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佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください

   
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エブリデイ キス!(1)
「やっぱり……」
 夢じゃなかったんだ、昨夜のアレコレは。
 目が覚めると知らない部屋で、意識なかったとか、覚えてないとか、無理やりとか、そんなのじゃないけど、やっちゃった感は否めない。
 それにしても、彼ってこんな人だったの?
 かっこよくて、仕事できて、明るくて人当たりよくて、おまけに優しくて、なのに、少年のような無邪気なところがあって、少女マンガに出てくるヒーローみたいで。
 なのに、なのに……。
 自称『爽やかなエロ』ってなんなのよ!


 ここどこ! と眼を見開いたのは頭が目惚けていたほんの一瞬で、すぐに現状は理解できたし、昨夜のことも思い出せた。
 後ろから抱きつかれるよう腰に回された手をそろりと外して身体を起こす。
 カーテンの間から陽が射し込んでいるけど、部屋の中はまだほんのり薄暗い。
 振り返るように見た隣には、予想通りの男性。つい数日前まで一緒に仕事をしていたMデザイン事務所の神山さん。
 もちろん裸。そして、もしかしなくても私も裸。
 すごく微妙。すごく複雑な気分。
 そして、すごくかっこいい。何なのこのひと、泣きたくなるくらいかっこいいし。
 でも手放しでは喜べないよね、こういう状況って。
「即日お持ち帰りされちゃった……」
 昨日は金曜日で、打ち上げと称して仕事中から話題に上っていたダイニングバーへ飲みに行った。メンバーは今回の仕事に関わった四人で、うちの会社からは営業の角川さんと私、そしてMデザインの営業さんである吉村さんと、そしてデザイナーの神山さんの四人。
 ワインの種類が豊富なお店ということで、一番乗り気で楽しみにしていた角川さんだったのに、夕方四時にトラブルが発生してそのクレーム処理でドタキャン。流れるかなと思いながら神山さんにメールしたら、せっかくなので三人で行きましょうと返信があった。そのお店、人気でなかなか予約が取れないって言ってたもんね。私一人でもよければお願いしますってもう一度メールを送った。特別ワインが好きなわけでもないけど、実は密かにこの飲み会を楽しみにしてたんだ。何を着て行こうか何日も前から迷っちゃうくらいに。
 確かに結構な量を飲んだけど、お酒のせいにするほど酔ってはいなかったし、いろいろちゃんと、全部覚えてる。思い出して思わず赤面。よく知りもしない人とこんな風になっちゃったの初めてだよ。
 胸がはしたなくあらわになっていることに気づいて慌てて毛布を引き上げると、未だ私の体に腕を絡ませていた神山さんの頬を柔らかい生地が擦って、うん、と声を上げた。
 起きるかなと一瞬焦ったけど、眠りは深いみたいで目を覚ます気配はない。よかった。今はまだ気持ちの整理がついていない。
 それにしても、なにこの毛布、すごく柔らかくて気持ちがいい。なんて幸せな肌触り。もちろん、素肌が触れ合ってることも気持ちいいんだけどね。
 予約の時間にお店に行くと、遅めの待ち合わせだったせいかすでに店内は込み合っていた。にぎわっているけど騒がしくない、いい雰囲気の素敵なお店で、案内された席には神山さん一人だった。吉村さんとは別々なんだ。遅れて来るのかなと思ったら、
「すみません、うちの吉村も急に都合が悪くなっちゃって」
「え? あ、そうなんですか」
「急ぎの仕事が入って。連絡しようと思ったんですけど、時間的に栗岡さん、もう会社を出られた後だと思って」
 神山さんが説明する。確かにその時間なら退社していた。お互い連絡先は社内アドレスしか交換していないから、会社を出ちゃうと連絡の取りようがないんだよね。
「で、俺と二人なんだけどいいですか?」
「はい、もちろん!」
 神山さんと二人きりで食事なんて予想外の展開。嬉しいけど、逆に緊張する。
 仕事の受注は営業さん同士だけど、作業に入ると私と神山さんのやり取りがメインになる。この三カ月、メールでのやりとりはほぼ毎日で、何度かMデザインにもお伺いして、顔も合わせてるけど、飲みに行くのはもちろん、ランチを一緒にする機会だってなかったし、事務所で出して頂いたコーヒーくらいのおつきあい。その時だって、プライベートな話はほとんどしなかった。でも仕事関係のつきあいってそんなもの。世間話のついでに私生活を垣間見ることはあっても。だから、結構密に仕事はしたけど、私が神山さんについて知ってることはそう多くない。
「ってことで、まずは敬語やめません?」
 神山さんが言う。
 確かに仕事も終盤のころはずいぶんフランクな感じになってた。メールの最後に「すっげー眠い」とか「腹減ったけどコンビニ弁当もう飽きた」とかの一文もあったりして。ここに角川さんでもいれば、仕事の飲み会モードになって、自分の立ち位置もはっきりするんだけど、この状況は想定外だしどうしていいかわかんない。
「うーん。努力しますけど、そう簡単に変えられないかも。クセっていうか。一応、取引先だし」
「今日はもう仕事、関係ナシでいこーよ」
「……はあ」
「もしかして、俺が年上なの気にしてんの? 気にするような年の差じゃないじゃん。たかが五日で年上ヅラしないって」
 神山さんについて知ってる数少ない情報の一つに年齢と誕生日がある。
 何のきっかけかは忘れたけど、入社何年目っていう話になって、それで神山さんの年齢が発覚して、私と同い年だってことになってよくよく聞いてみれば、驚くことに誕生日が五日違いだってことがわかった。そのどこがすごいのかっていうと、神山さんが三月二十八日、私が四月二日で、その間に年度を跨いでるから学年は神山さんの方が一つ上なのだ。でも、単純に日付だけみると限りなく僅差で同い年。でもちょっと不思議で特殊な同い年。そのことに妙なときめきさえあったりして。
「お疲れっす」
「お疲れ様ですー」
 なんだかんだで集まったのは二人だけだけど、名目上は打ち上げなので、ここはシャンパンで乾杯。
「だから敬語」
「お酒が入れば自然とタメ口になると思います」
「じゃあ、頑張って栗岡さんのこと酔わせます」
「なんで敬語」
 私が突っ込んで、笑い合う。少し緊張がとれた。
 神山さんの服装はデニムにカットソーにカーディガン。いつもと同じラフな感じ。シンプルでさりげなくて、こういう少年っぽい感じ、すごく好み。髪は染めてるのか少し茶色でゆるいパーマがかかっている。まあ、早い話、顔がイイから何着てもどんな髪型でもお洒落にみえるんだよね。
 一方、私はジャケットにスカート。ノーカラーのネイビーのジャケットはラメ入りのツイードで一番のお気に入りなんだけど、彼と全くつり合ってない。まあ、仕事帰りだし仕方ないか。
「何頼む? 食べたいものとかある?」
「うーんと」
 二人してメニューに顔を寄せる、ふりをして私だけ神山さんを盗み見る。仕事中は、極力意識しないようにしてたけど、ダメだ。好みだわ。そのメニューをなぞる指さえも。
 オーダーを取った店員さんが去ると、
「二人でもよかった?」
 神山さんが私を覗き込むようにしてニッと笑った。反則です、その笑顔。神山さんはイケメンだけど、どっちかというとかっこかわいい系。あ、かわいいっていうのは失礼かな。二十代前半、下手したら十代にも見えかねないけど、実際は二十八歳。アラサー男子だもんね。
「男と二人でメシとか、カレシ、怒んないかなーと思って。仕事だからオッケーなの?」
「怒りません、っていうかそれ以前にいません、彼氏なんて。長い間募集中です。……神山さんは? 彼女いるんですか?」
「いない。俺も募集中」
 その瞬間、ふいにかそれとも意図的にか、目が合って、ちょうどそこにオーダーしたカプレーゼが到着した。


 
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