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佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください

   
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チョコレイト・ラブ 12
12


 翌朝、早速連絡をくれたのは女性の編集者だった。
「はじめまして、プリシモ編集部の白石綾です」
 顎のラインで綺麗に切りそろえられたボブがさらりと揺れる。
 白い肌に、薄いブルーのストライプシャツとパールのアクセサリーがよく似合っていて、ところどころに光るセンスがいかにもファッションエディターという感じだ。顔の造り自体はとびきりの美人というわけではないが、髪型やメイクなど自分に似合うものをよくわかっているのだろう、洗練されている。 
「わざわざ神谷さんにご足労を頂いて、本当に申し訳ありません。本来ならこちらからまずご挨拶にお伺いしなければならないのに」
「いえ、時間もないことですし」
 至急打ち合わせがしたいということだったのだが何やらひどく忙しい様子だったので、私が飛翔社に出向くと申し出た。
 プリシモというのが新創刊される雑誌の名前らしい。今しがた受け取った名刺には、副編集長との肩書きがついていて、年齢的に私とそう変わらないことから、よほど有能なのだろうことが窺える。
「早速なんですが、春田の方からご説明申し上げたとおり…」
 綾は分厚いファイルを広げた。打ち合わせの席に、然の姿はもちろんなかった。昨日の電話を最後に連絡もない。
 昨夜、結果アテがはずれたふうになってしまった私は、予定のない夜を持て余して赤はちまきに寄った。
 タケルは私たちが鉢合わせしてしまったことを笑い、当然かそれとも意外か、私がいる間に然が現れることはなく、ちびちびと細く長くお酒を飲んで大人しく家に帰った。
 帰宅してからも、電話を待っていなかったと言えば嘘になる。既に私の新しい携帯番号は知っているはずだ。直子の件で一度かけたそれが履歴に残っている。会社のメールアドレスも自宅でチェックしてみたが返信はなかった。
 何かを期待していたわけではない。ただ、今までの関係を改めてもいいかなと歩み寄る気になったというのに、今度は然がなんだか妙につれない気がする。
 昨日少なからずあった友好的な気持ちはどこへやら。むしろ、また腹立たしさが蘇ってきた。
 そんなわけで、飛翔社に出向くことになった時は、またもばったり会ったりしないか、ましてや打ち合わせに同席されたらどうしようかとヒヤヒヤしながら来たのだが、それも杞憂に終わったようだ。
 大体、このビル十数階のフロア全てに飛翔社の各部署が入っているのだから、おそらく会いたいと思っても会えない確率の方が高いに違いない。
「それで、これなのですが」
 綾の声で、我にかえる。
「『親子でブックカフェ』というのがコーナーのタイトルです」
 趣旨や雰囲気、既に決まっている紙面のレイアウトなどの説明を受け、詳細を詰める。通常は、毎月一ページの扱いだが、創刊号は五ページも割かれている。しかも、締め切りまで一週間を切っていた。できるだろうか。いや、できるかどうかではなくて、やらねばならない。大事なチャンスなのだ。
「了解です。至急、創刊号の三冊と次点二冊を選んでご連絡します。遅くとも明日中にはご提案できるかと」
「早速明日に頂けるんですか? ああ、助かります。それから、読者の反応に拘わらず、向こう半年はコーナーは続行されます。こちらは急ぎませんが、またそちらの資料もご用意頂けるとありがたいのですが」
「わかりました。そちらもできるだけ早くに用意します」
 私が自分のファイルに資料を閉じた瞬間、綾が、よかったー、と天を仰いだ。
「お恥ずかしいことに、私自身、絵本や児童書を手に取る機会が少なくて」
「それが普通です。絵本なんて、お子さんがいらして初めて身近になるものですし」
「うーん……。それがね、いるんですよ、子供」
 ダメな親でしょ、と肩をすくめて苦笑する。
「……驚きました。お子さんがいらっしゃるふうには……」
 到底見えない。見た目、雰囲気、どれをとっても独身に見える。あまりに意外で、私は目をぱちくりとさせてしまった。しかも、それでいて副編集長とは。
 そのプライベートには大いに興味があったが、食いついて根掘り葉掘り聞くのも失礼だと思い、好奇心を我慢していると、
「そう言えば、春田に、神谷さんがお見えになる時間をメールしておいたんで顔を出すはずなんですけれど。遅いなあ。今日は一日社にいるはずなのに」
 綾は椅子に座ったままで背をそらし、エレベーターホールの方を覗いた。
 パーテンションで区切られた打ち合わせブースの中にいる私には外の様子は全く窺えない。ひっきりなしに鳴っている電話の音と、それに対応する声が聞こえるくらいだ。
「電話してみますね」
 綾は言うが早いか、私が止める間もなく内線のボタンを操作し始めた。
 あまのじゃくとかそう言ったことではなく、今、私は本気で然に会いたくないのだ。何か理由をつけてさっさと帰ろう。そう思って荷物をまとめ始めた時だった。
「あ、私」
 綾が自分を名乗るその言い方が、嫌に耳についた。かなり気心の知れた者同士の会話に聞こえるのは気のせいだろうか。
「だから、十一時に神谷さんがお見えになるって言ったでしょ。待ってるんだけど」
 何してるのよと綾が不服そうに口を尖らせる様子から、然が渋っているのがわかる。それがまたいまいましい。
 飛翔社の窮地を救ったのだから、挨拶の一つくらいあって然るべきだろう。
「って、別に挨拶なんてしてほしくもないけど」
 ぼそりと呟く。頭と心の矛盾をどこかで感じながらも鞄を手にして、電話中の綾に、帰ります、とアピールをすると、通じたのかにっこりと頷いて、次の瞬間に受話器を置いた。
「春田、すぐ下りてくるそうです」
「え? ……あ、はい。そうですか……」
 私の笑いが相当に力ないものだったことに気づいただろうか。目の前で鼻唄を口ずさみながら資料を片付ける綾にそれは期待できそうにないが。
 ややあって、パーテンションの陰から然が姿を現した。
 一応は心の準備をして臨んだだけあって、今日はいつもよりも落ち着いた心持ちでその顔を見ることができる。 コットンのボタンダウンの白いシャツに、今日はネクタイはなく、代わりにIDカードを下げている。
「わざわざご足労頂いたようですみません。改めて、この度はお世話になります」
「いえ、精一杯がんばらせて頂きますのでよろしくお願いいたします」
 他人行儀な挨拶にお互い頭を下げていると、綾が、
「あれ? 二人は入社前からのお知り合いなんじゃないの?」
 と首をかしげる。つまりは私たちがえらくよそよそしく映ったのだろう。
「で、打ち合わせは無事終了した?」
 なんと答えたものかと困る私を見かねたのか、然が話を変えてくれたにもかかわらず、綾はそれにろくに返事もしないで私を向いて話を続ける。
「私も春田とはね、同期なんですよ。一浪してるから年齢は一つ上だけど」
「……そうなんですか」
「私も同い年入社の縁で、どうぞ仲良くして下さいね」
 ふいに然と目があったが、笑うべきなのかわからず、それに、上手く笑うこともできそうもなかったので、私は目をそらした。
 その時、失礼しますと女性が控えめに綾を呼ぶ。急な来客のようだ。
「ごめんなさい! 三人でランチでもと思ってたんだけど」
「どうぞお構いなく!」
 そう言った声は、思いのほか威勢よくなってしまった。綾には申し訳ないが、三人でランチなど、まっぴらごめんだ。綾と二人でならまだしも。
 では失礼します、と言いかけた時だった。
「ごめん、然」
 綾の呼びかけは、私の隣に立つ男へのもので、私も彼をかつてはそう呼んでいた。
「代りに下までお送りしてくれない? 神谷さん、すみませんが、私はここで失礼させて頂いてもよろしいですか」
「えっ、あっ、はい。お疲れ様でした」
 綾は挨拶もそこそこに資料を抱えて出て行き、パーテンションで区切られた狭い空間には、私と然だけが残される。
「送ります」
「ここで構いません」
「いえ、送ります」
 言っているそばから然が先を歩き出したので、押し問答に終止符を打たざるを得ず、私は仕方なくその後に続いた。
「本当に、この度はすみませんでした。他社さんに手伝ってもらうなんてお恥ずかしい限りです」
 ホールでエレベーターを待っている間、然が言った。目は私ではなく、階層のランプの点灯の移動を追っている。
「……いえ。逆にチャンスを頂いたこと、感謝しています。春田さんの顔に泥を塗らないように頑張りますので」
「何かあればいつでもご連絡下さい。白石も、創刊間近でかなりテンパってきてるので」
 然が苦笑する。思わず漏れてしまった、という笑い方だった。
 然の心配は、綾へ向けられている。しかし、それは当たり前のことだ。綾は同じ会社の人間であり、私は他社の、ましてや他人なのだから。
 到着したエレベーターの扉が開く。中には誰も乗っておらず、乗り込んだ私たちも終始無言だった。仕事のことも、プライベートの事も、それ以上二人の間に話はない。小さな箱の中ですぐ前に立つ然を後ろからじっくり盗み見るだけだ。
 スムーズな機械音だけがする中で、私はじっと見つめる。その襟足にかかる髪を。しっかりとプレスされたシャツを。
 エレベーターはすぐに一階に着き、結局、何一つ話すことのないまま、広いエントランスを横切り、入口の大きな自働ドアのところでようやく然が足を止める。
「わざわざ送って頂いて、ありがとうございました」
 頭を下げて、そのまま目も合わせずに外へと足を向ける。
 自働ドアのセンサーが私に反応して、扉が開いた。
「神谷さん」
 やや大きな声で呼ばれる。
「メール、ありがとうございました」
 振り向いたものの、私は何も答えずにいた。それは昨日電話でも聞いた。私が聞きたいのはそんなお礼じゃない。
「……神谷さんが、僕と近づきたくないのはわかってます。でも、もらったメールを無理やり、僕の都合のいいように解釈してみたら、これくらいは許されるんじゃないかって、今回の仕事を振ってしまった。すみません」
 周りには人がたくさん行き交っている。しかし、その誰もが私たちのことなど気にも留めていないようだった。
 乾き始めた初冬の陽射しが、ガラス張りの空間に差し込んでいて眩しい。然の髪もそれに透けていて、綺麗だ。
 私は、小さく、こくりと頷いた。それが何を意味するのか自分でもよくわからない。然の言葉に対して、さしずめ、いいよ、というところだろうか。
「仕事頑張ってるって聞いたから。チャンスは多い方がいいと思って、迷惑だったらごめん……」
 砕けた口調に、私は、もう一つ頷く。迷惑などではない。今度のことはありがたく思っている。だから、ここは首を横に振るべきなのに。
 然が私のところまで五、六歩追いついて、ようやく二人の間が詰まる。
「一昨日、梓が今幸せだって言ったのを聞いて、今さら俺がこんなこと言うのもおかしいし、気を悪くするだろうけど安心した。……もう六年も経ってるんだから当然なんだけど、ちゃんと前に進んでるんだってことを梓の口から聞けてよかった」
 名前を呼ばれても、私はまだ黙ったままで頷く。
「立派な編集になって、いい本が作れるようにお互い頑張ろうな」
 また一つ頷く。
 じゃあ、と切りだされた別れにも、私は頷くだけ頷いて、踵を返す。
 然の言っていることはわかったが、言いたいことはよくわからない。
 ビルを出ると、まるで今まで息を止めていたかのように呼吸が大きく荒くなった。
 わからないのではない。わかりたくないのだ。然の言葉の意味も、綾が、然と呼んだその意味も。
 頷くばかりで口が開けなかったのは、泣きそうだったからだと、そこで初めて自分がわかったのだった。


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