。貴重なこの時間をけして台無しにしないように。
 振り返らずに部屋を出た俺は、梓が戻した写真が他と同じように並んで飾られていたのに、気づかなかった。

 *

 近くの大型ショッピングセンターは混雑していた。すでに帰省もはじまっているようで、三
世代の家族連れが目立つのはこの時期の地方都市ならではだろう。つい数日前までクリスマス一色だったはずのディスプレイはどこもかしこもすっかり正月用で、売り場にも迎春アイテムがずらりと並んでいる。
 実際には何が必要だとかどれが欲しいとかいったわけでもないので、とりあえず思いついたものを手当たり次第に買って行く。こんな時期にスーパーでショッピングカートを押しながら生活用品を買いこむなど夫婦でなくてなんだというのだろう。今、その状況にあることが嬉しいのか、逆に自虐行為に等しいことなのか。
 通りかかった本屋にも立ち寄る。当然ながら俺も梓も大の本好きである。ここは大手書店が入っていて床面積が広く、品ぞろえも充実している。
「ねぇ、然。最近、なんかおもしろい本ある?」
「これいいよ。好きだと思う」
 俺が薦めた本を手にとると、梓は大して中身も開かずに、じゃあ買ってくる、とレジの方へ歩いて行った。趣味が合う合わないということではない。遠慮やいい意味での気遣いがない。打てば響く。ツーといえばカー、そんな俺たちだけのリズムがある。それは過去があるからこその呼吸とも言えるもので、今も十分に健在していることはここ数時間の買い物でよくわかった。悲しいくらいに心地いい。そのせいか、つい、梓に向かって伸ばしそうになった自分の手に気づいて、俺は慌てて何度も引っ込めていた。無意識のうちに自然と対を求めてしまう手をけして怒ることはできない。どうしようもないのだ。それくらいに俺たちの間に流れる時間は六年前と変わらなく気がする。なのに、もうそういう関係ではないことがひどくもどかしかった。

「これで全部買ったかな。昼メシどうする?」
 買い物はカートに乗りきらないほどの大荷物になったしまった。どう考えても、母子二人の正月準備とは思えない。
「生ものも買ったし、病院に行く前に一度家に置きに帰った方がいいよね」
「そうだな」
「ねぇ、然。あのパン屋さんってまだあるの?」
「あるよ。なら、藤屋で買って帰って家で食べようか」
 うん、と梓が素直な笑みを浮かべる。藤屋というのは家の近所にあるパン屋で、梓はそこの手作りハンバーガーが大好きだった。
 と、駐車場に戻る手前で俺のコートの袖が引っ張られる。
「お見舞いに買って行かない? お義母さん、好きでしょ」
 梓が指さすのは特設催事の鯛焼き屋だ。
「とか言って、実は梓が食べたいんだろ?」
「違うよ、お義母さんのためだもん!」
「はいはい、母さんのため、ね」
「然は粒あんでいいでしょ? 私は……」
「チョコレートだろ?」
 相変わらず邪道だな、と笑ってやる。
「邪道じゃないもん。おいしいもん」
 ちなみに俺は、梓が尻尾から食べる派であることも知っているし、覚えているといえば梓はどう思うだろう。
 梓は、然が二つで、私も二つ、と指折り計算している。母親がいくつ食べるか相談していると、
「新婚さん? 姑さんへのお土産かい? いいねぇ、ラブラブだねぇ」
 ひげの濃い店主の嫌味の無い笑顔に、俺はあえて苦笑で答えた。
 そして梓の笑顔が曇る前に、「コレ、妹です」と先手を打つ。
「そうかいそうかい、そりゃ失礼。でも兄妹だって仲いいに越したこたねぇ」
 かわいい妹さんに、そう言って、チョコレート味を一つ多く入れてくれた。
「……なぜイモウト? 私がお姉さんじゃなくて?」
 梓が不服そうに口を尖らせ、俺を振り返る。
「いいじゃん、それでおまけしてもらえたんだし。それに、まちがってないだろ?」
「たった一週間先に生まれたくらいで年上ヅラしないでよ」
「なら、梓が姉貴でいいよ。別に俺はそんな小さいことにこだわらないから」
「うーん……。私が年上っていうのもなぁ……」
 釣銭を受け取り、熱々の紙袋を腕に抱え店を後にした梓が横目で見遣ってくる。
「じゃあ、正直に元妻ですって言えばよかった?」
「……そんなの言われたおじさんが答えに困っちゃうじゃん」
「だったら、何て言えばいいんだよ」
 彼女だなんて言ったら怒るだろと心の中で付け足した。おそらく友達が一番正しいのだろうが、梓としてもいい形容がみつからなかったらしく、
「……誰も事情なんて知らないんだし、新婚さんでいいじゃん。適当に話合わせて」
 と俺の気も知らないで、そんなことを言い放つので小さな反抗をしてみせる。
「んなわけにはいかないよ」
 俺にとっては適当になんかできることではない。それでなくても勘違いをしてしまいそうになっているのに、そんな疑似夫婦を演じていられる余裕などないのだ。冗談にならない。今だってギリギリのところで何とか抑えているというのに。
「きゃっ」
 カートを押す手に力をこめて込み上げる葛藤を押さえていると、梓がフロアのカーペットにひっかかり、前につんのめった。
「おわっ、鯛焼きが!」
「私の心配じゃなくて、そこ?」
「うそうそ、大丈夫?」
 それは自然だった。俺はさっきから迷える片手を今、梓に差し出していた。
 差し出してから後悔したが、こういう時のポーカーフェイスとリカバリー力には自信がある。
「新婚さんならいいんじゃない? 誰も事情なんて知らないんだろ?」
 梓の言葉をそっくりそのまま利用して誘ってみることで、この行為に納得するよう誘導する。躊躇っていると感じたのも一瞬で、梓はすぐに差し出した俺の手を握り返してくれた。と思ったのも束の間、それはただ行き場のなくした俺の手をカートを握っていた元に位置に戻してくれただけだった。
「兄妹は手なんかつながないでしょ」
 薄い笑みを残してそう言うと、先に前を歩き出した。
 俺は再び両手で荷物一杯のカートを押している。
 何なのだろう。この時間は。この関係は。ひどく危うい。
 押せば引かれ、引けば押されている気になる。押したり、引いたり、どちらに照準を合わせればいいのか分からない。
 梓はこの状況をどう思っているのだ。その答えを前を行く彼女の背中に探していると、タイミング良く振り返った。
 「……いくら嘘でも、奥さんのポジションはさすがに後ろめたいよ」
 綾さんに。そう付け足して、小さく肩をすくめた。


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