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佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください

   
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チョコレイト・ラブ 10
10



『どうしたの、突然……』
 直子が目を丸くしている様子が、インターフォン越しの声でもわかる。 突然マンションを訪れた私に驚いているようだ。
 それもそうだろう。携帯電話やメールがあるこのご時世、どこのお宅でもアポなし訪問の割合は昔に比べて格段に減ったにちがいない。
「いきなり来るからびっくりするじゃん。私、昨日、徹夜だったからもうおやすみモードなんだけど」
 私が部屋にたどり着いた時にはもう普段どおりの直子に戻っていて、やたらとフリルをあしらったラブリーなナイトウエア姿で、あくびをしながら出迎えてくれる。
 いつものばっちりメイクで造られた顔も美しいが、その下にある素顔もあどけなくてかわいらしい。
「メールも全然返ってこないしさぁ」
 ドアを背で支え、私を中へと誘いながら直子が口を尖らせる。そういえば、送られてきたメールに対して全く返信していなかったことを思い出した。
「ごめん、っていうか、お客さん……?」
 玄関に脱がれたロングノーズの黒い皮靴を見つけ、私は眉をひそめる。どこからどうみても男物だ。
「うん、でも気にしないでいいよ」
「い、いいの?」
「どうぞ、入ってぇ」
 そう言って、直子は事もなげに照明の明るいリビングの方へと戻って行く。
 まさかと一瞬過る嫌な可能性に、廊下を進む私の足が躊躇いをみせるが、どう考えても物理的に然がここにいるはずがない。
 然を置いて、私はすぐにタクシーに乗り込んだし、寄り道もせずここへとやってきたのだ。追いつかれるはずも、追い越されるはずもない。
 では一体誰が、と思いながらリビングに顔を出すと明るい茶髪が目に入った。しかし、あの赤い髪ではない。
「こんばんは」
 限りなく優しく甘い声色で、ソファにゆったりと腰を沈ませた男が私に微笑む。
 それは、ユキという名のホストだった。
 以前、ユキの勤める店に連れて行かれたことがあるので顔は知っている。
 少し前までは直子の話に何度も登場した人物で、二人は、一応、付き合っていた。一応というのは、なんせ相手が堅気ではないのだから、ユキの方は本気かどうかはわからないということだ。世間でいうところの、お互いに好き合っている男女のものと同じなのかは限りなく怪しい。
 今は、すっかり然に夢中の直子なので、とっくの昔に別れたものだとばかり思っていたが、まだ切れていなかったのだろうか。
「コンバンハ」
 私はぎこちなく返してから、お邪魔してすみません、と頭を下げた。
 営業用のスマイルをもって「構いませんよ」と言うユキが、席を外そうかと直子に尋ねている。ユキは、以前店で見たときのようなスーツ姿ではなく、今はリラックスしたルームウェア姿だ。リビングテーブルにはしっとりとしたムードでワイングラスが二つ並んでいる。夕食は既に終わっているようで、二人の装いからしても、本当に就寝前のひと時だったようだ。
「ビール? それともコーヒー?」
 直子がキッチンから尋ねてきたのを、長居はしないからと断った。
「お久しぶりですね、梓さん。今日も相変わらずお可愛らしい」
 歯の浮くようなセリフも、たった一度しか会ったことがないというのにさらっと私の名前が出てくるあたりも、さすがだなと思いながら、適当に話を合わせる。
「ユキさんも相変わらず素敵で。今日は、お休みなんですか」
「ええ、直子が今日で原稿が上がると言うので無理やり休みをもらいましたよ。最近はなかなか会うことも叶わなかったんです。もっと僕を大切にするように梓さんからも言ってくださいよ」 
 まるで彼氏ばりの発言に、どうにも理解し得ない表情で応えていると、直子がマグカップを片手にやってきた。コーヒーをいれてくれたらしい。
「で、一体どうしたのよ? 思い詰めたカオして」
 直子が、同席を許されたユキの隣に座る。
「えっと……」
 思い詰めているのは確かかもしれない。しかし、一体何を言いたいのか、そして何から言えばいいのかわからなかった。
 とりあえず、今、この心を占めているもやもやから取り除いた方がよさそうだ。
「あの……春田さん……のことなんだけど」
 私はそう言いながら、ちらりとユキを見遣る。めざとく、その視線に気づいたユキはにこりと笑った。遠慮などいらないと言う意味だろうか。
 今、ここに然がいなかったことに安堵したが、同時にユキがいることに疑心が沸き起こった。
 直子が、その胸に寄り添うように座っているユキは確かに目がくらむほどの美丈夫だ。しかし、然だって負けず劣らずの男前だというのに、何の不満があるというのだろう。
 友達として、直子のことは好きだ。一見誤解されがちな性格も裏表がなくてさっぱりとしていて私は好ましいと思っているし、交友関係にしても、いい加減なようで実は友達思いで優しく、義理がたい。
 しかし、やはり然にも一時は連れ添ったという何かしら情のようなものがあって、さすがに直子の男遊びを目の当たりにした今、それを簡単に容認するわけにはいかなかった。
「は、春田さんと付き合うなら、ちゃんと付き合って」
 膝の上で作った拳に力を込めて言った私を黙って見ていた直子だったが、やがて足を組み変え、
「なんで神谷ちゃんがそんなこと言うわけ?」
「なんでって……」
「だって、春田サンとはただの知り合いって程度なんでしょ。昔から知ってるって言っても、特別仲がいいってわけでもなかったみたいだし。なのに、どうしてよ?」
 何も直子の幸せを邪魔するつもりはない。けれど、今後のためにも直子にはちゃんと言っておいた方がいいと思ってここへ来た。友達として、わだかまりを残すのは望むところではない。というより、もう言わずにはいられなかった。
「あのね、直子には言ってなかったんだけど、私……昔、結婚してて、でももう離婚してるからバツイチなんだけど……その相手っていうのが……春田さんなの! ごめん、黙ってて!」
 一気にそこまで言って、頭を下げた。隠していた事実の大きさに、直子はもちろん驚くだろう。もしかしたら、怒り出すかもしれない。仲のいい友達に隠し事をされた挙句、それが好きな人の過去の女だったなんていい気はしないにきまっている。
 反応を窺うべく、おそるおそる顔を上げると、直子はあっけらかんとして言った。
「知ってるわよ」
「え……何、で?」
「春田サンに聞いちゃったー」
 まさに、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているであろう私に、うふふ、と意味深長な笑みを送ってくる。
「ぜ……、春田さん、に……?」
 つまり、二人はもうそんなことまで打ち明けてしまうほど親密な仲で、互いに真剣ということなのだろうか。
 ならばなおのこと、真面目に然と向き合ってもらいたい。それを追求すべく、口を開こうと思ったところで、先を越された。
「なんでもっと早く言ってくんないのよ? 神谷ちゃんと親友だと思ってるのは私だけ?」
「あ、いや、ごめん……。私も直子のことは親友だと思ってる。でも、別に、その、隠してたわけじゃなくて、言うほどでもないっていか、もうどうでもいいことだったって言うか」
「どうでもいいならなおさら、私と春田サンのこともどうでもいいんじゃないの?」
 いちいちうざったいほどに突っ込んでくるが、もっともな言い分に私は、う、と言葉を詰まらせる。
「確かに……そうなんだけど、春田さんのことは……なんて言うのかな、他人なんだけど他人じゃないって言うか。あ、でも別にまだ好きとかそういうんじゃないからね」
 慌てて言葉を付け足すと、直子は意外だと言わんばかりの顔をした。
「好きじゃないんだ?」
「好きじゃないよ! だって、もう六年も前の事よ?」
「神谷ちゃんってば、彼氏とか全然作んないし、結婚にも興味ないし、春田サンとの事を知って納得がいったのよ。てっきりまだ未練ありなんだって」
「ない、絶対ない! でも、実際、やっぱりどこか複雑っていうのはあって。だから、直子が春田さんと付き合うのをどうこう言うつもりはないんだけど、できたらあまり関わりたくないって言うか……」
 今までだって、直子の付き合いには一切干渉せずに来られたのだから、今後もきっと関わらずしていける。そうなれば、何も問題はないはずだ。
「だから、今日みたいなメールはちょっとやめてほしいかなって……」
 導き出した結論をやっとの思いで伝えた次の瞬間、直子はあっさりと言い放った。
「嘘よ」
「は、い?」
「だから、嘘」
「嘘って、一体何が嘘……?」
「ぜーんぶ!」
「だって、メールは……? 朝帰りって、然の匂いがするとかなんとか」
『春田さん』が然呼ばわりになっていることなど、もはやどうでもよかった。直子の真意が全く理解できない。
 ぽかんとする私を余所に、直子とユキは、顔を見合わせて心底おかしそうに笑っている。
「昨日の夜は仕事。何もイイ事した徹夜じゃなくて、修羅場の方」
「ち、ちょっと待って。全然、意味分かんないんだけど……」
 聞けば、脱稿したはずの原稿に、入稿直前に大幅に訂正が入り、後半のほぼ全てを急遽書き直すことになったらしい。それが昨夜の事で、直子は寝ずの執筆、然は寝ずの番だったというではないか。さらに、あのタイミングでシャワーを使ったのも、私に対しての直子の演出だったというのだから、意図がわからないのを通り越して、もはや呆れてしまった。
「でも、何のために? 何でそんな嘘つく必要があるの?」
「反応したのよ、物書きとしての何かが」
「だから、何よそれ!」
 的を射ない直子の答えにますます疑問符が飛び交って、思わず口調がきつくなる。
「私、最初に聞いたよね? 春田サンとの間に何かあったのって。神谷ちゃんも春田サンも何も言ってくれなかったけど、お互い言うことが食い違ってて、明らかに何かを隠してるのがわかったから気になったの。神谷ちゃんてば、ホント隠し事下手なんだから」
 けらけらと笑ってから、再び話を続ける。
「でね、昨日、筆がもう限界、これ以上書けない、もう原稿落とすって時に、春田サンを脅迫して取引したの。頑張って書くから、代わりに神谷ちゃんとどういう関係なのか白状しろって。春田サンてば、最後まで何でもないって粘ってたけど、結局、最後は折れて話してくれたの。でも、まさか結婚までしてるとはね。さっきの神谷ちゃんの発言、結構本気でびっくりだったわよ。春田サンは昔つきあってただけですって言ってたのに! 私に嘘ついて誤魔化そうだなんて……あの男なかなか食えないわ」
 つい昨日までの熱い視線はどこへやら。今や、然を思い出してか、ぎりぎりと悔しそうに爪を嚙む直子にがっくりとうなだれた。そんなことで、ここ数日、私は振り回されていたと言うのか。
「……全く、いい趣味ね。っていうか暇ね……」
 盛大なため息を添えてそう言うと、直子は嫌味なほどにっこりと笑う。
「まあね、人の恋路でゴハン食べてますから」
「てっきり、私は直子と然がデキてるんだとばかり……」
「あら、それで、神谷ちゃんてば、失恋モードだったわけ?」
「違うってば!」
「確かにかっこいいと思ったけど、私にはユッキーがいるもん」
 そう言って見つめ合う二人を、私はこれ以上なく冷たい目で見た。
「……はぁ、それはそれは。よかったですね」
 ホスト相手に本気になってどうするのだろう。遊ばれているかもしれないのに。
 いろいろ思い詰めて考えを巡らせたせいでひどく疲れた。コーヒーに口をつけるも、それもすっかり冷めてしまっている。
「ごめんね。お疲れのところ、お邪魔しました」
 もうここに用はない。鞄を手にして立ち上がると、もちろん引き止められることもなく、あっさりと辞去を許された。
 昨日とは違い、今日は玄関で見送られる私に直子が言う。
「安心して。春田サンにはちゃんと心に決まった人がいるみたい」
 なにやら意味ありげな視線に、ふわりと一瞬明るい色が気持ちを掠めたが、それには気づかないふりをして、私は直子のマンションを後にした。


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No Title
わああ~再掲載ありがとございますううう!!
素敵なクリスマスプレゼントです(*´ω`*)
しかし、ラストを知っていても、このドキドキと緊張感ったら…。
(リアルタイムで追ってた時はほんと心臓破壊モノでした。笑)

再掲載作業も大変かと思いますが、更新を楽しみにしてますね^^
  • 飴色 さん |
  • 2013/12/18 (22:28) |
  • Edit |
  • 返信
Re:No Title
>飴色様
再掲載ごときを喜んで頂けて嬉しいです~!
ラストがわかっていて読み返していただくのもまた一興かななんて…^^;
お気遣いありがとうございます。リンクミスとかあればまた教えてくださいね…。
いつもありがとうございます!!
  • from 佐久間マリ |
  • 2013/12/19 (19:58)
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