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佐久間マリのオリジナル小説ブログ 18才未満の方の閲覧はご遠慮ください

   
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たぶん、きっと、ずっと、僕は5
5.

『四宮って、ピアノ弾ける?』
 そう言ったときの自分がどんな顔をしていたのか、それを考えると、歩は今も恥ずかしさのあまりどうしようもなくなる。
 緊張と、その一方で頬の緩みをなんとかして隠すためにおそらく変に歪んでいたに違いない。
 中学二年生の一学期の終わりだった。
 翌日は終業式で、明後日から始まる夏休みに、クラスメイトはみんな浮き足立っていたが、歩だけは違った。
 期末テストの答案返却期間も今日で終わり、テスト時の出席番号順に座る席からもとの席へ並びを戻す。六時間目の終わりを告げるチャイムが鳴ると、一斉にがたがたを盛大な音を立てて、机の移動が始まった。すれ違いざまに、クラスメイトは返されたばかりのテストについてああだこうだと意味のない通過儀礼的な会話を口にしていたが、それも、音が止むころには話題はすっかり夏の予定に移り変わっていた。
「なんか、ひさしぶりやちゃね?」
「うん。そんな気するな」
 歩がいつもの場所に戻ると、隣人もちょうど机を押しながらやってきたところで、思わず互いに言って笑い合う。
「やっと終わったねぇ。長かったー」
 歩は毎日、テスト期間が早く終わらないかとそればかり思っていたが、彼女もそう思っていたのだろうか。その理由が自分と同じかどうかはわからないけれど。
「テスト、どうやった? 数学、あの数式の応用が出たが。桐谷くんできたかなって思っとたの。わかったけ?」
「うん、解けた。サンキュ」
 四月、新しいクラスになって最初の席替えで、歩は一番後列の窓際から二列目というラッキーな席を引き、その隣の、さらに上の幸運を行く一番後列の窓際席になったのがさゆりだった。
 二年生で同じクラスになったさゆりは、クラス委員長に選ばれるほどのしっかり者で、性格も明るく、造作も悪くない。
 そんな彼女を、一学期、気がつけば目で追っていた。
 窓の外を眺めるふりをして、さゆりの横顔を盗み見た。その結果、空の色と雲の種類に無駄に詳しくなったし、二時間目に通過する飛行機の時刻が毎日微妙に違っていることにも気がついた。授業中はもっぱら寝たふりをして、あとでノートを借りる口実にした。教科書をよく忘れるようになり、机をくっつけて『隣の人』に見せてもらっておきながら、いたずらに落書きをしてさゆりを困らせた。
 授業で、わからない問題も多くなった。一年の時は、わからない問題がわからなかった。わからない箇所がみつかるということはきちんと勉強しているからで、歩の母は急に予習復習をし始めた息子に「やっぱり二年生にもなれば見違えるわね」と感心した。そんな母の作る弁当は午前中の休み時間に早々に食され、昼休みは隣の弁当箱を除く時間になった。結局、さゆりの弁当の三分の一は歩の腹に収まるという習慣ができた。
 そんな毎日もテストを境になりをひそめ、そして明日からはその姿を見ることさえ叶わなくなる。なにより、二学期になればまた席替えがある。
「暑いねえ」
 さゆりが窓の外を見て言った。校庭の木々はちょうど教室のある二階の高さで青々と茂り、その中で耳に痛いほどの蝉が鳴いている。
 教室のあちらこちらで、テスト勉強に使われたのであろう赤い透明の下敷きがぺこぺことうちわ代わりになっていた。担任はまだ来ない。
 勝負をかけるなら今しかない。終業式の明日はきっと慌ただしく過ぎるだろうし、今日もこの後の終礼が終われば、起立、礼の号令とともに教室が雑然と入り乱れるのはいつものことだ。おまけに、歩は掃除当番に当たっているからゆっくり話す時間もない。
 緊張を隠すためにわざと崩れた頬杖をついて、歩はさゆりに尋ねた。
「四宮、夏休み何しとんが?」
「毎日部活やちゃ。暑いし、焼けるし、最悪よ。桐谷くんは部活入っとらんっけいいね」
 さゆりが所属するテニス部の先輩がさゆりのことを好きらしいという情報を耳にして、歩はこの一週間とても焦っていた。休み中もその先輩と毎日顔を合わせるのだ。その先輩が夏の間に告白しないとも限らないし、場合によってはつきあい始める可能性だってある。
 二人が通う中学校には、一、二年の間に限り男女交際がタブー視されるという妙な気風があった。校則で禁じられているわけではなく、生徒間に代々受け継がれている暗黙の了解のようなものなのだが、ともかく一、二年のときに恋愛をオープンにするとまるで犯罪レベルの早熟者であるかのような烙印を押される。不思議なことに、三年生になるとなぜか途端に容認され出すのだが。
 同級生で、気にせず、つきあっているカップルもいないことはないが、二人は男子からは卑猥な目で見られ、女子からは軽蔑の対象となっている。
 そんな風潮のなかで、歩にさゆりと付き合ったりする勇気も根性もあるわけがなく、それ以前に、告白をするということ自体が恥ずかしすぎて、あり得なかった。
 考えたあげく、ダシに使ったのは最近、友樹と一太郎とつるんで始めた遊びだった。
「俺、最近バンド始めたんがやれど」
「バンド? すごーい! かっこいー!」
 肩につかないくらいの長さで切り揃ったつやつやの黒い髪を揺らし、まだあどけない顔のさゆりが目を輝かせた。
 市内を流れる広川の上流にある度胸試しポイント、通称『大岩』から飛び込む時よりも心臓は早く鳴っていたし、今朝も牛乳云々で母と兄に「子供なんだから」とか「おこちゃまだな」と口々に笑われ頭にきたが、こんなことを女子に言える自分は、もう十分に大人だと興奮した。顔のこわばりは今も覚えている。
 歩は、ふざけた姿勢のまま、
「でさ、今、キーボード探しとる」
「きーぼーど?」
「四宮って、ピアノ弾ける?」
 メンバーである友樹にも一太郎にもなんの相談もせず、ましてや本当に探しているのはドラムだったのだけれど。



 売れ出してしばらく経った頃、引越しをするよう槙田に言われた。彼女がピックアップしたセキュリティー万全だというマンションの中からいくつか見て回り、その中で大きな窓が気に入って決めたこの部屋だが、朝日がまぶしくて朝寝ができないという欠点がある。もっともカーテンをつけない歩が悪い。
 歩はデスクの上の近未来的なデジタル時計を見て、寝返りを打つ。
「まだ七時前じゃん……」
 槙田の迎えは九時だ。アラームは八時半にセットしてある。
 予定外の早起きにも、気分がいい。ふと自分が妙な幸福感に包まれていることに気づいたが、その理由は探ろうとする前に思い出すことができた。
「久しぶりに夢見たかも……」
 もう一度目を閉じてみるも、やはり一度覚めてしまった夢に続きはないらしい。
 ベッドの上で、ごろんと再び反転する。パソコンが立ち上がったままだ。スリープ画面にもならず、カーソルが点滅していて、夜を徹して歩の入力を待っていたらしい。その横には、主題歌を提供することになっている映画の脚本が開いたままになっていた。
 昨夜はひたすらピアノで音を探した。しかし、八十八もあるうちの一音もそれに当てはまらず、ならばと紙に音符を書いてみたりしたものの、それも何のきっかけにもならなかった。書いてはやめ、書いてはやめた少し殴り書いただけの紙が足元に何枚も散らばっている。最後は半ば自棄になって、ベッドに寝転び、ハミングをしているうちにいつの間にか眠ってしまったようだ。
 頭の中は見事に空っぽだ。何もひらめかないし、浮かんでこない。こんな時は何もせず、ましてや創ろうなどとせず、気楽に待っていればいずれその時はやってくるのだが、今回のように相手のある仕事はそうも言っていられない。本当に、こんなことは初めてだった。
「マジでちょっとやばいかなー」
 納得いくものだったり、満足いく出来を求めている場合ではないかもしれない。かと言って、できるまで待ってくれとわがままを言うつもりもない。しかし、間に合わせで作ると、それは途端に商業じみた作品に成り下がり、聴く人が聴けばすぐにわかってしまう。
 ただ、今回の仕事で求められているものはそういう種の曲だ。熱烈なオファーを受けたことに違いはないが、エッジワースの世界観と映画のそれが一致したからとかそういうことではなく、話題性だけで起用されたことがあからさまな監督や関係者との打ち合わせだった。
 最近では、ネームだけが勝手に一人歩きすることが多くなってしまった。とても光栄なことであるが、同時に危機感も感じる。それが加速すれば、どんどん本質とかけ離れていく。歌いたいものを歌えなくなる。伝えたいことが伝わらなくなる。
 だからこそ、今、妥協するわけにはいかないと歩は考えていた。
 ゆっくりと目を閉じる。
『歩の歌も、声も、うちは歩の作る音楽が大好き』
「俺の歌も、声も……、俺の作る音楽が……」
 これまでに何度繰り返してきたかわからない言葉で、今日もまた自分を暗示にかける。
「さーて、起きるか」
 
 歩は思いきり伸びをしてから、反動をつけて起き上がった。
 自慢の大きな窓から見渡せる東京の街並みは、朝日に照らされ、白っぽく光っている。大小無数の四角形を延々積み上げた街のずっと向こうに山が見えた。しかし、遠すぎるあまり、それは色も形も空の裾を黒いペンキで塗りつぶしたのとそう変わらない。
 歩にとって山と言えば、はだかるように高く、神々しく白く、隆々とした峰が幾筋も走り、清々しいまでに壮大なものだった。

「……東京は、山が遠いっちゃ」
 置いてきたはずの言葉が、何年ぶりかに口をつく。


 突然のオフは午前中の仕事――音楽雑誌『MusiMusi』のインタビューをメンバー四人揃って受けた――が終わった車の中で発表された。
「いきなりだけど、今日はMusiの仕事でおしまい。明日の昼までオフよ」
「やったー!」
 予想外の休みというのは嬉しいもので、移動中の車内がにわかに色めきだつ。
「きりやん、何するー?」
「あー? てか、槙ちゃん、俺もオフ?」
「そうそう、ごめん。歩はこのあと別の取材が一本あるんだったわ」
「だよね」
「けど、大して時間かからないと思うし、それが終わればあんたも自由にしていいから」
「りょーかい」
 スマートフォンがポケットの中で震える。茉莉菜からのメッセージを知らせるものだった。
『何してるの?』
『移動中』
『週刊誌の記事、見た?』
『ごめん、見てない。つか、見た方がいいの?』
「ねえ、歩。夕方には終わるんでしょ?」
「うーん? えっと、たぶん?」
 雅和に尋ねられたが、スマートフォンを操作しながらなので返事はおざなりだ。
「じゃあ、みんなでお鍋しない? 最近めっきり涼しくなってきたことだし! 今年初鍋パよ!」
「結局、オフっつってもお前らと一緒かよ」
「マサコ、友樹は不参加やと」
「いや、参加しないとは言ってない! うそ、すまん、参加させてください、お願いします」
「てことは、送り先はみんな一緒でいいのー? 助かるわ。で、誰の家?」
「歩ん家で構わない?」
 メンバーが他愛ないやりとりを繰り返すその間にも、歩の手の中には茉莉菜からの返事が届く。
『ううん! 見なくていいの。むしろ見ないで』
 結局どっちなのだと思いつつ、歩が『わかった』と返せば、またすぐに『今から何のお仕事?』と入る。こういうリズムで繰り返されるメッセージのやりとりは面倒であまり好きではなかったが、互いに簡単に会う時間を作ることの出来ない仕事だから、歩は努力している。今、茉莉菜もちょうど空き時間なのか、電話に触れられる環境らしい。
『雑誌のインタビュー』
『相変わらず忙しそうだね』
『そうでもなくて、次の仕事で今日はもう終わり』
 何の気なしにそう送信するが早いか、手にしていたスマートフォンが震えた。メッセージでは
なく、茉莉菜からの着信だ。
 少し迷ったが車内はいまだ鍋の話で盛り上がっている。歩はリヤウインドウにできるだけ身体を寄せてひそやかに電話を取った。ひんやりした窓ガラスが頬をかすめる。
 電話口の声は、そこから茉莉菜が飛び出してきたかと思うくらいに大きかった。歩が慌てて受話音量を操作したほどに。
『お天気が悪くて撮影延期になったの! だから今日は一日ホテルでまったりしてるんだよ! あー、会いたいよー!』
 茉莉菜はドラマの撮影でしばらく東京を離れている。かれこれ二週間程会っていない。
「うん、会いたいね」
 突然一人で喋り出した歩に、他の三人は少し驚いたらしかったが、ああ電話かと皆で納得しあ
っているのがわかった。
『来てほしいって言ったら迷惑? 東京からたったの二時間だよ』
「共演者の皆さんにバレたら困るじゃん」
『大丈夫だよ! 私だけ別のホテルなんだ』
「撮影いつまで?」
『まだ二週間はかかる予定』
「どこでもドアがあれば今すぐ会いに行くけど」
 茉莉菜は某アニメの主人公の真似をして、青い猫型ロボットの名前を呼んだ。それからすぐに、
『いやいや、アユムさん? あなたは世にも便利な車という乗り物をお持ちではなかったですか?』
 その時、歩の斜め後ろで後列から身を乗り出していた一太郎が思い出したように言った。
「あ。つか俺、Nに帰ろうかなー」
 茉莉菜の声に焦点を当てていたはずの耳が、一太郎の声を驚くほどクリアに拾う。正しくはその単語を。
「今からだったら日帰りで行って帰ってこられるちゃ。コロが弱っとるて、ばーちゃんがこの前言うとったが」
「コロって、あの飼ってた白いワンちゃん?」
「アイツって、小学校んとき、公園に捨てられとったの拾ったって言ってなかった?」
「アラ、もうおじいちゃんなのね」
「え、オスだったっけ?」
「んにゃ、メス」
「ヤダ、それならもう少しかわいい名前つけてあげればいいのに」
『ねえ、アユムくん? 聞いてる? どうかした?』
 全く違う次元にあるはずの茉莉菜の声が、すぐそばで同時に届く。
 取材とやらは殺風景な事務所の応接室で行なわれ、確かに槙田が言ったようにすぐに終わった。わざわざインタビューする必要があるのかと疑いたくなるような内容で、それなりに真摯に答えはしたが、どうせ歩の言葉のそのほとんどが採用されず、実際には相手に都合のいい記事にしかならないのだろう。
 マンションまで送ると言った槙田に「本屋に寄りたいから電車で帰る」と言うと驚いた顔をした。
「珍しいわね」
「たまには外の空気吸えってうるさいベースがいるんで。構わない?」
「喜多茉莉菜とデートとか、そういうわけじゃないんでしょ? なら、いいわよ」
 せめてタクシーは使いなさいよと見送られ、ビルを出た。マスクをつけ、キャップをかぶり、それで変装は完了だ。
 今をときめくトップアーティストの歩だが、街を歩いているくらいでは意外に気づかれないものである。アイドルなどと違い、エッジワースを知っていても、ギターボーカルの桐谷歩がどんな顔をしているかまで知っているのは熱心なファンくらいものだ。着るものにこだわりもないので、特別洒落てもいないし、奇抜でもないから目立つこともない。Tシャツにデニムというパターンばかりで、今日もその上にパーカーを羽織っているだけだ。もちろん、それでも知る人は知っているので、気づかれて写真を撮られたり、握手やサインを求められることもある。ひどいときには追いかけられ、恐怖を覚えた経験もなくはない。
 通りに面した二階建ての書店に入る。店内の案内図を見ると週刊誌のコーナーは一階の右奥だ。
 茉莉菜の記事は探すまでもなく、大々的にスクープとして取り上げられていた。『新恋人発覚』とある。プロモーションの度に新しい恋人ができる女優は本当に大変な職業だ。
 件の写真の時間は深夜のことらしいが、茉莉菜の顔はもちろん相手の顔もそれが誰であるかしっかりと分かるように写っていて、隠し撮りでここまで上手く撮ることはできないのだということ一般人は知らない。
「つか、キスってなんだよ」
 歩はぼそりと呟いた。何枚かあるうちの一枚は路上でキスをしている写真だったが、それでなくても人目を憚らなくてはならない職業の者が路上でキスなどするわけがない。現実は、外で会うことすらままならないと言うのに。話題の作り方が安すぎる。
 相手はドラマの共演者らしい。あまりに短絡的な記事に嫌気が差して、陳列棚にそれを戻した時、隣に並んだこれまた節操のない週刊誌の表紙にエッジワースの名前を見つけた。
 基本的に、テレビのワイドショー番組、週刊誌はもちろんのこと、インターネット記事の閲覧やエゴサーチもしないように言われている。そのほとんどがでたらめ、かつ悪意に満ちていて、不必要に触れることは精神力の無駄遣いだというわけだ。歩はメンタル云々ではなく、単に興味がないという理由でそれらは一切目にしない。
 しかし、今はそこに続く文句に『モンスターブルー』の名前があったのでつい手に取ってしまった。
 記事は、エッジワースよりもモンスターブルーがいかに優れているかという内容だった。ボーカル同士の確執についてまで書いてあったが、確執もなにも、歩は彼らに会ったこともない。楽曲さえ、耳にすることはあれど心を入れて聴いたことはなかった。
 モンスターブルーに限らず、他バンドの歌や演奏を、歩は、信用のおける人に薦められたり、偶然耳に入ってきて自ずと聴いてみたいと思ったとき、また何かのきっかけで食指が動いたり、そういう機会にしか能動的に聴く姿勢を持たない。そういうものは縁があって、インスパイアされるべくして出会ったものだと思うからだ。それ以外は、どちらかというと努めて耳に入れないようにしていた。
 来月、同時期に発売されるアルバムのセールスは、人気に陰りの見え始めたエッジワースが自らの方向性を見つめ直すいい機会になるかもしれないと締められているが、そもそも両者はなぜ競い合わされているのだろう。わけがわからない。
 歩は呆れた溜息をついて、週刊誌を元に戻すと、二階へ上がるエスカレーターを探した。
 動きや音のない絵や写真からであっても音楽のインスピレーションはもらえる。創作の第一歩はいつも感覚だ。こういう雰囲気のものを作りたいという、触れば破れてしまう薄紙のような『感覚』を慎重に手繰り寄せていき、『感覚』に音と言葉をのせて形にしていく。
 現状を打開するためのネタのかけらはないかと、専門書のコーナーに行こうとしてふと時間を確認する。すでに午後二時をまわっていた。時間的にそろそろ帰った方がいいかもしれない。仕方なく、書店を後にすることにした。今から東京を出ても、着くのは夕方になってしまうだろう。 
 歩はどうして家まで帰ろうか迷いつつ、せめても出口までの書架をジグザグに歩いて、やがてその道すがらにあった一階の入り口から出た。駅に近い出入口だ。この書店には地下にも二階にも出入り口が数か所ある。
 歩道に面したショーウインドウには、それぞれ新刊、店舗の売り上げランキング、話題の図書などが飾られ、なんとはなしにそれらを見ながらその前を順に通り過ぎる。と、一番端のディスプレイの前で歩の足が止まる。
『初秋のアルプスフェア』と題されたコーナーには、登山関連の本と写真集が何冊か紹介されていて、その背面に特大のポスターが貼ってあった。
 はだかるように高く、神々しく白く、隆々とした峰が幾筋も走った清々しいまでに壮大な、それはちょうど今朝思い出したばかりの地元N県の山々だった。
   
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