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佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください

   
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チョコレイト・ラブ 17
17



「へぇ。彼女、バツイチだったのか」
 差し向かいに座る田崎の手元から火が上がる。卓上七輪の網の上で炙られたイカ下足は、あっという間に縮んで小さくなった。
「ちょっ、先生! なんだか燃えてますけど!」
「平気、平気。あ、下足は破裂するから気ィつけて」
 今日のお店は旬の鮮魚の浜焼きが自慢という居酒屋で、狭い店内にはこれでもかというほどに白い煙がもくもくと立ち込めていた。
 行きつけである近所の焼鳥屋といい、今日の炭火焼きといい、田崎は何かを焼いて食べるのが好きらしい。あのボロアパートの庭でもかなりの頻度でバーベキューを楽しんでいる。
「で、あの状況、ねぇ」
 話を再開させた田崎はあさっての方向に視線をやって、自分で自分の言葉に納得するように何度か頷いた。私は黙ってはまぐりを網に載せる。
 席に着いて開口一番、田崎が然のことを尋ねてきたので、綾から聞いた話をそのままに伝えたのだ。
「それで、あずちゃんの機嫌はどうなの?」
 一瞬それがどう関係するのか意味がわからず首をかしげたものの、すぐに思い当たる。つまりはイベントの日、二人を見送ってから私の様子がおかしかったことに起因するのだろう。仕事はそつなくこなしたつもりだが、多少、いやかなり無理して平静を装っていたことなど田崎にはお見通しに違いない。それでなくとも私は非常にわかりやすい性格だ。
 口づけていた生ビールのジョッキをゆっくりと下ろす。
「機嫌だなんて。現状は現状。私には関係ないしどうぞご勝手にって感じで」
「よく言うよ」
 図星なので、確かに動揺はしてましたけど、と小さく付け加えてから、
「ここ数年、話をすることもなかったからまだつかめてないんですよね、彼との距離感が。だからいちいちあたふたしちゃうんだと思います」
 頬杖をつきながら、「距離感ねぇ」と田崎は熱燗をちびちびとなめる。
 然に会うたび、以前、田崎に戒められたことを肝に銘じている。再会前の私の日常という手綱を必要以上にしっかりと握りしめている。
 そのおかげか、自分の置かれた状況を常に分析できるくらいには客観的かつ冷静でいるつもりだ。展開のスピードにたまについていけなくなるくらいで。
「それにしてもなんだねぇ」
 田崎の声のトーンが変わり、私はややしんみりと伏せていた視線を上げた。
 小さい猪口をコトリとテーブルに置くが、騒がしい店内にもちろんその音は聞こえない。前傾だった姿勢を後ろの壁に背を預け、腕を組んだ。
「あなたのまわりは若いのにバツ付いてる人が多いねぇ。なんでそんな焦って結婚するかな。一生に何回もあっていいことではないんだから、もう少し慎重になりなさいよ」
「先生らしからぬセリフ。一度きりしかない人生、思うがまま、欲望のままに生きろとか言いそうなのに。意外と古風なんですね」
「あら、僕は恋愛には慎重派ですよ?」
「へぇ、そうだったんですか」
「だって、凡ミスで相手を傷つけたり、失敗して大事な人を失いたくない」
 たまにだけ見られる魅惑的な声で答えられ、不覚にもどきどきしてしまう。この豹変ぶりには何年経っても慣れない。
 私は慌てて話題を変えた。あの時は自分のことでいっぱいいっぱいだったが、ずっと気になっていたのだ。
「そういえば先生、結婚したい人いるんですか?」
「は? 何、急に」
「この前、綾さんの前でプロポーズしたい人がいるとかなんとか言ってたじゃないですか。てっきり私は先生には結婚願望、というより結婚という概念そのものがないのだと思ってましたけど」
「なんだよ、それ。概念はもちろん願望だってすんげえありますよ。俺の夢は素敵なおムコさんだ」
 否定しないところをみるとどうやらお相手は本当にいるらしい。私の知る限り、特定の女性の影もそぶりも見せたことはないが。
 ついでと、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「今回いつもに比べて長いですよね、日本にいるの。それも結婚云々と関係あるんですか」
 前回の旅から帰国してすでに一年が経っている。以前は長くても三カ月、短い時は二週間も経たないうちに次の旅へと出発していたからだ。
「うーん。関係なくも……ないかな」
 田崎には珍しく歯切れが悪い。
「次に行きたいところは決まってる。けどさ、俺もそろそろいい年の大人なわけだし、フラフラばっかしてられないかなってさ」
「何を普通の人みたいなこと言って。フラフラするのが仕事でしょう?」
 ひどいなぁと苦笑して、お猪口を口許に置いたまま少し口角を上げた。
「確かに旅は俺の全てだし、生きてる限り終わりはない」
 そう語る田崎の視線の先は目の前の私ではない。私を超えて、お店の壁も超えて、遠いところにある。その見据える先がどこなのか、いつだって私にはわからない。遠すぎて想像もできないのだ。
「でもさ、三十も過ぎると帰る家があって、愛する人とその子供が俺を待っててっていう幸せがいいなぁと思ったりするわけよ」
 イベントで田崎が子供に囲まれている姿を思い出せば自然と頬が緩む。
「先生、きっといいパパになるでしょうね」
「いい旦那さんにもなれる自信ありますよ」
「まぁ、確かに。女性関係が派手ってわけでもないですもんね。綺麗なオネエチャンと朝まで飲んだとかよく仰ってるわりには」
「なんでそこを強調するかな」
 子供にしても奥さんにしても、愛する人を大事にするタイプだろうことは、普段の言葉や行動のはしばしからわかる。軟派に見えて実は優しく、懐も深い。田崎に愛されて一生を送る人はきっと幸せだろう。
「結婚とか子供かぁ……」
 そう呟いた私の口調はあきらめた者のそれになってしまった。
「いつも言ってんじゃん。諦めるにはまだ早い、相手が違えば結果も違うって」
 田崎が呆れた顔で言うのに、
「……きっと、予防線なんですよね、これ。そう言って自分を守っているだけ」
 初めて、心の内がぽつりと零れた。
「本当は恋もしたいし、恋人も欲しい。結婚もしたい。子供も欲しい。……何より、家族が欲しいです」
「あずちゃん、ご両親亡くしてるもんな」
 私は静かに頷く。中学生の時に交通事故で両親をいっぺんに失った。それから遠縁の親戚の家で高校卒業までお世話になったがいい思い出はない。そこでは心を許すこともできず、ただただ肩身の狭い数年間だった。
「結婚して、向こうのお義母さんと彼と、一瞬でも家族がいる幸せを知ってしまったんで、別れた後、一人に慣れるまでにすごく時間がかかったんです。一人で生きていたころより、ずっと孤独で心細くて不安で、辛かった。だからまたダメになったらって思うと怖い。それなら最初からいない方がいい」
 一度、弱音を吐いてしまうとひたすら泣きごとを言ってしまう気がして、今まで誰にも言わなかった。そんな私の話を、田崎は驚いたような、それでいて優しげに眉をひそめ、黙って聞いてくれる。しばらく私たちは互いに何も口をきかなかった。
 店内のざっくばらんな騒がしさが滑稽でもあり、同時に救いである気もした。
「あずちゃんに必要なことは二つだな」
 ややあって、田崎が手酌を再開して沈黙が途切れる。 
「私に必要なこと、ですか」
「一つは春田さんから遠く離れること。できるだけ関わらないこと。ってこれ、前にも言ったけど、こうも仕事で絡んで来たんじゃそうもいかないねぇ」
 返事の代わりに、こくんと頷いた。
 確かに今までは関わらないことで、心の奥でくすぶっていた想いを時間が風化させてくれていたのだ。異常なまでの然への反抗心もつまるところ、ただの虚勢でしかなかった。しかし、想いがなくなりはしても傷は傷として今も心に残っているのだから、また然に関わり、目に入る限り、この動揺は続くだろう。
 関わりたくはない。関わらずにいられるだろうか。
 答えを乞うように田崎を見ると、それが伝わったのか、優しく笑った。
「遠くに行けばいい。彼が目に入らないような遠いところへさ」
「……期待させておいてなんとも抽象的な提案ですね。で、二つ目は?」
「荒療治」
「えと、またそれは一体どういった?」
 またもや的を射ているようで射ていない答えに、眉間のしわを深くして尋ねると、
「その方法はまた考えとくわ」と、もういつもの軽い調子の田崎に戻っている。
「そんな中途半端な人生相談ってありですか?」
 諦めて、溜息交じりに網の上で縮こまっている魚介類を箸でつついていると、
「……ぐずぐずしてねぇで、かっさらえばよかったよ」
 頭上にため息と苦笑の交じったような声がした。
 それは独り言のようにも聞こえ、私はあえて追うことをせず、詳しい意味も尋ねはしなかった。田崎はそのまま手洗いに立つ。
「決して関わることのない遠いところ、かぁ。例えば海外とか? あ、電話だ……」
 鞄の中で携帯電話が震えていることに気がついた。しかし、通話ボタンを押しかけた指がその発信元を見て止まる。電話帳に登録されていない番号のため名前の表示はされていないが、誰からのものかすぐにわかる。その十一桁の数列は今でも空で言えるから。逡巡の末、私はやはり電話に出た。仕事の用件かもしれない。
『春田です。よかった、つながって……。何度もかけてしまいました、すみません』
「いえ。こちらこそ気がつかず……」
『神谷さん、今、外ですよね?』
 背後のざわめきで場所を察したらしい。肯定すると、
『今どこにおられますか。どなたとご一緒ですか』
 いつもより早口でまくしたてるのに、私は答えに詰まった。
 どうして、それを然に言わないといけないのだろう。まるで尋問のように一方的でおもしろくなく、憮然とした口調になる。
「田崎先生と一緒に、先生のお宅の近くの居酒屋で食事中ですが、それが何か?」
 嫌味なまでに逐一丁寧に答えると、
『そうですか……。いえ、ならいいんです』
 急に落ち着きを取り戻した様子で、ふうっとため息までついている」
 わざわざ電話までかけてきて勝手に自己完結しているが、私には何が『いい』のかさっぱりわからない。説明を求めようとするも、然が、あの、と言う方がわずかばかり先だった。
『すみません。最後に一つだけ……。大河内先生から連絡はありましたか』
 まさか大河内正清が私に本を書いてくれると言ったことをまだ本気にしていると思っているのだろうか。そんな出来事はもちろん大河内の存在すら忘れていたくらいだ。だいたいそこまでおめでたくはない。私はますます不機嫌になり、
「ありません」と答えるや否や、失礼します、と一方的に通話終了のボタンを押した。
 突如、自己嫌悪に襲われるが悔いても遅い。どうして普通にできないのだろう。かわいくない態度ばかりとってしまうのだろう。そんな自分が嫌になる。
「……誰か、連れて行ってくれないかな」
 然のいない遠い所へ。


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