佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
亜紀(あき)と周(しゅう)は大学時代の同級生。
ある日、亜紀のもとに周から電話があった。
その日は周の三十歳の誕生日で…。
『亜紀、今日暇?』
雨の日曜日。昼下がり、周から電話があった。
周は大学時代の同級生だ。もう十年来のつきあいになる。
と言っても、その年月は恋人として付き合ったものではない。私と周の間にあるものは、完全なる『友情』だ。
社会人になり、学生時代のように毎日顔をあわすことがなくなっても、月に一度か二度、こうして予定が会えば飲みに行き、近況や愚痴や他愛もないことを話し、明るく笑って、またねと別れる。
ベランダのカーテンを引き、外を見上げた。グレーの空から降る幾筋もの透明の雨は当分止みそうにない。
明日は月曜日で仕事だし、足元も悪いし、本当なら外に出たくはないのだが。
「そしたら、六時にいつものお店でね」
ムードや色気とは程遠い、行きつけの小料理屋を指定して、通話を終える。
こういうのをまさしく惚れた弱みというのだろう。
何を着ていこうかと考えたとき、先週も周と飲みに行ったことを思い出した。そういえば、先々週も一緒に映画を観に行ったっけ。
最近は彼女がいないらしいので、おおよそ私で暇つぶしと言ったところか。
同じ服を着ていくのは乙女心として嫌だ。もちろん周は、私が何を着ていたかなんて覚えてはいないだろうけれど。
早めに出かけて買い物でもしようと、洗面所へ向かう。逸る気持ちに気付かないふりをすることにはすっかり慣れてしまった。勝手で過剰な期待は完全に空回りをして無駄になる。
私と周の間にあるものは、確かに『友情』。
それに気づくのに十年かかったと言えば、周は笑うだろうか。
*
傘の雨を払いながら店に入ると、中は煙草の煙で白く、むっとしていた。顔なじみの店員に迎えられ、こちらですと案内される。
紺のポロシャツを着た周がカウンターの向こう端に見えた。
「亜紀、遅いよ」
腕の時計を確認すると六時を三分すぎたところだった。
空いていた隣の席に鞄を置き、手渡されたおしぼりと交換に生ビールを注文する。
「珍しいね、日曜日に電話してくるなんて。何かあったの?」
「今日、俺、誕生日」
頭の中で日付を確かめた。
「……あー! 忘れてた、ごめん」
「亜紀ももうすぐだろ。誕生日同士が近いから絶対忘れないって言ったのお前じゃん。てゆーか、亜紀から誘ってくれるの待ってたんだけど」
「ごめん、ごめん。自分の誕生日すらもうすぐだってこと忘れてた」
そう言って笑うと、周も笑う。
友達数人で祝った年もあれば、周が誰か特別なひとと過ごした年もあった。今日のように二人で周の誕生日を迎えた年も、何回かあった気がする。それがいつの、いくつの時だったかまで覚えてはいない。いや、きっとちゃんと思い出せばすぐに思い出せる。忘れたふりをしているのは、そんなことを女々しく覚えているのは不毛だと忘れる努力した結果だ。
しかし今年はその誕生日を本当に忘れるくらいで、案外、周への想いはくすぶっている間にいつのまにか私の中で昇華しつつあるのかもしれない。
好きな人が好きだった人に変わっていく変化は少し切なくもあり、同時に安堵でもあった。
「改めて。周、お誕生日おめでとう」
運ばれてきたビールを手にとって、すでに半分にまで減っていた周のグラスに当てると、ジョッキの分厚いガラスが鈍い音をたてた。
プレゼント代わりに今日の飲み代をおごるという話で落ちつく。
「三十路かー。ついに大台乗ったね、旦那」
私の好きなものが、周によって既に注文されていて、どんどん運ばれてきた。ここの自家製さつま揚げと蓮根饅頭は絶品なのだ。
「早いよなぁ。三十って、もっと大人かと思ってたけど、そうでもないなぁ」
「私も、昔は三十までに結婚しようと思ってたのに……。全然ダメだわ」
「俺んとこも、結婚しろ結婚しろってうるさくてさ。ほら、タケんとこに子供ができただろ? 羨ましいらしくて。孫の顔が見たいってさ」
「あー、親に言われ出すと辛いよね。だって、孫どころか、花嫁候補もいないんでしょう?」
「絶賛募集中」
「道のりは遠いねぇ」
「誰かいい子いない?」
その言葉に鼻の奥がつんと痛くなったのを蓮根饅頭の餡の上に乗っていたわさびのせいにしてさらりと答える。
「周にはもう紹介しつくしたよ。それに、結局、どの子とも上手くいかないじゃん」
「母さんなんてさ、亜紀ちゃんにお嫁さんになってもらいなさいとか言う始末」
「えっ」
まさかの姑関門突破に、声が浮わついたのもつかの間、
「全く、母さんも冗談キツイよなぁ!」
周が含みもなく笑うので、一緒になってあけすけに笑って見せた。
「ほんと! おばさんってば、妥協して私だなんて失礼しちゃう!」
その流れを上手く汲んで、仕方ないから花嫁に立候補してあげてもいいよとか、私とだったら案外上手くいくと思うよとか言えばよかったとすぐさま後悔したが、十年育んできた友情歴が頑なにそれを阻んだ。
それに、どうせ伝えたところで、さっきみたいに玉砕確定の返事が返って来るだけだろうし、もし、その言葉が本気なのだと知られてしまったら、ぎくしゃくして今の関係すら失ってしまう。そんなの、今まで頑張って友達をやってきた意味がない。
*
私は周の大失恋を知っている。ぼろぼろになった周のフォローをしたのは私だった。それに、周が今まで付き合った子も全て知っているし覚えている。
私も最初の頃こそ一途で純粋で、報われなくともこの想いを貫こうとなどと思っていたが、そのうち実らない恋のためにせっかくの人生の若い頃を棒に振るのも馬鹿馬鹿しいと何人かの男性と付き合った。それも周は知っている。もちろん私のように覚えてまではいないだろうけれど。
お互いの恋愛遍歴を全部知っていて、いまさら、二人で恋愛しましょうなんてできるわけがないのだ。
そんなことが今になって起こるなら、とっくの昔に私たちは恋愛関係になっていたはずだ。
男女の間に友情が成立するのかと言われたらきっと成立するのだろう。
少なくとも周の中では立派に成立している。
「たまには、亜紀も酔いつぶれたら可愛いのに」
何杯目かわからない飲み物の注文をした時、周が言った。
自慢するほどのことではないが、私はお酒だけは強い。周とも数えきれないほど飲む機会はあったけれど酔いつぶれたことは全くと言っていいほどない。つぶれた人を介抱するどちらかと言うと損な役回りだ。
しかし一度だけ、意識がなくなるまで飲んだことがあった。大学時代のことだ。
周がずっと好きだった先輩とつきあうことになった時で、もちろん周のいないところでの話なので周は知らない。
目が覚めたら、私は友人のタケルの部屋に運ばれて寝かされていた。大泣きして大暴れしてそれは大変だったとタケルは今でも時々私に言って脅すが、彼の部屋の汚さと言ったらそれは半端なく、そこに寝かされた自分こそ被害者だと思っている。
「ごめんね、可愛くなくて」
本当に私は可愛げのない女だ。残りを一気に飲み干して空になったグラスを置いた。
ビール一杯で酔ってしまえたらどんなにかいいと思う。酔った勢いでしかできないことがたくさんある。
もちろん、全てを失うリスクもあるけれど。
「でも、相手が好きな男の人だったらちゃんと酔ったフリするよ。一人で帰れないーとか言って甘えてみたり」
昔、自棄になっていた時に何度か使った手を披露してみた。私にだって、女らしい、可愛いらしいところを見せることもあるのだとささいな抵抗だ。
「俺には甘えないの?」
周は至極真剣な顔つきでこちらを見た。
こういう類の誘惑に何度期待し、惑わされたことかわからない。
もちろん周にその気はないので、私はいちいち過剰に反応しない防衛術を既に身につけている。
「周と一緒の時につぶれたら、その辺に放置して帰りかねないもん」
今日もさらりとかわせたはずだ。
たまには私からドキリとさせてやりたいと思って言ってはみるけれど効果の程は全くなく、結局やられっぱなしで終わる。
「さすがに、俺、そこまで非道じゃないし。タケでさえ亜紀を介抱したんだからさ。てか、あんな汚い部屋に連れてかれても嫌だけどな」
「やだ、知ってたの? もう忘れてよ。汚点なんだから」
「汚点だからこそ、未来永劫しつこく覚えておくんだろ」
笑いながら周がカウンターの中の板さんににごり酒を注文した。それを韓国焼酎で割って飲むのが私たちのお気に入りなのだ。
口当たりがよくて美味しい。しかし、なんせ強い酒なので酔いのまわりが早く、私と周はそれを『禁断の酒』と呼んで、ごくたまに、特別な時にしか飲まなかった。
「え? 『禁断』に手出すの?」
「だって、誕生日だし。亜紀もつきあえよ」
「私を酔わせてどうする気よ? ちゃんと連れて帰ってくれるの?」
じろりと隣を見遣る。
「……連れて帰るよ、ちゃんと」
答えるまでに妙な間があったので、なんだか調子が狂ってしまった。
「え……?」
酔った頭をぐるぐる回転させて、切り返す言葉を探していた時だった。
「俺ん家に連れ込んで、亜紀を俺のものにする」
「……な、何言ってんのよ! ……周ってば彼女いなくて寂しいんでしょー? だから私って、そんなのって……」
泳いでしまった視線がカウンターの上で握られていた周の手に留まる。きつく拳を握り、そして僅かに震えていた。
向こうのテーブル席から酔っ払いの大きく笑う声がする。
「……周、もしかして本気で言ってる?」
十年間、ちゃんと『友達』だったのだ。いつもの周でないことも、本気かそうでないかくらいわかる。
「亜紀が俺のことを友達としてしか見られないってよくわかってる。こんなこと言うと、今までのように友達でいられなくなる覚悟もしてる。でも、全部失う覚悟で今日は来た」
周の顔が見られない。冗談なら、早く言ってほしいけれど、そんな冗談は、さすがに今の私には冗談にならない。防御壁といっても見てくれだけで実際はガラスの壁だし、この恋心だって必死に友達レベルにまで押し戻している状態なのだから。
「今更って思うだろうけど、俺ら絶対上手くいくと思う。俺は亜紀じゃないと、ダメだ」
なんとか顔を上げて見た周の顔は、真っ赤で、しかし、ひどく思いつめたものだった。
思わず涙が滲む。もしかして、周も私と同じように、必死に友達のフリをしていたのだろうか。あてつけではなく、不毛な恋に決着をつけるために恋人を作ってみたり、その話を平気なふりをして聞いていたり、告白じみたことを冗談っぽくしか言えなかったり、それを冗談としてしか受け取らないようにしていたり、相手が自分を友達としてしか見てないと思いこんでいたり。
周との過去を明るい視野で見てみれば、明るく辻褄が合うような気がした。
「酔った勢いで連れ込むなんて、そんなの嫌だよ……」
私は持っていたお箸を小皿に置いた。
「でも、今更恥ずかしいっていう気持ちもわかるし」
周の握られた左手に、私の右手をそっと並べてみた。不自然に少しだけ触れ合った側面が妙に新鮮で、ぎこちない。
「今度の私の誕生日、可愛く酔いつぶれるフリするから、連れ込んで周のものにしていいよ」
いつからか同じ気持ちで、ずっと同じことを思って隣にいたのだろうか。
「私もずっと周のものになりたかったから」
カウンターに所狭しと置かれたグラスや皿に紛れるように私の手に周の手が重なる。
手が熱い。胸が痛い。
私の誕生日までその日は待てそうにない。
「思った程大人じゃない」
お尻についた殻がとれ、雛の綿毛が綺麗にとれて、それに慣れて「大人」が当たり前になったころ。ある意味、本当の大人の一歩を踏み出し始める時期。
人にもよりますけどね(笑)
男女間に友情は成立つか?
どうなんでしょうね。
友情を深く育むことは可能だと思うんですよ。
ただ、お互いがノーマルだった場合(大概そうだと思いますが)セクシュアリティーを感じる場合も普通に有るだろうな、と。
それにどういう名前をつけるのかによって、「友情」は成立する、しないの意見が別れるような気がします。
この二人の場合は、明確な恋愛感情でしたけどね。
ちゃんと告白出来てよかった♡
ところで、タケルって、あのタケル?
30って自分的にも世間的にも何かひとつの区切りではありますよね。そう大きくは変わらないんだけれども、やはり20の頃と同じかと言えばそれも違うくて…。若くはない、でも達観するほどでもない、その先の人生への悩み、とりあえず就職したもののそろそろ考えるリセット、仕事、恋愛、結婚、出産…いろいろ大人の思春期なんじゃないかなと思います。
男女間の友情は成り立つか…これは人それぞれだと思うんですが…(笑)
私はどちらかというと成り立たないと思っている派です。男女があって、それで性を感じられなかったらそれはそれで悲しいモノもありますしね(笑)ただ友達からスタートしてしまうと、その後に発展させるときにいろいろ難儀ではあるなぁと、それは物書き的におもしろく思っています。
いつもとは少し違った男の子像、いかがでしたでしょうか。
タケルは…あのタケルです!なんだか名前を考えるのが面倒でつい…(笑)
いつもありがとうございます!
でもこの話、連載版にもできそう。きっと相当じれますよ!!
40話ぐらいじれじれして、最終回で「俺んちに連れ込む」かな(笑)。某なろうだったら感想欄埋まりまくりますねww
好きの気持ちを抑えるのって大変です。
ほんと、失う覚悟で挑まないと。
うん、がんばりました。
やはり最後はハッピーエンドじゃないとね♪
短編、長編は執筆上の一長一短ありますが、得意不得意の問題もあると思います。
特に少女マンガはそれが顕著ですよね。ああこの作家さんは読みきりはすごく面白いのに連載になると面白くないなぁとかありませんか?
得手不得手は別として私は昔は断然短編派だったんですが、最近は長編派かな…。
掲載した二つも三年前くらいですかね、書いたの。
「近くて~」は思いのほかジレて頂いたようで^m^連載にすぐなんて考えたこともなかったですが書けばおもしろくできたんでしょうかね~!
そうですね!やっぱりハッピーエンドじゃないとね!
でもたま~に反骨精神というか、無性にバッドエンドが書きたくなる時があるんですよ…。
バッドエンドは完成度として、(儚い=)美しいものになりがちなので…。
いつもありがとうございます!
佐久間さんのじれじれは短編でもキますね…!!
両片想いの切ないの、大好物です。
チョコラブも後半心臓がヤバかったですが、こちらが長編だった日はもう
ラストあたりは転げ回ってたことと思います(;゚Д゚)
前半の友情を保とうとするやりとりと、後半の全てを失う覚悟のやりとりで
周のがんばりが伝わりました。殻を破ってくれてよかった!
しかし、30か~。私もそのあたりなんですが、育児に追われつつ、
合間に小説を読んでときめいてますw ほんとに30代って
もっと大人だと思ってたけど、全然そうでもないわ…orz
そして私もタケルの存在が気になりましたw
立て続けのUPとなりましたが、お楽しみ頂けておりますでしょうか~!
両片想い…素敵な言葉!
「近くて~」の連載版…意外なご提案を頂いて、そうなのか~と驚いています。
これそんなおもしろそうな設定だったのか、と。
30ってまだ人生において何が正解とか何が勝ち組とかまだなくて、それぞれの立場で、でもそれぞれに悩んでいる…そんな時期だと思います。そう、それほど大人でもなくて。でももうとびきり若くもなくて。
そうそう、そして、無性にトキメキたくなるお年頃なんですよね~(笑)
タケルはタケルでした~何気に顔の広いタケル。子供ができたようです。
いつもありがとうございます!
次回作も楽しみにしています!!
10年って…かかりすぎですよね!ははは!
でも、近いからこそ言えないってこともありますよね~!
こちらこそ、次回もよろしくお願いいたします!
ありがとうございます~!
ちょっとダンジョン攻略している間に、短編更新されているじゃありませんか。
全く油断も隙もあったもんじゃない(笑)
短編というのは、削ぎ落としていく作業ですよね。
書きたいことてんこ盛りの中から、削って削ってつじつまのあった一つの物語にする…感想だけでも脈絡のないとこをツラツラしてしまう私には脱帽ものです。
亜希さんと周君もジレジレかっ!
お前らっ!梅雨はあけたぞっ!!
いつまでジトジトウジウジせずカラッと逝け!!
きっと周りから見たらこの二人いつになったらくっつくんだ!?とトトカルチョが行われていたことでしょう。間違いありません!
今後もタケルのお店で繰り広げられる数々の恋愛に期待ですね。っと自称プロデューサーUruruが申しています。
もしかしたら飛翔社の敏腕編集者・春田サンがシリーズ化して本にしてくれるかも(笑)
それにしても、タケルのお店にはヘタレ男子しか集まらないのか…。
それとも昨今の草食系男子、肉食系女子なのか。
時代は、ロールキャベツ系男子なのに|( ̄3 ̄)|
短編を少しUPしました~!
私も最近はだらだらと書くクセがついて、短く纏められなくなってきました^^;
しかし、どこへ行ってもジレジレしている二人はいるようです…。
「赤はちまき~恋のお品書き~」是非出版していただきましょう!
プロデューサーUruru様よろしくお願いします!
ロールキャベツ男子とな!?なんですかそれはー!ホントは肉食だけど草食ぶってるとかそんなのかな!?それにしてもすごいネーミングですねw
いつもありがとうございます~!