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佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください

   
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たぶん、きっと、ずっと、僕は4
4.

「またここにいたのか」

 強い風に押されて、非常階段につながる鉄の扉が忙しく閉まった。大きく重い音がする。
 友樹が半袖のTシャツから出た腕をさすりながら言った。夏であれ、地上十五階の早朝は爽やかさを通り越して少し肌寒い。それを知る先客の歩はちゃんと裏起毛の長袖のパーカーを羽織っている。
「槙田さんが心配してたぞ。最近、お前が屋上にいることが多くなったって。屋上とか……、やっぱ怖いじゃん?」
「高いから?」
「違うわ!」
 テンポよく突っ込まれ、歩は少し笑った。笑ってから、
「俺がそんなタマじゃないこと知ってるだろ。死ぬくらい追い詰められたらまず逃げるよ」
「知ってる、お前はそういうやつだ。芸術家肌かと思いきやリアリストで。けど……」
「みんなは? まだ寝てる?」
 歩は友樹の話を遮った。
「太郎はな。雅和は起きてる。あいつ、台所でなんか捏ねてたぞ」
「もしかしてパン焼いてくれんのかな。超楽しみ」
 昨夜はスタジオ練習が早めに終わったので四人で焼肉を食べに行き、そのまま全員が歩の部屋に泊まっている。三人は中学の同級生、雅和は学校こそ違えど似たようなものだからかメンバー同士、とても仲がいい。エッジワースの形がこの四人になってからもうすぐ十年になるが、プライベートでも四人でつるむことしょっちゅうだ。
「ユキちゃん、大丈夫? 外泊して」
「ん? ああ、昨日連絡しといたから。つーか、外泊って言ってもお前ん家じゃん」
 友樹には同棲しているスタイリストの彼女がいて、かれこれ三年ほど続いている。もちろん世間一般には隠されている事実だ。
「まあ、トモは浮気なんて絶対しないからな。っていうか、そもそもできない」
 歩は抱えていたギターで適当なメロディーを弾いた。
 友樹はそんな歩の前に立つ。全く格好もつけず、一生懸命な感じで。良くも悪くも実直な性格なのだ。
 ひどく真面目で深刻そうな親友の姿に、
「……どうしたの?」
「お前、悩んでることあるんだったら言え! 聞いてやるから!」
「は? 悩み? あいにく、今のところ特にないけど……」
「喜多茉莉菜のこと、気にしてないのか?」
「あ? ああ、あれね。大丈夫、事前に聞いてたし」
「……そうなのか?」
 先日、熱愛が報じられた茉莉菜の週刊誌記事のことを言っているらしい。
 歩は返事するようにDコードを一回弾いて、
「トモが心配するような悩みはないけど、まあ、プレッシャーとか焦りとかは……多少あるよね。今度のアルバムの発売も楽しみ半分恐怖半分。新しいものを発表するときはいつもそうだけど」
「いや、谷川さんが褒めてたぞ。歩がいいアルバム書いてきたって。あいつはまだこんな隠し球持ってたのか、末恐ろしいヤツだってさ」
 谷川というのは音楽プロデューサーで、デビューして以来ずっとタッグを組んで楽曲を発表している。エッジワースを見出したのも彼だったが、逆にまだ無名だった谷川の名を世に知らしめたのもエッジワースだ。今でこそ発表する曲の全てがチャートの一位にランクインするなど押しも押されもせぬトップアーティストとしての地位を築いているが、最初から順風満帆なわけではなかった。上京し、デビューを果たしたもののCMに起用された曲が爆発的にヒットするまでの二年間は泣かず飛ばずの下積み時代がある。それでも歩の才能を信じ、メンバーを支え、励ましてくれたのが谷川だった。
「俺も最初に収録する曲を聴いたとき、最高だと思ったよ。やっぱお前は天才だってな。新しいけど、ちゃんと俺たちらしさもあって、あれはお前にしか書けない曲だよ」
「今、持ってるものを全部出したよ。出し切った」
「新しい曲が書けないでいるのはだからなのか?」
「『アウトプットを恐れるな』」
 唐突に声が重なったので二人は笑った。谷川の口癖だ。
 恐れてないけど、と歩は笑いの延長に言って、

「だからのような気もするし、そうじゃない気もする。でも曲作りってそういうものじゃなくて、出し切っちゃってもその時はその時でまた新しいものが生まれるし、その時しか書けないものもあるし。だから恐れてるってことはない。そのうち書くよ。今はちょっと休憩してるだけ」
「お前はすごいよ。だんだんと強くなっていくプレッシャーの中でさ……。俺なら、怖くて絶対病んじまってるな。ましてや、出し切るなんてできねえわ。次のための余力残しとかなきゃって保険かけちまうタイプだからな。でもそんなことじゃ、現時点での最高のものは無理だわな」
 歩はそれからしばらく適当にギターを掻き鳴らし、でたらめに遊んだ。やがて音がぱらぱらとしてきて指を止めると、
「タイアップ曲、作らなきゃなんねーなー」
「映画のか?」
「うん。今すぐ書けって言われたら、そりゃ何かしらは書けるけど、そーいう作り方って違うと思うし、映画製作陣に失礼だよね。おい、トモ。屋上、煙草だめだって。火気厳禁って書いてあるじゃん」
「お前はそういうとこ、ほんっと真面目だよな。つーか生真面目。ルール遵守人間。高校のとき、お前に廊下を走るなって言われたこと忘れねえわ。その前に、お前が授業態度をどうにかしろって話だろ」
 友樹は一度口にくわえた煙草をはずして苦笑した。
 そして、何を思ったのか声を真剣にして、
「……上京して五年。まじでがんばったよ、お前は」
「なに、改まって」
「お前あってのエッジワースだってこと、俺らみんな、わかってっから。だから、例えばお前が曲書けなかったり歌えなくなったりしてんのに、無理して俺らのためにエジワス続けようとか思ったら、そういうのは望まないよ。まだ若いんだし、やり直しはきく。太郎は地元帰って親父さんの地盤継いで県議に立候補とかするんもありだし、雅和は調理師免許持ってるし、いつかバーやりたいとか言ってたし、大丈夫だ。心配ない」
 歩は、よいしょ、と立ち上がった。風に髪がなびく。
「頼もしいね。うらやましいよ。俺には音楽しかないから。逆に付き合わせてんのは俺の方だ。でも悪いけどまだ限界は感じてないから、もうちょっと一緒にいてよ。頼むわ」
 友樹は嬉しそうに、まかせろ、と笑った。歩がそのままドアの方に向かって歩き出したので、その後に続く。
「けど、たまには外の空気も吸えよ。仕事以外でマンションから出たの、いつが最後だよ? これじゃ完全に引きこもりだろ?」
「ミュージシャンって最高だね。ヒキコモリ最高」
「アウトプットしたらインプットしねえと。せっかく買ったんだから車も少しは乗れよ。ずっと置いたまんまだとバッテリー上がるぞ。一緒にどっか行くか?」
「えー? お前と?」
 振り返った歩が顔をゆがめているのを見て、
「……そうだよな。なにも俺じゃなくて、どうせなら女と行くよな。お前には喜多茉莉菜がいるもんな……」
「冗談じゃん。なら、今度行こうぜ、どっか」
 友樹はしばし逡巡した後、足をとめた。やや固い声で名を呼ぶと、歩は振り返り、同じように立ち止まる。
「どした?」
「あのさ。同窓会のハガキ。うちにも届いてたって母さんが……」
 できるだけ普通に言いたかったのに顔がこわばってしまった気がして、友樹はその時の歩の顔ではなく、むき出しの屋上のコンクリートなどを見る羽目になった。
「俺んとこには届かねーな」
「そりゃ、そうだろ」
「フッた男に用はないって?」
 声に自嘲が混じったので、友樹は慌てて、
「だから、それはお前の家がもうないからで……!」
 歩が、ふっと力の抜けた笑いを浮かべ、
「大丈夫」
 それだけ言って歩は歩き出したので、その背中を友樹の言葉が追いかける。
「違うのか? 関係ないのか? ……お前はこの五年、マジで頑張ってきたよ。俺が認める」
「……大丈夫だって。屋上にいるのは別にセンチメンタルだとか不安定になってるとか、そんなんじゃないよ」
 歩は建物の外に視線を投げた。白んだ空の色を受けて淡くぼやけた建物に混じって、赤い東京タワーが見える。
「夜明けが好きなだけ」
「え?」
「俺、好きなんだよね。東京の夜明けの空が」
「そう、なのか……?」
 友樹の顔が困っている。しかし、わからないもののどうにか歩を理解しようとする姿勢は伝わってくる。
「すげえ幸せな時に見たからだろうな。夜明けを見たら、あの幸せな気持ちにリンクできるんだ」
 独り言のように言ったのは、その言葉がさらに友樹を困らせてしまうと思ったからだ。
「え? 悪い、聞こえなかった」
 予想どおり風が歩をかばってくれる。
「ディズニーランドって言ったの」
「は?」
「行き方教えて。今度、車で行ってみるわ。茉莉菜が行きたがってたから」
 さっきとは違う言葉をはっきりとかつ具体的に言うことで、なるほどようやく友樹は安心したように表情を緩めた。


「やーん! 槙ちゃん、鬼!」
 雅和が配られた紙を見て悲鳴を上げる。ここはエッジワースの所属する事務所の一室だ。
「テレビの音楽番組入れてないだけマシだと思ってよ」
「げっ! まじでオフねーじゃん!」
「半日オフならあるでしょ」
「オフっていうか単にその前に押しそうな仕事が入ってるから空けてるだけやろ。オイラ、働きすぎると死んじゃう身体なんだよう」
 そう言って、一太郎が会議机に突っ伏す。
「歩は単独の取材もあるから、さらに忙しいけど頑張ってね」
「うん」
 頷く歩の横で、友樹は早速この先一ヶ月の大まかなスケジュールをスマートフォンに入力するのに忙しそうだ。
「ところで、いいニュースと悪いニュースがあるの。どっちから聞きたい?」
 席についてそれぞれの反応を示す四人を見下ろして言った槙田に、一太郎ががばりと起き上がった。目が輝いている。
「いいニュース!」
「では、いいニュースから。チケット先行の倍率がすごかったの。それを受けて、ツアーの追加公演が決まったわ。来年あたり武道館も夢じゃないわね」
「きりやん、武道館だって!」
「きゃあ! やったわね、歩!」
「……うん」
 信じられないように呆けた表情をする歩に槙田は、
「いや、武道館じゃなくて、決まったのは追加公演!」
 武道館でのライブは、ミュージシャンなら誰もが夢見る舞台だろう。それが実現するかもしれない。
「中学の時、よく川原で語ったわよねえ。まさかそれが実現するなんて、あの時のアタシに教えてあげたいわ」
「だから追加公演だってば! とりあえずそれを何事もなく、全日程成功させることからよ!」
「だよね、俺たち呪われてるもんね……」
 一太郎が難しい顔をする。
 エッジワースはその売り上げ、人気のわりに大きな会場でライブをした経験があまりない。というのも、どうしたことかライブに恵まれないバンドだった。天候不順にはじまり、機材トラブル、事務所や主催者の都合などが重なり、数回に渡って公演が中止になるというある意味で伝説のバンドなのだ。そのせいもあってメンバー自身もライブに対して消極的な傾向がある。もっともそのことで、エッジワースのライブがプレミアム感を持ってしまったのは皮肉な結果だ。
「で、悪いニュースは?」
 友樹が話を戻す。それが控えているせいで、何事も手放しで喜べないらしい。
「モンスターブルーのニューアルバム。今月発売されるはずだったのが延期になって、来月のあなたたちと同じ日にぶつけてきたわ。しかも握手券つきでね」
「えー!」
 一太郎と雅和が声をあげる。
「ホント、目の敵にされてるわね」

 モンスターブルー、通称モンブルはまだデビューしたばかりの男性四人組のロックバンドなのだが、十年に一度の逸材だのロック界に新星現るだの鳴り物入りで大々的にデビューしたかと思えば、事ある毎にエッジワースの周辺をちょろちょろし始めた。それだけではない。ボーカルの声がまるで歩なのだ。
「歩、大丈夫よね?」
「槙田さん」
 問われた本人が答える前に、友樹が口を挟む。
「大丈夫だって。今回のが最高の出来だってことは槙田さんも十分わかってるだろ。心配ない」
 一太郎もその言葉に何度も頷いている。
「歩……?」
 雅和が心配そうに眉をひそめた。それに歩は静かな笑顔で答えると、
「大丈夫。十分に自信作だよ。それに、たとえ発売が同じ日だったところで、彼らと競って勝てるものを作るわけじゃない。俺は、聴いてくれる人に俺たちが届けたいものを作るだけだ」
 机の上には、届いたばかりだというアルバムのジャケットサンプルが散らばっている。

   
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