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佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください

   
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チョコレイト・ラブ 13
13

「できたぁ……」
 キータッチ音が止むと同時に、静まり返ったオフィスで誰にあてるでもなく一人呟く。椅子に座ったまま思い切り伸びをして首を回すついでに時計を見ると、時刻はもう日付も変わろうという頃だった。
 いつもは残業組の宮下も今日は接待があるとかで先に帰ったので、残っているのは私一人だ。
 夕方からパソコンのモニタを睨み続けたせいで疲れきった両目をゆっくり閉じる。人差し指の第二関節で目の周りのツボを優しく刺激しながら、全身の力を抜いて椅子の背もたれにどんと体を預けた。一心不乱に作りつづけた資料は、数十ページに及ぶものになった。
「この短時間に、よくもまあこれだけできたなぁ」
 自分の仕事ぶりに目を見張りつつ、一方で、夢中になれる仕事があることがありがたかった。余計な事を考えずにすむ。
 飛翔社から帰ってすぐに社長と宮下を交えて会議になった。綾に依頼された案件を説明する。まるまる全てがクローバー出版の利益になるわけではないが、しかしながらおこぼれとも言えないものが少なからずあるということで、今後プリシモに関わっていくことにすんなり承認をもらえた。未だ直子の新刊を逃したことは私にはもちろん、わが社に取っても相当な痛手となっているので、再び舞い込んだ大きな仕事に宮下も気合いが入っている。
 早速絵本のチョイスに取り掛かかった。彼は営業職ということもあり、絵本に関して造詣が深い。結局ランチは抜き。もちろん夕食もまだだ。
 作った資料をプリントアウトする間に、宮下が差し入れてくれたサンドイッチを手に取った。
 数十点の候補の中から創刊号に選んだ三点は、二つが他社から刊行されているもので、残りの一点はうちの田崎の本だ。本来なら自社の本を三冊出したいところだったが、本を選ぶ基準を利益ではなく質であることをアピールするためにも初回は謙虚に、次号からのコーナーではクローバー出版刊行のものを多用していくという戦略になった。
 加えて雑誌の効果はすごいので爆発的な売り上げが期待できるが、雑誌の発売日が近いため今からではその対応が間に合わないことや、創刊号掲載後に増刷部数、配本など様子見をしたほうがいいというのが宮下の意見だった。
 印刷を終えたプリンターの音が止み、またオフィスには静寂が戻る。
「よし、オッケー」
 コーヒーを片手に、見直した内容に問題ないことを確認し早速綾にメールで送る。
 できるだけ早くとは言っていた綾だったが、いくら刊行前で忙しいとはいえ、さすがにこの時間では退社しているだろう。綾は子を持つ母なのだから。
「……子供、か」
 それが然との間にできた子供である可能性に気づいたのは、飛翔社からの帰り道をしばらく歩いてからだった。
 別れて六年もたっているのだから十分にありえることだ。
 然と綾が付き合っているとか付き合っていない以前に、すでに夫婦かもしれないということはすっかり失念していた。私に再婚願望がないのと同様に、然にもないだろうと勝手に思い込んでいたのだ。どこまでも自分本位な考えには笑ってしまう。
 エントランスまで送ってくれた時の然の言葉を反芻する。
 私のことをずっと心配してくれていたのだろう。それは、おそらく然は今、自分が幸せだから。
 別に然のことが知りたいわけではない。知ったところでどうということもないし、どうであっても、所詮私には関係がない。
「そうよ、誰とどうなろうと私には関係ない。全く関係ないのよ! 関係ない、んだけど……」
 私は誰も聞いてなどいないというのに、やたらと大きな声でそう宣言するかのように言うと、携帯電話を手に取った。

 *

「で、何でこんな時間に呼び出されてるわけ? 私」
 待ち合わせたバーに着いてすぐに、直子もやってきた。
 ユキの店にいるところを、半ば強引に呼び出したのだ。まるで自分がホステスのような赤いドレスを着ている。
「いいじゃない。どうせ遊んでたんだから」
「まぁ、ユッキーの仕事終わるまでは暇だし」
「ねぇ、ユキさんとは本気なの? お店に行くって言っても、ホストクラブのお客としてでしょう? いい金ヅルにされてるだけじゃないの? 騙されてない?」
 注文のブランデーが出されるのも待たず、私は矢継ぎ早に尋ねる。
「大丈夫よぉ。私が男を騙すことはあっても私が男に騙されることはありえない」
「その自信が命取りにならなきゃいいけど」
「あのねぇ、私と神谷ちゃんでは恋愛偏差値が違うのよ。私は常に自分とその現状を冷静にわかって恋をしてるからね。もし傷つくことがあってもタダでは起き上がらないし」
 確かに、私は大して恋愛を知りはしないが恋に破れる辛さはわかっているつもりだ。幸せであればあるだけ思い出すにも辛い過去になる。あんな思いはもうたくさんだ。だから直子にも無駄に傷ついては欲しくない。
 しかし、私の心配をよそに、私はね、と直子は穏やかな笑みまでくれた。
「ダメになるかもしれなくても怖くないの。それも恋の魅力の一つだって思ってるから。それより、傷つくのを恐れて自分の気持ちをごまかす方がずっと嫌」
 清々しい表情でそう言うと、
「で、どうしたの? 何かあったんでしょ?」
 こんなふうに急に私を呼び出して、と直子は私を見た。普通に、ただ飲みに行こうと誘ったつもりだったのに、すでに私の目論見などお見通しらしい。
 何からどう話すべきかと考えあぐねていると、見かねたのか先に直子が口を開いた。
「ねぇ、その後、春田サンとどう?」
「は?」
 声が裏返ってしまった。しかし、直子はそんなことを気に留める様子もなく続ける。
「会ったり、話したりしないの? なんか進展とか」
「会わないし、話もしないよ!」
 直子は、ふーん、とだけ言い、ミックスナッツに手を伸ばす。どうやら直子の話はそれで終わったようなので、私はこの機を逃すまいとまるで今思いついたかのように声のトーンを上げた。
「そうだ、春田と言えばさ……」
「なによ、『春田』だなんて他人行儀に今更。いつもみたいに呼べはいいじゃん」
「……その、この前、直子が言ってた……然の……心に決めた人がいるみたいって」
「ああ、直接聞いたわけじゃないけどね。いるっぽいってだけよ。何、気になるの?」
「全く! 全然、ちっとも気にならない!」
 直子が意味深長に口角を上げて見てくるのに、私は慌てて手を振った。
「ただ、仕事で飛翔社に行くことがあって、それらしき人に会ったから」
「それらしき? って、誰?」
「然の同期の白石さんって言う新しく創刊される雑誌の副編集長なんだけど」
「へぇ。同期で副編集長ってすごいね。でも何でその人が? 付き合ってるとでも言ったわけ?」
 言われたわけでも聞いたわけでもないが、二人からそんな雰囲気を感じ取ったのだと話す。そして、私はついに核心に迫った。直子なら、何かを知っているかもしれない。
「然って今、結婚してるかどうか知ってる?」
 たとえ嘘でも一時は然にご執心だった直子だ。好き嫌い関係なく興味はあったようだし、何より然の心に決めた人の存在に気づくほどなのだ。もっともそれを聞いて、もしかしてそれは私のことかもなどと勘違いも甚だしく自惚れていた馬鹿な自分は葬り去ってしまいたい。
「白石さん、子供さんがいらっしゃるらしくて」
「子供ォ? まさか、春田サンとの子なの?」
「し、知らないから聞いてるの!」
 直子も驚いたように身体ごと私を向いたが、一瞬難しい顔をしてからブランデーを口に含んだ。
「そんなの、神谷ちゃんが直接聞けばいいじゃん。元奥サンなんだから」
「そういう話ができるようなフランクな関係じゃないんだってば」
「じゃあ、その副編集長さんとやらに聞けば?」
「白石さんだって、今日初めて会ったばっかりなのに」
「さっきからなんだか質問攻めに合ってるんだけど、そんなに気になるの? 」
 なかなか答えをくれない直子に苛立ち始めた頃、逆に痛いところをつかれた。
「気になるって言うか、だって、今後、白石さんとは仕事で関わって行くからさ、知っておいた方がいいかなって。ほら、直子の時みたいにギクシャクしても仕事やりにくいじゃない?」
 然に興味もなければ、関係もないことを主張したはずが、どうにも言い訳がましくなってしまった。しかし、綾に会ってからそれが気になって、頭を離れないことは確かだ。関係はなくとも、気にはなる。直子の時そうであったのと同様に。
「ほんっとーに、神谷ちゃんって……」
 直子はそう言って、肩を大きく落としてため息をついたかと思うと、呆れた顔をする。けれど、私の懸念を一掃してくれた。
「春田サンはね、再婚してなければ今は彼女もいない。ちゃんと本人に確認済よ。だから白石さんとやらはただの仲のいい同期ってだけでしょ。第一、子供がいるからってその父親が春田サンだなんてどうやったらそこまで話が飛躍すんの?」
「だって、なんだかいい雰囲気だったんだもん」
 拗ねたふうに言うも、私の声は明らかに安堵に満ちていて、恥ずかしくなった。
 これではまるで然の幸せを妬んでいるか、あるいは不幸を喜んでいるかのようだ。然は私が幸せでいることを知って、あんなに真摯に安心したと言ってくれたのに。
 と、その時、メールの着信音がする。
「あ、田崎センセだ」
 携帯電話の画面を見つめる私を、直子が怪訝な顔で見遣る。
「最近さぁ、その『田崎センセ』ってよく聞くんだけど何者?」
「お世話になってる絵本作家さんよ」
「こんな時間に何のメール?」
「仕事だけど?」
 紙芝居イベントは好評を博し、ユンク堂他店舗でのイベントが次々に決まった。早速、今週末にその一件目があり、メールはその仕事の進捗状況を知らせるものだった。
「神谷ちゃん、よく飲みに行ったりもしてるよね」
「うん、田崎先生もお酒好きでね。気も合うし」
「その人のこと好きなの?」
「ええ? 好きじゃないよー」
 私はメールを打つ手を止めて否定した。
「じゃ、向こうが神谷ちゃんの事好きなんだ?」
「それもない!」
 確かにそういう類の発言は多々あるがそれはあくまでも冗談の域を出ない。田崎は、私が恋愛に興味がないのも知っているし、何より私みたいな平平凡凡の女を相手にするわけもない。
「神谷ちゃんさぁ」
 直子が急に声色を真面目にして言った。私を心配しているというよりは、少し憐みの混じった笑いに眉をひそめて。
「恋愛しなって。怖がらずにさ。なにも恋愛って嫌なことばっかじゃないんだから」


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